シンビオスの、よくいえば誠実、悪くいえばお人好しな所は、すぐに他の2軍にも知られることとなった。 たとえばメディオン軍では、バルサモで暴言を吐いたのを謝ってきたバーナードに、 「誤解が解けて良かったです」 とだけ言った。 また、ジュリアン軍では、婚約者を自らの手で倒してしまったうえ、守護像を壊し、あまつさえシンビオス軍に襲いかかったのを気に病んでいたスピリテッドに、 「ブルザムの陰謀なんだから、あなたには罪はないですよ」 と励ましたりした。 その他にも、ちょっとした言動に彼らしい気遣いが溢れていて、それに魅了された人は、遠征軍全体の中にかなりいた。 メディオンもその中の一人だったが、彼の場合、他の[シンビオスファン]とは少し違った想いを抱いていた。 彼以外のシンビオスに対する好意が『敬愛』ならば、メディオンのそれは『熱愛』であった。要するに、邪なものが混ざっていたりするのだった。 そんなメディオンの想いに、シンビオスは全然気付いていないようで、まったく普通に接してくる。 シンビオスが自分を見つめる。 シンビオスが自分に話しかける。 シンビオスが自分に微笑みかける。 そのときメディオンがどういう心境なのか知ったら、純情なシンビオスは彼の前から逃げていっただろう。幸い、メディオンは内面を表情に出さないタイプだし、シンビオスの方もそういう方面には鈍感なところがあるから、この二人、傍目にはごく普通の友人同士だった。 鍛錬を終えて身を清めた後、夕食前に妹とお茶でも飲もうと、メディオンはジュリアン軍の本陣に行った。本当はシンビオスを誘うつもりだったのだが、シンビオス軍本陣に彼がいなかったのである。 ジュリアン軍の本陣でメディオンの目に真っ先に飛び込んできたのは、妹と同じテーブルに何故かシンビオスがいて、なにやら楽しげに話している様子だった。 メディオンは、思いも寄らぬ光景に衝撃を受けた。その場に立ち竦む。 「…入り口に突っ立ってんなよ」 ジュリアンに声をかけられて、はっと我に返る。 イザベラが、兄の存在に気付いた。 「メディオンお兄様。どうなさいましたの?」 無邪気に訊いてくる。 メディオンが何とも答えられないうちに、シンビオスが椅子から立ち上がった。 「どうもお邪魔しました、イザベラ殿。色々ありがとうございます」 と、頭を下げる。 「いいえ、少しでもお役に立てて嬉しいですわ」 イザベラは、おっとりと微笑んだ。 立ちつくしているメディオンの横を通り過ぎながら、シンビオスが、 「メディオン王子、失礼します」 「…あ、うん…」 とメディオンが応じたときには、シンビオスは最早出て行っていた。 「お兄様、お茶に寄ってくださったんでしょう? どうぞ、座ってくださいな」 イザベラに言われて、メディオンは未だ茫とした気分のまま、それでも、今までシンビオスが着いていた椅子だと意識しながら、腰を下ろす。 兄のためにお茶を入れ直すイザベラを見て、メディオンは改めて、この妹が美人であることに気が付いた。容貌だけではなく、気配りも上手だし、優しくしとやかだ。 兄の自分でさえそう思うのだから、他人である他の男達は尚更だろう。現に、イザベラは3軍の女性達の中でも、とりわけ人気が高い。 シンビオスもその一人だと仮定して、とメディオンは考えた。本当はいたたまれない気分なのだが、一度想像し出すと止まらなかった。 フラガルド領主になった彼に、次に求められるのは、相応の花嫁と跡継ぎだろう。一般では早いとされる年齢でも、彼のような立場では、もっと子供の内から親同士が決めることもある。 シンビオスはもう両親ともいないし、何より自分の意志で相手を決められる歳だし、イザベラは人気があるから、他の誰かに奪われる前に約束だけでも交わしておくこともあり得る。彼女なら、シンビオスの姉も、共和国の上層部も反対はしないだろう。 「----お兄様、お茶が冷めましてよ?」 イザベラの呼びかけに、メディオンは三度我に返った。 自分の妹相手に焼き餅か、と自嘲しつつ、カップを持ち上げる。 