ドアベルを鳴らして入ってきたジュリアンを見て、マスターは安心したような笑みをこぼした。 「なんだ、いい酒でも入ったのか? それとも、仕事か?」 カウンター席に座りながら、ジュリアンは訊いた。 ここは、この町唯一の酒場であり、仕事の斡旋所でもあった。そのため、いつもジュリアンのような傭兵でいっぱいだ。今夜も、あちこちで陽気な傭兵達の声が響いている。 「両方さ」 マスターはカウンター越しに、酒の注がれたグラスを差し出した。 「息子が造った酒だ。モニターを頼む」 グラスを取り上げたジュリアンは、酒場の中をぐるりと見回した。 「他の奴らも呑んでんだろ? あの様子じゃ、なかなかいい酒みたいじゃねえか」 「でも、あんたの舌が一番確かだ」 「おだてても、何もでねえよ」 憎まれ口を叩きつつ、ジュリアンは一口含んだ。転がすようにじっくりと味わう。 「----どうだい?」 マスターが、カウンターから上半身を乗り出してくる。 「…うん、いけるぜ」 ジュリアンがそう応えると、 「よしっ!」 と、小さくガッツポーズした。 ジュリアンはもう一口呑んで、 「----ところで、もう一つの方は?」 「え? …ああ、仕事か」 マスターは、ベストの胸ポケットからメモを取りだした。 「傭兵を数人集めて、モンスター退治をやるんだってよ」 ジュリアンにそのメモを渡して、 「最近、モンスターもえらく凶暴になってるからな。----是非あんたにやってほしくて、枠を残しておいた。今夜が締め切りでな。あんたがこなきゃどうしようかと思ってたとこだ」 目はメモに落としたまま、ジュリアンはマスターの話を聞いている。 「主催者はどんな奴なんだ?」 「隣町の篤志家だって。えらい金持ちだとか」 「ふーん。そういう奴らって、使い切れないほど金があるんだろうな」 「そりゃそうさ。じゃなきゃ、慈善事業みたいな真似なんかできないだろう」 「あることにはあるモンだよな」 ジュリアンはぼんやり呟いて、 「じゃあ、この住所に行けばいいんだな?」 「いや、明日の朝、一度ここに集合することになってる」 「何人になるんだ?」 「あんたでちょうど10人。----大した狩りになるぜ」 「みんな揃ってお出かけ、か。まるで遠足だな」 ジュリアンは肩を竦めると、残りの酒を一気に呷った。 翌朝、ジュリアンが酒場に行くと、他の9人はもう揃っていた。 数人は見知った顔で、それ以外の者も、名前は聞いたことのある有名どころの傭兵ばかりだ。 「へえ、あんたも来たのか、ジュリアン」 以前、一緒に仕事をしたことがあるエルフのウィザードが、ジュリアンに声をかけた。 「こりゃあ、報酬だけでも馬鹿にならないねえ。これだけのメンバーを集めたんじゃ」 と言ったのは、そのエルフとコンビを組んでいる女戦士だ。 中年の、体躯のいい男が笑った。 「まあ、他人の金だ。俺達にはどうでもいいことさ」 その男のことは、ジュリアンも知っていた。傭兵の間では半ば伝説になっている、凄腕のケンタウロスだ。ジュリアンも、一度一緒に仕事をしたいと思っていた。それだけでも、この仕事を受けた価値がある。 「では、そろそろ行こうか」 その男----スティーヴが言って、みなが椅子から立ち上がる。 「じゃあ、頼んだぜ。----武運を祈ってるよ」 マスターの言葉を背に、一同は酒場を出た。 依頼主の館は、森の奥にあった。 こんな所に住むのはどんな人物だろう、とジュリアンは考えた。昔彼がいたエンリッチで森の奥に住んでいたのは----父の仇であるヒュードルだった。 それだけで判断するのは失礼かもしれないが、 ----この依頼、どうも怪しいな。 ジュリアンの勘がそう告げていた。 ご多分に漏れず、この森にもモンスターが巣くっている。といっても、大して強いのではなく、腕利きが揃っている傭兵グループには物足りないほどであった。 屋敷も、これまた想像通り、古色蒼然としている。おまけに、総ての窓に鉄格子がはめられている。 「…なんか、怪しいよな…」 「ああ、まったく…」 門の前で、他の傭兵達もひそひそと囁きあっている。 「…スティーヴ、なんだかヤバくない?」 ホビットの少年が囁く。 「こんな魔物だらけの森の奥深くで、こんな不気味悪い屋敷に住んでるなんて。----この依頼、絶対何か裏があるよ」 「そうだとしても、だ」 スティーヴは他の傭兵達を見回した。 「雇い主の意向には添わねばなるまい。雇われた以上はな。----そうだろう?」 目が合ったので、何となくジュリアンが答えた。 「ま、なんにせよ、俺達は仕事をするだけだ。