南の地方で育ったメディオンにとって、共和国----しかも、その北部に位置するフラガルドでの生活は戸惑うことが多い。
 夏はいい。涼しくて過ごしやすい。ただ、メディオンにとっては快適でも、共和国育ちのシンビオスにとっては暑いらしい。メディオンがいつものように彼を抱き寄せようとすると、さり気なくするりと抜け出す。夜、ベッドの中でも、無意識のうちに離れようとしている。そんなわけで、夏の間に愛を交わすのは、水浴び中に限られた。
 夏が涼しいということは、冬は寒いことに他ならない。
 暖かい服を着て、腕の中にこれまた温かいシンビオスを抱いていても、メディオンは寒くて仕方がない。しかも、帝国ではまだ秋の時季なのに、共和国ではもはや冬だった。そう、北の地方は冬が早いのだ。

 そして、この夜はこの時季一番の冷え込みとなった。
 メディオンはシンビオスとお互いを温めあった後、しっかり厚手の寝間着を着込み、シンビオスを腕に抱いて眠った。ちなみに、シンビオスはまだ(メディオンよりは)薄手の寝間着だった。
 翌朝、少し早く目が覚めたメディオンは、喉が乾いたので起きだした。冷たい水を我慢して飲む。幾分頭がすっきりしてしまったが、起きて支度するにはまだ早い時間だ。おまけに寒い。もう一度温まろうと、シンビオスが眠るベッドに行きかけたが。
 カーテンの隙間から、まだ薄暗い中庭が見える。それが妙に白い。いつもなら、殆ど葉の落ちた木々と、焦茶色の大地が見えるはずだ。
 カーテンを開けて、メディオンは驚いた。
 雪が大地を覆っている。
 昨日までは何もなかった場所が、雪で白くなっている。帝国では考えられない光景だ。メディオンは暫し見とれた。
「----メディオン王子? どうしたんですか?」
 シンビオスが、眠そうな顔で起きてきた。
「風邪ひきますよ。まだ早いんだし、時間までベッドに入ってましょうよ」
 メディオンはシンビオスの肩を抱いて、窓の方を向かせた。
「ほら、雪が積ってる」
「あ、ホントだ」
 シンビオスは言って、小さく欠伸をした。いきなり積っていてびっくりはするものの、そんなのは毎年のことだから、彼にとっては気にとめるまでもない。ああ、また今年も雪の季節か、と思うぐらいだ。
 だが、メディオンは本当に楽しそうだ。弾むような口調で、
「昨日までは全然そんな気配もなかったのにね。朝起きたら積ってるなんて面白いな」
 と、話しかけてくる。そんな彼を、シンビオスは可愛いと思った。
「そうですね。ぼくもいまだにびっくりしますよ。----眠っている間に降るんですね。雨とは違って雪は音がしないから…」
「それに、雨はどれだけ降ってもこんな風に残らないしね」
 メディオンはすっかり雪景色に魅了されたようだ。柔らかい眼差しで外を眺めて、
「----ああ、なんだか、シュガーパウダーをかけたココアのケーキみたいだ。母がよく焼いてくれたっけ」
 なるほど、言い得て妙だ。確かに美味しそうな景色である。シンビオスは笑ってしまった。
「なんなら、今日のお茶請けに作りましょうか?」
 メディオンはシンビオスの方を向いた。目を輝かせて、
「本当に?」
 シンビオスの胸が安らぐような笑顔を見せる。シンビオスも微笑んで頷いた。
「ありがとう、シンビオス」
 メディオンはシンビオスをぎゅっと抱き締めた。そのまま、柔らかい唇や頬にキスする。
 シンビオスは素直に受けながら、
「ん…、続きはベッドでしませんか? 寒いですよ、ここ」
 と囁いて、----くしゃみをした。
「大丈夫かい? シンビオス。じゃあ、早く入ろう」
 メディオンはシンビオスの肩を押して、ベッドまで歩いていった。中に入ろうとして、
「----でも、時間はあるかな」
 外を眺めていたせいで、起床時間が迫ってきている。これから冷えきった体を温めあっていては、仕事の時間に遅れそうだ。
 先にベッドにもぐり込んでいたシンビオスは、メディオンの腕を引っ張った。
「少しぐらいなら大丈夫ですよ。----第一、仕事の時間はぼくが決めるんですから」
 それもそうだ。メディオンはやっと安心して、ベッドに入った。

 ----それは、外の雪まで融けそうなほどの、熱いひとときだった。


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