なまじ、シンビオスに対して特別な感情を抱いているだけに、メディオンはイザベラに、彼と何を話していたのか訊けなかった。下手なことを気にして、自分の想いがばれてしまうのを恐れたのだ。 そしてイザベラは、物思いにふける兄の様子に、上品に首を傾げていた。 全然味を感じないお茶を、それでも勧められるまま2杯飲んで、メディオンは自陣に戻った。 そこには、自らの想像に心痛めたメディオンを更に落ち込ませる光景があった。 シンビオスが、今度はキャンベル達と話をしていたのだ。 「あ、メディオン様、お帰りなさい!」 一緒に話に加わっていたシンテシスが、屈託なく声を上げる。彼女の横から、ウリュドも顔を覗かせている。 「…じゃあ、私はこれで。みなさん、ありがとうございました」 またしてもシンビオスは立ち上がる。 「頑張ってくださいね!」 シンテシスが楽しそうに声をかけた。そのとき、ちら、とメディオンの方を見る。意味ありげな視線に、メディオンはますます悩んだ。 シンビオスは何をしようとしているのか。 イザベラやキャンベル達に、何の話があるのか。 そして、シンテシスの視線の意味は? メディオンが考え込んでいる内に、 「お邪魔しました」 シンビオスは、またしてもさっさと出ていった。 ----まるで、私と顔を合わせたくないようじゃないか。 メディオンの胸に、疑心暗鬼が生じた。 シンテシスもウリュドもどこかへ行き、残ったキャンベルの許に、メディオンは近づいた。 「シンビオスと、何の話をしていたんだ?」 この忠実なケンタウロスにだけは、自分の気持ちは話してある。 キャンベルは首を振った。 「申し訳ありませんが、約束ですのでそれは言えません」 義理堅いキャンベルがこう言うのは、絶対に口を割らないという意味だ。仕方なく、メディオンは諦めた。 「でも、メディオン様がご心配なされているようなことではありません」 キャンベルは優しく微笑んで、不安げな主の肩を叩いた。 自室に戻ったメディオンは、余計なことを考えないようにと、本を手に取った。元々読書が好きで、彼の広い知識も本から仕入れたものが多い。本を読んでいるときの集中力も大したもので、声をかけられたぐらいではびくともしない。 この遠征にも本は欠かすことはなく、暇があれば読んでいた。ただし、荷物になるからと、持ち込んだのはお気に入りの2・3冊だけ。この町で購入しようにも、ブルザム関連の本しか売っていない。試しに一冊買ってみたのだが、あまりのブルザム色の強さに頭がくらくらしてしまった。 かといって、エルベセム教会の図書室も宗教関連が多く(それでも全部に目を通した)、そうでない本は読んだことのあるものばかりだった。そろそろ遠征が終わってくれないと、中毒症状を起こしそうな気配である。 今メディオンが読み始めたのは、彼が持ってきたもので、これも内容を暗記できるほどに読み込んでいた。そのためか、まったく集中できず、頭の中ではシンビオスのことばかり考えている。 メディオンは本を閉じて、この際、今日のシンビオスの態度について突き詰めていくことにした。 シンビオスは、イザベラのことをどう思っているのだろう。 何を話していたかは謎だが、イザベラが「お役に立てて…」と言っていたから、シンビオスが彼女に何か頼んだのだろう。同じ軍でもなく、アスピアで一度顔を合わせたとはいえ、この地に来て初めて話すようになった人に何かを頼むのは、よほどのことだろう。そう考えると、やはりシンビオスはイザベラに好意を抱いているのだ。 イザベラの方も、満更でもない様子だった。 シンテシスがシンビオスに「頑張ってください」と言ったとき、彼女は何故メディオンを見たのか。 シンビオスが『頑張ること』が、メディオンにも関係があるのか。 瞬間、メディオンは閃いた。否定したいことだが、考えれば考えるだけ、その可能性が一番高い。 シンビオスは、イザベラとのことについて、メディオンに許しをもらうつもりではないか。 皇帝から勘当された今、イザベラの家族は、アスピアにいる養母のメリンダと、異母兄のメディオンだ。結婚の許しを得るのに、遠くにいるメリンダよりもまず、メディオンの許可をもらっておく、と、律儀なシンビオスは考えたかもしれない。 