フラガルドにも初夏がやってきた。
 町中に植えられた、紫、薄紫、白のライラックが満開で、甘い香りを漂わせている。これを「慎ましやかでない香り」と称したのは昔の吟遊詩人だったか。
 この花が咲く頃になると、一時的に気温が下がる気象現象----通称「リラ冷え」が起こる。
 事実、ここ3、4日は肌寒い日が続いたのだが、今日は暖かい。風も穏やかなので、まさにバーベキュー日和といえた。
 それも、城の中庭じゃつまらないから、近くの河原までやって来ていた。ここで釣った魚も一緒に焼いて食べる予定だ。
「でも、釣りなんてしたことないんですけど…」
 グラシアが不安そうに言った。戦争で被害を受けた共和国の領地を見舞う、という名目で、フラガルドに来ているのだ。
「そんなもん、餌付けた針を適当に振ってりゃあ、勝手に魚の方から食い付いてくるって」
 釣り名人さんが聴いたら髪を逆立てて怒りそうな、いい加減なことを答えたのは、グラシアに雇われて護衛をしているジュリアンだった。
「私も初めてですよ、グラシア様。ご安心ください」
 シンビオスが微笑む。
「メディオン殿は如何ですか? 確か港町のお生まれでしたよね?」
 グラシアの問いに、メディオンは笑って、
「地元の猟師さんの船に乗せてもらったりしましたけど、なにぶん子供の頃の話ですから」
「まあ、とにかくやってみようぜ」
 ジュリアンが言って、みなそれぞれ良さそうなポイントを選んで釣り糸を垂れた。

 かまど部隊(?)はダンタレスとキャンベルだ。二人は手頃な石をせっせと積み上げていた。
「----こんなものでよかろう」
 キャンベルが額の汗を拭く。
「うん。なかなか立派なものだ。じゃあ…」
 ダンタレスはかまどの中に炭と紙を入れて、
「マスキュリン! 火を点けてくれ」
 マスキュリンが駆けて来た。食材は焼くだけで済むよう、あらかじめ切っておいた。それをグレイスと準備していたのだ。
「わあ、結構立派ですねえ」
 マスキュリンは楽しそうに誉めてから、ブレイズ(勿論レベル1)を唱えた。紙に着火して燃えていく。
「ありがとう、マスキュリン」
「いいえ。…でも、勢いがちょっと弱かったですか?」
「大丈夫だ。これがある」
 キャンベルが取り出したのは、うちわだった。
「これで煽げばいい」
 嬉々としてうちわを振るうキャンベルを眺めて、
「キャンベル、おまえ『放火魔』だったんだな」
 ダンタレスが呟いた。
 ここで言う「放火魔」とは、あらゆるものに火を点ける犯罪者、という意味では勿論ない。このような行事のときに、火を燃やすのに情熱をかける人物のことだ。あらゆる団体や仲間内に一人はいるだろう。
 とにかく、キャンベルのお陰で、芸術的な勢いで火は燃え上がった。ダンタレスは網を乗せて、オイルを塗った。
 グレイスがお茶を淹れ、マスキュリンが野菜と肉を並べる。肉はラム。野菜はとうきびや玉ねぎ、キャベツにピーマン、それにじゃがいものホイル包みなどだ。
 そこに、釣隊が釣果を持って戻って来た。
「結構釣れましたな」
 キャンベルが驚いたように言った。
 鱒や鮎などの川魚が20尾だ。誰がどれだけ釣ったかは、本人達の名誉のために伏せておく。ともかく、これも早速串に刺されて焼かれた。
「いい匂いですね」
 グラシアが嬉しそうな声を出す。こんな風にみなで食事するのはあの遠征以来だ。更にいえば、あのときは調理されたものを食していたから、自分達で調理----という程のものでもないが、とにかくグラシアにしては新鮮な経験だ。
「さあ、グラシア様、この辺りがもういい具合に焼けてますわ」
 グレイスが甲斐甲斐しく取り分けている。
「ありがとう、グレイス殿」
「こっちも美味しそうですよ、シンビオス様」
「ありがとう、ダンタレス。----自分で適当にやるから、君も食べなよ」
「ちょっとジュリアン、肉ばっかり食べないでよね。野菜も食べなさいよ」
「ちゃんと喰ってるって。----それよりキャンベル、おまえ本当によく喰うな」
「何を言う。おまえ程ではないぞ」
「まあまあ二人とも、沢山あるんだから好きなだけ食べるといい。----シンビオス、悪いがレモンを廻してくれるかい?」
「あ、はい、メディオン様。どうぞ」
「ありがとう。…やっぱり私は肉より魚の方がいいな」
「私も魚は好きです。肉よりあっさりしてて美味しいですよね」
「だけどグラシア、おまえはもっと肉喰った方がいいぜ。育ち盛りなんだから」
「もっと焼きましょうか」
「そうしてくれ、グレイス。まだまだみな食べ足りなそうだ」
「このメンバーだから、って、沢山用意して来てよかったわね、グレイス」
「そうね。普通の量なら足りなかったわね」
「一人当たり3人前ぐらいあるんじゃないの?」
「いいえ、シンビオス様。2.5人前ですわ」
「…大して違わねえって、それ」
 美味しい料理と爽やかな空気、川の流れる音と鳥の声。親しい仲間との取り留めのない会話。これで食が進まなければ嘘だ。一同は結局、2.5人前の料理と、何杯ものお茶、更にデザートまでもすっかり食べ尽くしたのだった。


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