華やかなワルツが、広間を包み込む。 色とりどりのドレスが流れる様は、まるで海の底にいるかのような錯覚を起こさせる。 壁際に立って、メディオンは皆の踊りを見ていた。彼自身もさっきまで踊っていて、喉が渇いたので少し休むことにしたのだ。 ベネトレイムとメリンダが、優雅に踊っている。 シンテシスは、ワルツとは思えないほどの元気の良さで、ウリュドを引っ張り回している。 ダンタレスとグレイスのダンスは、どこかほのぼのとしている。 帝国で一番の踊り手と称されているイザベラを、キャンベルはさすがに堂々とリードしている。 そして、シンビオスは----。 今踊っているメンバーの中から、メディオンはシンビオスを見つけだそうとした。 「…どなたかお捜しですか?」 そう声をかけられて振り向くと、当のシンビオスが立っていた。 「ああ、シンビオス。そこにいたんだね。----踊らないのかい?」 「ええ、まあ」 シンビオスは曖昧に言って、ちょっと肩を竦めた。 「----メディオン王子は?」 「もう、結構踊ったからね。休んでるんだ」 曲が終わった。 今のパートナーと別れて別の相手に申し込む者、そのまま休む者、入れ替わるように、中央まで進み出ていく者、今のパートナーとそのまま踊るつもりの者。広間の中に静かな動きが起こった。 イザベラが、メディオンとシンビオスの所にやって来た。 「メディオン兄様、シンビオス殿をお借りしても宜しくて?」 悪戯っぽく微笑む。 てっきり、彼女がメディオンを誘いに来たのだと思ったシンビオスは、 「私ですか?」 と目を瞬かせた。 「ええ。宜しければ、踊って頂けます?」 イザベラは、おずおずと言う。 「はあ。----あまり巧くないですけど、それで宜しければ…」 シンビオスの答えに被さるように、新しい曲が流れた。 「あ、始まりましたね。----王子、ではちょっと失礼します」 「一曲でお返ししますわ」 「行っておいで」 メディオンは頷いて、二人を見送った。並んで歩いていく様は、なかなか絵になっている。 シンビオスの言葉が、彼のいつもの謙遜だと、メディオンはすぐに知った。 ----それにしても、謙遜にもほどがあるだろう。 メディオンは苦笑した。謙遜が過ぎると却って嫌みになりがちだが、まさにその典型だ。 シンビオスとイザベラが踊り出した途端、他に踊っていた者達はみな動きを止めてしまった。 ギャラリーもお喋りをやめて、じっと見入っている。 それほど、見事な踊りだった。 全身の動きが実に滑らかで、きちんと緩急もある。さっき、メディオンはこの広間を水底だと感じたが、それならばシンビオスはその中を自由に泳ぐ魚だ。 曲が終わって、シンビオスとイザベラの動きが止まる。 一瞬の間の後、拍手が起こる。人々は一斉に、二人を囲むように詰め寄った。 壁際にいたメディオンは出遅れたが、焦らなかった。 口々に、 「素晴らしいダンスでした」 とか、 「シンビオス殿、次は私と」 「いいえ、是非あたしと」 などと騒いでいる人垣の横を素通りして、ドアに向かう。 廊下に出て扉を閉めるときに、 「----あら? シンビオス殿がいないわ!」 という声が、背後から聞こえてきた。 「…捜してるけど?」 閉まったドアを指して、目の前のシンビオスに片目を閉じる。混乱に乗じてシンビオスが部屋から出ていったのを、メディオンは見ていたのだ。 「いいです。恥ずかしいですから」 シンビオスは真っ赤な顔で答える。体を動かしたせいもあるだろうが、照れているのもあるのだろう。 「それにしても、謙遜するにもほどがあるよ。『あまり巧くない』なんて」 メディオンは笑いながら、シンビオスの頬をつつく。 「あんな素晴らしい踊りを見たのは初めてだ」 「ありがとうございます…」 シンビオスはすっかり恐縮した様子で、身を縮めている。 扉の向こうから、また音楽が流れてきた。 「踊ろうか」 メディオンはシンビオスの体に腕を回した。 「え。でも、女性のパートは知りませんが…」 生真面目に応じるシンビオスの髪に頬を寄せて、 「いいさ。こうしてるだけでも」 メディオンは、音楽に合わせて体を揺らした。 シンビオスもつられるように動きながら、 「でも、これじゃ、ワルツじゃなくて----」 途中で、言葉を唇ごと塞がれる。 唇を離した後見つめ合い、もう一度、今度は短いキスを交わす。シンビオスはメディオンの背中に腕を回して、胸に頬を当てた。 そう。ダンスなんて、こうして抱き合うための口実でしかない。シンビオスも、それは承知している。ただ、照れが先に立って、ついあれこれ言ってしまったのだ。 そんなとき、メディオンは言葉を重ねるよりも態度で応じる。それが、シンビオスの心を融かす、一番の早道だ。 扉の向こうでは、まだまだ宴は続いていたが、メディオンとシンビオスは早々と部屋に引き上げた。 そして、たった二人だけの舞踏会は、その夜いつまでも続いていた。 |