夏の休暇をどこで過ごすか。 よく、「旅は前準備の段階から始まっている」というが、まさしく、あれこれ計画しているだけでとても楽しい。ましてや、同行者がいてそれが恋人ともなると期待感もぐんと増す。 メディオンとシンビオスは、地図を前にあれこれと語り合っていた。 とにかく、今年の夏は暑い。夏が苦手なシンビオスは、毎年夏が来るたび、去年よりずっと暑く感じている。それはまさに夏に対する苦手意識のせいもあるが、事実、今年の夏は去年よりも暑い、というデータが出ている。 故に、シンビオスは限界までばてていた。自分の体温さえ疎ましいほどだ。だから、 「北に行きましょう、北に」 こう提案したのも当然といえる。 「北か…」 メディオンは顎に手を当てて地図を眺めた。彼は実は、南のベアソイルに行って浜辺でぼーっと過ごしたいと思っていた。だが、領主であるハラルドから数日前に来た手紙によると、ベアソイルも例年になく暑いそうなのだ。シンビオスのためにも、やはりそこは避けた方がいいだろう。暑い中一生懸命職務をこなしているシンビオスを、この休暇でしっかりとリフレッシュさせてあげたい。 フラガルドより北というと、共和国内ではマロリーとオブザーブ。後は万里の長城を越えた北の地だ。 マロリーはシンビオスの姉がいるため気を遣わなくていいが、それが却って、恋人同士の旅行先としてはあまり相応しくないだろう。 それはオブザーブも同様で、何しろシンビオスの師であり父親のようなパルシスがいる。 と、なると、やはり北の地に行くしかあるまい。 「----じゃあ、ドルマント温泉に行こうか」 「…温泉、ですか」 シンビオスはちょっと顔を顰めた。温泉→熱と湿気→暑さ倍増、という連想をしたのだ。 メディオンは、すぐにそれに気付いて、 「大丈夫だよ。北の地は涼しいから、きっと気持ちよく温泉に浸かれるよ。疲れも取れるだろうし、ね」 優しく微笑む。 「そう…ですね」 シンビオスもやっと笑顔を見せた。 と、いうわけで、メディオンとシンビオスはドルマントの宿屋に旅装を解いた。 やはり北の地だけあってかなり涼しい。 部屋の窓を開けると、ひんやりとした風が入り込んでくる。 「ああ、生き返る…」 窓枠に手をかけてちょっと外に身を乗り出して、シンビオスがしみじみと呟く。 「やっぱりこっちは涼しい----いや、肌寒いくらいだね」 メディオンはバッグを開けて、薄手のカーディガンを一枚取り出した。 「持ってきて正解だった」 いそいそと羽織る。 シンビオスがメディオンの方を振り向いて、 「そんなものより、もっと暖まる方法がありますよ」 悪戯っぽい目つきと笑顔で言った。 「----え?」 メディオンはどきん、とした。何しろ、前述の通りシンビオスは夏ばてで、自分の体温も嫌、ましてや他の人と抱き合うなんてとてもできない----たとえ愛があっても無理なものは無理----という状態。また、メディオンの方も、シンビオスほどではないが、この暑い最中に更なる温もりを求める気分にはならなかったし、それでなくてもシンビオスに無理をさせるつもりはなかった。故に、若いのにすっかり枯れたような日々を送っていたわけである。 それが、涼しくなった途端に『その気』を取り戻したのは----やはり若さ、なのだろうか。 シンビオスはメディオンの方にゆっくり歩み寄り、彼の手をそっと取って言った。 「温泉、入りましょう」 「----えっ」 メディオンは一気にがっくりした。まさかここではぐらかされるとは。思わず拗ねたようにシンビオスを見つめる。 シンビオスは笑って、 「確か、部屋でも温泉に入れるんでしたよね?」 その通り。各部屋には広い浴室がついていて、勿論温泉のお湯が引かれているのだ。 「一緒に入りましょう? ここなら、誰にも邪魔されないですよ」 囁くように言って、シンビオスはメディオンの手にキスする。 「君には敵わない、シンビオス」 メディオンは苦笑混じりの微笑を漏らした。 広い浴室で存分に戯れあった後、メディオンとシンビオスは食堂で夕食を取った。 今まで食欲もなかったシンビオスだが、ここは涼しいし、メディオンとお腹が空くようなこともしたし、何より料理が美味しいし、で、歳相応の食欲を発揮した。 食後に売店を覗いてみる。 この地方特産の『おいしい肉』、それに温泉地なら定番の『温泉玉子』『温泉まんじゅう』と並んで、細長い円柱形の、クリーム色の飴が置いてあった。一袋に4本入っている。 「これは…?」 メディオンが手に取って、矯めつ眇めつする。シンビオスも一緒に覗き込んでいると、 「それは新製品だよ」 レジのおじさんが声をかけてきた。 