これがシンビオス以外の誰かなら、そして、イザベラが本当にその誰かを好いているなら、メディオンは二つ返事で許可するだろう。それほど物わかりの悪い兄ではない。 ----だが、それがシンビオスとなると…。 話はまったく別だ。 ----シンビオスを、誰にも渡したくない。 だが、相手は可愛い妹だ。 ----いや、私のこの予想自体、外れているかもしれない。 だが、それ以外の事態が思い浮かばない。 メディオンは深い溜め息をついて、頭を抱えた。 その晩は悩み抜いてろくに眠れず、メディオンは憔悴して朝食の席に現れた。 「メディオン様、どうなさったのですか?」 キャンベルがすぐにやってきて、彼をテーブルまで導く。食事を運んできて、 「昨日のことなら、心配なさることじゃないと申し上げたはずですが…」 「そうだったかな」 メディオンはぼんやり応えた。 「おまえは、私が何を『心配してる』と思ったんだ?」 「え…? 昨日、メディオン様のいないときにシンビオス殿が我々と話していたことについて、何か妙な想像をなさったのかと…」 戸惑いながら答えるキャンベルを、 「『妙な想像』とは、どんな?」 メディオンは追及した。 「ええっと…、たとえば、シンビオス殿がメディオン様を避けているとか…」 「そうか。なら、やはり違うな」 呟くメディオンの顔を、キャンベルは見つめた。 「『違う』と仰いますと?」 「…おまえ、シンビオス殿と約束したんだろう? 話の内容を黙っていると。私の悩みがまさにその話のことなら、どう答えるつもりなんだ」 暖かいポタージュを口にしながら、メディオンは言った。他のものは、とても喉を通りそうにない。 キャンベルは思いがけず、にっこりと笑った。 「それなら、全然問題はありません。大体、昨日の話は…」 言いかけて、 「…詳しくは、あなたの後ろに立っている方からお聞きください」 メディオンは振り向いた。まったく気配を感じなかったが、いつの間にかシンビオスが立っている。 「おはようございます、メディオン王子、キャンベル殿」 メディオンとは対照的に、爽やかで上機嫌な様子だ。 「おはようございます、シンビオス殿」 キャンベルは一礼して、 「さて、邪魔なら私はどこかに行っていますが」 「いいえ。お食事中に移動なさってはいけません。それに、キャンベル殿なら構いません。王子の兄上様のような方ですから」 シンビオスは言って、 「王子、ご一緒させて頂いて宜しいですか?」 メディオンは一瞬躊躇った。しかし、シンビオスに面と向かって言われては、やはり断れない。それに、彼と食事をするのは願ってもないことだった。色々な話ができるからだ。勿論、その中身にもよるが、まあ、こんな人の多いところで、「妹さんをください」なんてプライベートな話はしないだろう。 メディオンが承知すると、シンビオスはいそいそと隣に座った。 「…あまり食が進んでないようですが、体調でもお悪いんですか?」 キャンベルの皿がほとんど空なのに、メディオンの方は全然手を付けられていないのを見て、シンビオスは訊いた。 「い、いや。体調は悪くないよ」 メディオンは曖昧に答えて、仕方なくパンに手を伸ばした。シンビオスに余計な心配をかけるのは忍びない。 メディオンが食べ始めたのを見て、キャンベルは微笑んだ。 シンビオスも嬉しそうに、 「やっぱり、朝はしっかり食べないと、力が出ないですよね」 言いながら、自分も大層な食欲を発揮している。 シンビオスはいつもよりもよく話し、明るく笑った。対するメディオンの方も、悩みを抱えているため、却ってハイテンションになっていたので、食堂の中でも彼らのテーブルは妙に浮いていた。冷静なキャンベルがいなければ、もっと目立つことになっていただろう。 食事を終え、彼らは食堂を出た。 「…メディオン王子は、これからどうなさる予定ですか?」 シンビオスが、意味ありげなの質問をしてくる。 「いや、特にこれといって…」 と答えかけたメディオンは、はっと口を噤んだ。『花嫁の兄』はご免だ。 「…あ、思い出したよ。