夕食後から『ベッドに入る』までの時間を、メディオンとシンビオスは多様に過ごす。
 和やかに語らうこともある。それは過去の話であったり、共に歩んでいく先のことであったり、文献として残したいほど格調高いこともあれば、記しておく気もおきないほどくだらない内容のこともある。
 そんな夜は大抵、寝室に入るときにもまだ話したりなくて、ベッドに並んで横になりながらなお話し続け、疲れてそのまま眠ってしまったりする。

 読書をして過ぎる夜もある。
 それぞれ本を手にして、ぴったりと寄り添ってソファに座る。違う本を読んでいるわけだから、ストーリーが佳境に入る箇所も違っているわけで、
「----シンビオス、そろそろ休もうか」
 時計に目をやって、メディオンは言った。彼が読んでいた本は、ちょうど1つの章を終えたところであった。一段落ついて時計を見たところ、ベッドに入ってもいい時刻になっていたのだ。
「…んー、もうちょっと」
 シンビオスの方は、本から顔も上げずに答える。彼の本は、今まさに盛り上がってきたところだったのだ。
「でも、もうベッドに入らないと、明日起きるのが辛くなるよ?」
「……………」
 まったく返事をしないシンビオスの様子に、メディオンは苦笑しつつ少し肩を竦めた。暫くはシンビオスの真剣な横顔を眺めていたが、やがて今度はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。何か思いついたらしい。
 笑みを崩さぬまま、メディオンはシンビオスの耳元に唇を寄せて、
「----じゃあ、今晩は『しなくて』いいんだね?」
 色っぽい声で囁く。
 シンビオスの体がびく、と震えたのは、その声の色っぽさのせいか、それとも内容のせいか。
 シンビオスはメディオンの方を見た。その顔はもう真っ赤である。
「ずるいですよ、そんなこと言うなんて…! しかもそんな言い方で」
 どうやら、本よりも自分の方がシンビオスにとって魅力的だと判って、メディオンは安堵した。しかし、そんな思いはおくびにも出さず、
「だって、明日寝不足で辛い思いをしないためには、ベッドに入ったらすぐに眠るしかないじゃないか」
 シンビオスは潔く、本をばたん、と閉じた。テーブルの上に置いてみせて、
「はい、もう止めます。----だから、ね?」
 メディオンの首に、腕を絡ませる。
 メディオンは微笑んで、抱き付いてくるシンビオスの体を受け止めると、可愛い唇に何度も小刻みに口付けた。
「----じゃあ行こうか」
 そっと囁くと、シンビオスはうっとりと頷いた。

 ----火照った頬をメディオンの胸に預け、心地よい倦怠感に浸っていたシンビオスは、突然あることを思い出した。
「…あ、栞を挟まないで本を閉じちゃった」
 その言葉を聴いて、メディオンが笑う。
「それは私のせいか。悪いことをしたね」
「本当にね」
 シンビオスは膨れてみせた。勿論本気で怒っているわけではない。ただのポーズである。メディオンもちゃんと承知していて、シンビオスの体を強く抱き締めながら、
「もう1回----で許してくれる?」
 答える代わりに、シンビオスは自分からメディオンにキスしていった。

 こんな夜もある。
 二人がチェスやカードなどをすると、実力も運も伯仲しているようで、大抵同数の勝敗になる。
 この夜も、床に向かい合って座り、ポーカーを楽しんでいた。この二人には良くある光景だ。ただ一つ違っていたのは、どういうわけか、メディオンがずっと負け続けていたのである。
 さほど負けず嫌いではないとはいえ、一度も勝てないとなると悔しい。メディオンは「あと1回」を言い続け、とうとう勝てぬまま、休む時間になってしまった。
「----もう休まないと」
 欠伸混じりに、シンビオスが言う。普段はいい勝負をしているだけに、負けてばかりいる方だけでなく、勝ってばかりいる方も結構つまらないのだ。
「ええ? せめてもう1回」
 メディオンが食い下がってくる。
「----ねえ、メディオン王子、今日はそういう日なんですよ」
 シンビオスは優しく諭した。
「きっと、明日になったら調子も戻りますよ。…逆に、ぼくの方が負け続けちゃったりして」
「でも、すっきりしないんだよ。このまま寝たら、きっと夢見も良くない気がする」
 メディオンは、彼にしては珍しく、すっかりふて腐れた表情である。
「そんな大袈裟な」
 苦笑するシンビオスを、メディオンはじっと見つめる。
「ねえ、シンビオス…」
「な、なんですか、そんな悲しそうな顔をしたって駄目ですよ」
 言葉とは裏腹に、シンビオスは明らかにうろたえていた。
「そんなこと言わないで」
 二人の間にあるカードの山を手で払って、メディオンはシンビオスににじり寄る。
「ね、寝不足になっちゃう…でしょ…」
 ちょっと上体を逸らしてはいるものの、シンビオスに拒む気配はまったくない。
「1回だけだから。ね?」
 シンビオスの肩を抱いて、メディオンは甘えた声を出した。
「そんな声出したって----」
 言いかけたシンビオスの唇を、メディオンは自分のそれで塞いだ。
 最初はメディオンを押し戻そうと藻掻いていたシンビオスも、深く激しくなる口付けに抵抗を止めた。それどころか、抱き付いてさえくる。
 長い長いキスのあと、唇を離して、メディオンは言った。
「----もう、ベッドに行こうか」
「はい…」
 シンビオスも素直に頷く。
 どうやら、キスしているうちに、すっかり目的が変わってしまったようだ。二人ともポーカーのことなど、----少なくとも翌朝、床に散らばったままのカードを見るまで、まったく思い出さなかった。
 ----このように、二人の夜はどれも熱く、充分に幸せなのであった。


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