ヤバくなったら、さっさとずらかればいいのさ」 そこは、みな腕の立つ傭兵だけあって、それなりの修羅場もくぐり抜けているから、ジュリアンのこの言葉に頷いた。 ジュリアンとスティーヴが先頭に立って、門から中へと入る。 重そうな扉が、向こうから開いた。 「お待ちしておりました」 小柄な年老いた男が、顔を覗かせる。 「ささ、どうぞ中へ」 何となく顔を見合わせながら、ぞろぞろと屋敷の中に入った。背後で、扉が軋みながら閉まる。 陰気な外見と同様、中も薄暗かった。天井の高い玄関ホールにはろくに明かりもない。それに、ずいぶんと埃っぽかった。 奥のドアから、どこにでもいそうな中年の男が出てきた。 「この屋敷の主です」 男はにこやかに進み出てきた。いや、顔はにこやかだが、目の奥がまったく笑っていないのに、ジュリアンは気付いた。 「モンスター退治と伺いましたが…」 スティーヴが口を開いた。 「森のモンスターのことですかな?」 「いいえ、あれとは違います。----バトラー、案内して差し上げろ」 後の言葉は、最初に顔を出した男に言ったもので、老人は頷いて、傭兵一行を促した。 「----随分広いんですね」 エルフのウィザードが言ったのは、さっきから10分も屋敷の中を歩いているのに、目的の場所まで着かないからだった。 「旦那様は金持ちでございますから…」 老バトラーはそつなく応えている。 最後尾を歩きながら、 「スティーヴ、気付いてるか?」 ジュリアンが、隣のスティーヴにそっと囁きかけた。 「この場所、玄関から5分と離れちゃいねえ。あいつ、わざと回り道してやがる」 スティーヴは頷いた。 「ああ。これはますますもって怪しいな」 そして、思いがけず優しくジュリアンを見て、 「おまえも、よく気が付いたな」 「方向感覚は確かな方なんだ」 ジュリアンは、ちょっと照れ気味に応じた。スティーヴは、なんだか死んだ父や養父のアランを思い出させる。彼らも生きていれば同い年ぐらいだからだろう。 「気を抜くな、ジュリアン」 「スティーヴ、あんたもな」 二人は頷き合った。 「----こちらでございます」 やっと、バトラーが一つの扉の前で立ち止まった。 「このドアの向こうに、モンスターがいます」 「え? じゃ、じゃあ、ドアを開けたら出てくるんでは?」 ケンタウロスのスナイパーが目を丸くして、 「危険ですよ。あなたはどこかに…」 と言いかけたのを、 「大丈夫です。檻に入っていますから」 バトラーは遮った。 「檻に? 生け捕りにしてるんですか?」 「なら、わざわざ傭兵を雇わなくても、殺す方法はいくらでもあるでしょうに」 傭兵達が、口々に疑問を口にする。 「とにかく! お入りください!」 それまで静かな口調で話していたバトラーが突然大声を出して、一同は面食らった。勢いに呑まれた様子で、素直に中に入る。 そこは、今までとは打って変わって、明るい部屋だった。 二階まで吹き抜けになっており、一階は全面壁なのに、二階には4面共にずらりと窓がある。 そして、その窓から、奇妙な仮面を付けた顔が沢山、こちらを見下ろしていた。 「な、なんだ?」 剛胆な傭兵達も、その異様さにひんやりとしたものを感じた。 奥の、両開きの扉が開いた。 重たげな足音と共に姿を現したモンスターは---- 「ミノタウロスか?」 「いや、ちょっと違う」 ジュリアンは言った。ミノタウロスよりも一回り大きく、角も長く、体色も異なっている。亜種だろうか。 「何がどうなってるの?!」 ビショップの少女の叫びが、他のみなの心境を表していた。それでも、傭兵としての本能から、戦闘態勢に入る。何もかも釈然としない異常事態の中で確かなのは、目の前の魔物の発する殺気だ。 直接攻撃する戦士系は、ジュリアンとスティーヴに、酒場でジュリアンに声をかけてきた女戦士、それに鳥人だ。後は、弓兵、ウィザード、ビショップが二人ずつという、バランスのよい小隊である。 ミノタウロスに似た魔物は、ミノタウロスよりも数倍手強かった。アシッドブレスやパワークラッシュといった、スロウの効果を併せ持つ攻撃を多用してくる。ハンマーを装備しているため、ジュリアンと鳥人の攻撃が効きやすいのだが、代わりに、ハルバード使いであるスティーヴと女戦士へのダメージは大きい。 そして何より、体力が非常に大きいのか、攻撃しても攻撃してもなかなか倒れない。 それでも、スティーヴはさすがの貫禄で、カウンターや会心攻撃を連発している。それに引っ張られるように、ジュリアンを初めとする他のメンバーも、よく戦っている。 戦いの模様を見下ろしていた仮面のうちの一人が、 「司祭様達に、いいご報告ができそうだな」 満足そうに呟く。 