メディオンとシンビオスは、中庭で本を読んでいた。
 夏の終わりの日差しは盛夏の頃よりも大分柔らかくなり、吹き抜ける風は肌を冷やしていく。
 渇いた芝生に並んで腰を降ろし、自分の読みたい本を読む。会話などなくても、同じ空間と時間を共有しているだけで幸せな気分だ。
 まるで、長年連れ添った熟年夫婦のようだが、かといって二人に若者らしい情熱がないかといえば、全然そんなことはない。ちゃんと欲望とか激情とかに、しかもしょっちゅう身を焦がしている。今はたまたまその狭間で、のんびりと静かに過ごしたい気分になっているのだ。

 初めのうちは行儀よく座っていたシンビオスだったが、やがて疲れてきたので芝の上に俯せになった。本を地面に置いて頬杖をつく。膝を曲げて足をゆらゆらと揺らしていた。
 一見本を読むには適した姿勢に思えるが、長くこの体勢でいると腰が痛くなるのだ。シンビオスも負担を感じて、ごろんと体を横向きにした。楽になったが、横向きだと文字を追うのが辛い。今度は仰向けになって、本を上に差し上げた。頭の下に枕か何かがないと、頭に血が上ったようになってしまう。
 仕方なく、シンビオスは身を起こした。
「----君はさっきから、一体何をしてるんだい?」
 メディオンが楽しそうに声をかけてきた。
「楽な体勢が見つからなくて…」
 シンビオスは決まり悪げに答える。
 メディオンはちょっと笑って、再び本に目を移した。彼は立てた片膝に肘を乗せて頬杖をついた格好だった。
 メディオンのことを暫く眺めていたシンビオスは、あることを思いついた。
「メディオン王子、ちょっといいですか?」
 膝立ちでにじり寄る。
「ん? なんだい?」
 不思議そうに訊き返してくるメディオンの曲げられた膝に、シンビオスは手を添えた。
「ちょっと、膝を伸ばして頂けます? はい、そうです。----じゃあ、失礼して…」
 伸ばされて揃えられたメディオンの脚の上に、垂直になるようにシンビオスは俯せに体を乗せた。メディオンから見て右側に本を持った手が、左側に脚がくる体勢だ。
 確かにこれなら、普通に俯せになるよりも腰にかかる負担が軽い。とはいえ----
「シンビオス、君ねえ…」
 メディオンは苦笑した。まさかこうくるとは思わなかったのだ。
「重いですか?」
 シンビオスは無邪気に尋ねた。
「うん、まあ…、いいけどね」
 重いことは重いのだが、それよりもこうやって触れあいを求めてくるシンビオスが、メディオンは可愛くて仕方がない。それにどうやら、シンビオスは腕と脚で自分の体重を支えているらしく、我慢できないほどではなかった。
「なんなら、ぼくの背中に本を置いてもいいですよ」
 冗談なのか本気なのか見当もつかないシンビオスの言葉に、
「そう? ありがとう」
 笑いながらメディオンは応えておいた。勿論そんな気は毛頭なく、本は両手でしっかりと、胸の前に持っている。
 二人は再び本の世界の没頭した。

 日が西に傾き出すに従って、風の冷たさが際だって感じられるようになってきた。
 メディオンはまだ中程までしか読み進めていなかったが、喉も渇いたし体も冷えてきたので----脚は暖かいが----城の中に入りたくなった。
「シンビオス、そろそろ中に戻らないか?」
 声をかけたが、返事がない。
「シンビオス?」
 メディオンは頭を傾げて、シンビオスの様子を窺った。シンビオスは読書しているにしては不自然なほど頭を垂れて----どうやら寝ているのだった。
「困ったな」
 メディオンは呟いたが、起こすつもりはなかった。完全に日が沈んでも起きなければ仕方がないが、それまでは彼が自然に目を覚ますまで待っていよう。
 幸いなことに、シンビオスは小さく身動きした。
「----ん…、----あれ? 寝ちゃったのか…」
 ゆっくりと上体を起こすと、大きく欠伸する。
「あんな体勢で、よく眠れるものだね」
 決して嫌みではなく、むしろ愛情を込めてメディオンは言った。
「背中も胸も温かかったから」
 シンビオスは微笑んで、メディオンの頬に軽く口付けた。
「ありがとうございます、王子。重かったでしょう?」
「いいや。----私も温かかったよ」
 メディオンはシンビオスの手を取って立ち上がった。
「さあ、もう中に入ろう。君の淹れてくれる紅茶が飲みたいな」
「何杯でもどうぞ。眠れなくなっても----構わないでしょう?」
 二人はぴったりと腕を組んで、城の中に入っていった。のんびりとした時間は過ぎて、再び激しい情熱のときが巡ってきたようだ。


HOME/MENU