「そのままだとなんの変哲もない棒飴だけど」 話しながら、袋から一本飴を取り出して、包丁で真ん中当たりを横に割って、 「ほら、この通り」 割れた面を二人に見せた。何か模様のようなものが…。 「----これは…、グラシア様…?」 シンビオスが声を上げた。 飴の断面には、グラシアの顔が描かれていたのだ。 「そう! これは名付けて『光の使徒キャンディ』!」 「『光の…』、…え?」 メディオンが訊き返す。 「『光の使徒キャンディ』。----グラシア様と、それに従う遠征軍3軍のリーダーの姿を、勿体なくも移し込ませた飴さ。どこを切っても顔が出てくるんだ」 言いながら、おじさんは次々と飴を細切れにしていった。沢山のグラシアの顔が並んでいく。引き続き次の飴を切ると、今度はメディオンの顔が現れた。 「…結構似てますよね」 「そうだね」 続いてシンビオスの顔が。そして最後にジュリアンの顔が並んだ。 「面白いな」 「ちょっと照れますね」 「今、一番の売れ筋だ。勿論、味もイケるんだぜ」 メディオンもシンビオスも、俄然興味を引かれた。なにしろ自分達の顔である。お土産に買って帰ったら、フラガルドの面々が大受けするに違いない。 「おいくらですか?」 シンビオスは訊いた。 おじさんは大仰なくらい首を横に振って、 「とんでもない! 本人さん達から代金は受け取れないさ。----どうぞ、持っていってくれ」 今カットしたのを袋に入れたのに加え、カットされていないものを二袋もくれた。 「いいんですか? ----ありがとうございます」 「いやいや。礼を言うのはこっちの方で」 恐縮するおじさんに頭を下げて、二人は売店を後にした。 部屋に戻って、テーブルの上にそれぞれの顔を一つづつ並べてみた。 「巧いことできてるね」 メディオンが感心した口調で言う。 「自分達がこんなふうにモチーフされるなんて、恥ずかしいけど嬉しいですね」 シンビオスはしみじみと飴を見つめている。 「この君はどんな味がするのかな」 メディオンの長い指がシンビオスの飴をつまみ上げて、自身の口の中に入れた。舌の上で転がす。 「----うん。美味しい。…君と同じくらい」 「どれどれ」 シンビオスも、メディオンの飴を嘗めた。 「----あ、本当に美味しい。…あなたと同じくらい」 くすり、と笑いあった後、メディオンとシンビオスは口付けを交わした。重なった舌の上でお互いの飴が融けていく。いつも以上に、甘い甘いキスになった。 こんなにぐっすり眠れたのは久し振りだ。 心地よい疲れと、この涼しさのお陰だろう。 せっかく温泉に来たのだから、と、シンビオスは朝風呂を浴びることにした。大浴場に行こうとして----あることに気付いた。 メディオンが目を覚ますと、隣に寝ているはずのシンビオスはいなかった。 温泉に入りに行ったのだろう、と考えたメディオンが自分も行こうと起きあがったとき、浴室のドアが開いてシンビオスが出てきた。 「あ、おはようございます、メディオン王子」 「おはよう、シンビオス。----部屋の風呂にしたの? 大浴場の方に行ったのかと思ってた」 メディオンが言うと、シンビオスは湯上がりで染まった頬をますます紅くした。 「最初はそう思ったんですけど…。…あ、跡が…」 「うん?」 よく解らなかったので、メディオンは首を傾げて訊き直した。 「----で、ですから、…跡です…。その、----昨日の…」 首筋まで真っ赤にしながら、シンビオスはシャツの襟元をぎゅっと握り合わせている。 「----あ! ああ、そういうことか」 メディオンは微笑んだ。シンビオスの言う『跡』は、自分の体にも残っている。確かに、人前に晒すものではない。 「それなら仕方ないね。----まあ、部屋の風呂も温泉だし、全然問題ないだろう?」 メディオンはシンビオスの許に歩み寄ると、彼のしなやかな体を抱き締めた。 「それに、ここなら邪魔も入らないし、ね?」 潤んだ瞳で見上げてくるシンビオスの唇に、メディオンはそっと口付けた。 メディオンとシンビオスはのんびりと休暇を過ごした。 そのうち一日はレモテストまで足を伸ばし、キィーパと旧交を温めた。 あとはまたドルマントに戻って、町中を散策したり、ゆっくり温泉に浸かったり(勿論大浴場には行かず部屋の風呂でだったが)、昼寝したり、本を読んだり、戯れたり、した。 そうして1週間。 すっかり夏の疲れも取れ、リフレッシュして、二人はフラガルドに戻った。 ----例のお土産が、仲間達の間にセンセーションを巻き起こしたことは言うまでもない。 |