「10人もの傭兵相手にあの戦いぶり。実に優れた戦闘能力だ。これならば、例の計画に充分使えるな」 「お、そろそろ決着がつきそうですな」 隣にいた仮面が言った。 「早いところ、退散しましょう」 窓越しにも、魔物の倒れた衝撃音が響いてきた。 傭兵達は、みな満身創痍であった。薬草類も使い果たし、ビショップがわずかに残ったMPでオーラLv.1をかけたが、気休め程度のものだった。 入り口から、拍手が聞こえた。 「お見事でございました」 バトラーが無表情に言った。 「お陰様で、いいデータを採取できました。我が主も喜ぶことでしょう」 「ふざけるな!」 ジュリアンはブレードを構えて、バトラーの方に向き直った。 「どういうことなのか、説明して貰おうか」 「知る必要はありませんよ」 バトラーの顔に、酷薄な笑みが浮かんだ。 「どうせ、あなた達はここで死ぬのですからね!」 語尾と同時に爆発音が響き、屋敷が揺れた。 「では、ごきげんよう」 バトラーは素早くドアを閉めた。 「ちょっと! 冗談やめてよ!」 ホビットの少年がドアに駆け寄り、ノブを回す。 「鍵がかかってる!」 「…なんか、きな臭くないか?」 エルフが言って、みなは顔を見合わせた。 「----ドアを破るぞ!」 スティーヴのかけ声に、一斉にドアにぶち当たる。木製だったのが幸いして、2・3度ぶつかると、蝶番ごと吹き飛んだ。 壁は石だから、思ったほど火は廻っていない。だが、時々起こる爆発音からして、至る所に火薬が仕掛けられているのかもしれない。 「早く脱出するぞ! こっちだ!」 そう叫んで、ジュリアンは駆けだした。他の者も後に続く。 拍子抜けするほどあっさりと、玄関に到着した。行きの半分の時間もかかっていない。 用心深い連中らしく、玄関のドアにもしっかりと鍵がかかっていたが、先程のように体当たりして破った。転がるように外に出る。 屋敷のあちらこちらで派手な爆発が起こり、窓という窓から炎が吹きだしている。 「…それにしても、とんだ依頼人だったな」 「まったく。道理で報酬が良すぎると思った」 崩れていく屋敷を眺めながら、みなはそんな呑気なことを言っている。長く傭兵家業をやっていると、色々な事件に巻き込まれる。この程度のことで驚いていられないのである。 「----でも、急いでたからかしら。随分早く出口に着いたわね」 ビショップの少女が首を傾げているのを耳にして、スティーヴは隣のジュリアンに、 「おまえのお陰だな」 とそっと言った。 「おまえの方向感覚は大したものだ。俺でさえ敵わないかもしれん」 わざと回り道をしたバトラーの企みも、ジュリアンの能力の前には意味のないものだった。スティーヴだけが、それに気が付いたのである。 「あんな所で蒸し焼きか生き埋め、なんてごめんだからな」 ジュリアンは笑って、 「それにしても、あいつら、最後の詰めが甘いな。待ち伏せぐらいしてるかと思ったのに」 「確かにな。だが、そのお陰で命拾いした。さすがに、みな限界だろうからな」 スティーヴは、ジュリアンの肩を一つ叩いた。それから少し大きな声で、 「さ、いつまでもこんな所にいても仕方がない。町に戻るとしよう」 みなに呼びかける。 体力が残っていないとはいえ、森の雑魚モンスターにまで負けるほどではない。さくさくと倒して、町に戻る。 真っ直ぐ酒場に向かって、開口一番、 「マスター、あんな仕事を持ってくるなんて酷いな」 スティーヴが言った。 「そうそう。下手すりゃ死ぬとこだぜ」 ジュリアンも口を合わせる。 事情を聞かされたマスターは、目を丸くした。 「いや、そんなこととは知らなかった。本当だよ」 「頼むよ、マスター。あんただから信頼して、仕事を受けるんだぜ?」 エルフも言い募る。 「う…、すまなかった」 「報酬も貰えなかったし、殺されそうになるし…。酒でも呑まなきゃやってられないね」 と、女戦士。 「そうね。厄落としにぱーっと、いきたいわねえ」 これは鳥人だ。 傭兵達が全員、マスターを見る。 「…うう…。判ったよ! 奢るよ!」 やけくそ気味に、マスターは叫んだ。 「そうこなくっちゃ!」 ホビットの少年が指を鳴らした。 で、一休みして元気を取り戻した一同は、まったく遠慮もせず、いつも以上に沢山呑み、食べ、そして騒いだ。 ジュリアンもまた、あのモンスターのことも、不気味な仮面のことも忘れ、みなと楽しく飲み明かした。 そう遠くない未来に、もう一度あの魔物や仮面と戦うことになるのだが、このときのジュリアンは知るよしもなかったのである。 |