----まるで人形のよう----
 これが褒め言葉ではないことを、メディオンは知っている。
 アロガントに言われたことがある。
「おまえはこのまま、総てから目を逸らし、何も聞こえない振りをして、自分の言いたいことも言えずに過ごしていくつもりか? それで生きていると言えるのか!」
 まだ思慮の浅かった子供の頃、メディオンは迂闊にもキャンベルの前でこう洩らしてしまった。
「私は何のために生まれてきたのだろう」
 キャンベルはメディオンの細い腕を、暫く痕が残ったほど強く掴んで、
「そのようなことを仰いますな、メディオン様! 貴男はまだお若い。これからいくらでも、すべきこと、やりたいことが見つかりますとも!」
 怒ったような泣きそうなキャンベルの眼に、メディオンは何も言えなかった。ただ、その疑問だけはいつも彼の胸にあった。
 ----『彼』に逢うまでは。

 コムラードの名前は勿論耳にしていた。
 父や二人の兄、彼等の側近から、何様のつもりか下っ端の兵士までもが、呪詛を込めてその名を口にする。
《裏切り者のコムラード》
 だが、メディオンは彼を尊敬していた。上流貴族という、帝国では誰もが羨む身分を捨てて民衆のために立ち上がった。彼を蔑む人達の中に、そんな勇気のある者はいるだろうか?
 それになにより、あの父に----皇帝に反旗を翻したこと。自分には一生できそうもない、とメディオンは苦々しく考えた。

 サラバンドの会議に、コムラードではなく彼の息子が出席すると聞いて、メディオンは興味を覚えた。あのコムラードの息子とは、どんな感じだろう。
 しかしながら、よくできた人物の二代目というのは、大抵が凡庸、或いは野心家、悪くすれば無気力だ。失望しないように、あまり期待しない方がいいかもしれない。
 などというメディオンの勝手な思い込みは、本人に逢ったとたんに吹き飛んでしまった。
 真直ぐにこちらを見つめてくる、深い緑の瞳。
 父のように冷酷な光を宿した瞳でも、アロガントのような野心にぎらつく瞳とも違う。
 若さ故の純粋さと強い意志を秘めて輝く瞳は、痛くメディオンの心を貫いた。
 彼は自分のすべきことを知っているのだ。彼に比べて、我が身の不甲斐なさはどうだろう! 彼が讃えてくれるような人間ではない。メディオンは流されるままに生きてきた----つまり、総てから逃げていたのだ。
 彼に相応しい人間になりたい、とメディオンは切実に思った。彼の瞳を堂々と受け止めて見つめかえせるような人間に。

 そうして、今メディオンはシンビオスの傍にいる。
 それに相応しい人間になれただろうか。
 答えは、シンビオスの笑顔だ。
 他には何もいらない。


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