本人は忘れているつもりでも、心の奥深い所に残っている記憶がある。それは大抵嫌な記憶で、ときたま悪夢として蘇ってくる。
 メディオンは今まさに、悪夢に苦しめられていた。
 忘れていたはずの辛い思い出が、夢らしく不可解な、なおかつ幾数倍も不愉快なものになって、メディオンの心を揺さぶる。
 耐えきれない、と思った瞬間、メディオンは目が覚めた。心臓が異様なほど高鳴っている。
 傍らで眠るシンビオスの姿を確認した途端、メディオンは一気に安堵した。しなやかな体を強く抱きしめる。いや、縋り付いた、といった方が正しいだろう。
「----ん…。…王子…?」
 シンビオスが寝惚け声を出した。目をしきりに擦って、
「どうかしました?」
 メディオンは、シンビオスの首筋に顔を埋めたまま、
「ちょっと…怖い夢を見て…」
 小さく呟く。
「…は?」
 シンビオスは笑いながら訊き返して来た後、
「----あ、すいません」
 慌てて、繕うようにメディオンの体に腕を廻した。
「……………」
 メディオンは無言のまま、じっといていた。笑われるだろうとは思っていたし、夢を見て怖くなった、だなんて、自分でも恥ずかしい。恥ずかしいのだが、やはり怖いものは怖い。シンビオスの温もりで、ざわめく心を癒してほしかった。
「もう。子供みたいですね」
 からかいと優しさ、それに満更でもない調子でシンビオスは囁き、メディオンの頭を撫でる。
「どんな夢ですか?」
「…覚えていない」
 まさに、『拗ねた子供』みたいな返事を、メディオンはした。照れ隠しではなく、目覚めた瞬間に本当に夢の内容を忘れてしまったのだ。ただ、凄い不快感と恐怖心だけが残っている。
「…シンビオス…」
 早くこの重い気分をぬぐい去りたい。メディオンはシンビオスの首筋に唇を這わせた。
「あ…っ、王子…」
 シンビオスが小さく声を上げる。メディオンの体に廻された腕に力がこもる。
 熱い喘ぎを漏らすシンビオスの唇に、メディオンは激しく口付けた。

 初夏の夜明けは早い。朝の光がカーテン越しに部屋を明るませる。
「----落ち着きました?」
 メディオンの髪を指先で梳きながら、シンビオスが気怠げな声をかける。
「…うん」
 メディオンは、仰向けになったシンビオスの腰に腕を巻き、胸に頬を当てていた。
「よっぽど怖い夢だったんですね、メディオン王子。笑っちゃってごめんなさい」
「ん、いや…」
 メディオンは曖昧に応えた。最初のうちは、確かに悪夢を振り払うためだったのだが、そのうちにだんだんと、シンビオスの可愛らしい反応に夢中になって…、というのが真相であった。
 そんなこととは露知らぬシンビオスであるから、
「夜も明けたし、もう大丈夫でしょう? 一眠りしましょうか。それとも、もうシャワーを浴びますか?」
 メディオンの選択肢にないことを訊いてきた。
「どっちも嫌」
 とだだっ子のように応じて、メディオンはシンビオスの肌を唇で探り始める。
「えっ、----ちょ…っと、王子…」
 シンビオスは戸惑い声を上げたが、すぐに観念した。吐息混じりに、
「もう…。今日の仕事…ミスした…ら…、王子のせい…ですからね…」
「大丈夫。ちゃんとフォローするよ」
 とメディオンは言ったが、同じ寝不足の身ゆえ全然フォローなどできなかったことは、言うまでもない。


HOME/MENU