今日はこれから、キャンベルと出かけるんだった」 こう言えば、阿吽の呼吸で、キャンベルも、 「そうでしたね」 とか、 「忘れてらしたんですか?」 とか乗ってきてくれるはずだった。 ところが。 「え? 出かけるって、どちらへ?」 キャンベルは思いっきり訊き返してきた。 シンビオスの前でなければ、メディオンはキャンベルの首を絞めてやりたい気分だった。 「どちらって、忘れたのか? あそこだよ!」 メディオンは言いながら、後ろ手でキャンベルの腕を抓る。 「ああ…」 キャンベルはやっと頷いたが、 「それなら、どうです? シンビオス殿といらしては」 「キャンベル…」 余計なことを、と恨みかけて、メディオンは気付いた。キャンベルが意味もなくメディオンに逆らう筈はない。とすれば、彼はメディオンに、シンビオスと二人きりになるよう促しているのだ。そして、それはメディオンのためなのだ。 「え、でも、宜しいんでしょうか、私なんかで」 シンビオスが小さく呟く。どこか不安そうでもあった。 「是非君と行きたいな。君さえ良ければ」 咄嗟に、メディオンは極上の笑みを浮かべた。 「はい! 喜んで」 シンビオスも微笑んで、 「じゃあ、すぐに支度してきます」 「では、玄関で待ち合わせよう。寒いから、暖かくしてね」 これだけ口が回れば大したものだ、とメディオンは我ながら思った。 「はい」 シンビオスは元気よく廊下を駆けていった。 「----さて、キャンベル。私は彼をどこに連れて行けばいいんだ?」 メディオンは、半ば睨み付けるように忠臣を見た。 「この町の北に滝があって、今時分は凍り付いているそうですが、その様がまことに見事だとか。特に、今日のような晴れた日には、氷が光って美しいそうですよ」 キャンベルは真面目くさった顔でそう応じてから、 「それにしても、さすがに巧く取り繕いなさいましたな」 悪戯っぽく笑う。 「おまえが惚けたときには、心臓が縮みそうになったぞ」 顔を顰めて、早足で歩き出す。 キャンベルも慌てて後を追う。 「ところで、おまえがそうやってたきつけるからには、成功率は高めだと考えていいんだろうな」 メディオンの質問に、キャンベルは頷いた。 「先ほど、私が『問題ない』と言った意味をお教えしましょうか」 メディオンの悩みと、昨日のシンビオス殿の話とが同じ内容だったらどうする、というのについて、キャンベルは「問題ない」と答えた。その根拠を教えようというのである。 「教えてくれ」 「シンビオス殿と昨日した話は、メディオン様が悩む必要のない内容だった、ということです」 メディオンは暫し考えて、 「それは、私にとって喜ばしいことだ、という意味か?」 「その通りです」 メディオンは天を仰いだ。 「…一晩悩んで損した」 「そのようですな。----そういえば、何を悩んでらしたのですか?」 メディオンは自室のドアを開けながら、 「戻ってきてから話す」 と意地悪な口調で言って、中からバタン、とドアを閉めた。 メディオンが玄関に行ったときには、シンビオスはもう待っていた。 「ごめん。待たせたかい」 「いいえ。全然」 とのんびり答えたシンビオスは、大きな紙袋を持っていた。 「それは?」 メディオンが訊くと、 「向こうに着いてからのお楽しみ、です」 シンビオスは笑ってはぐらかす。 メディオンはそれを持とうとしたのだが、シンビオスは自分で持つと言って譲らなかったので、不本意ながら彼の好きにさせた。 町を出て5分ほどで、滝に着いた。 晴れている分空気が冷たく、頬を刺すほどに痛く感じるが、この景色の素晴らしさには代えられない。 滝は勿論、落ちかかる湖にも氷が張っていて、その真ん中あたりが一直線に盛り上がっている。地元では、「神が通った跡(御神渡り)」といわれている現象である。 「こんなのは初めて見たよ」 メディオンは感極まって呟いた。 「一体、どうやってこんな風になるんだろう」 「一度聴いたことがあるんですけど、忘れてしまいました」 ちょっと首を傾げるシンビオスの可愛らしさに見とれながら、 「まあ、いいさ。ここは言い伝え通り、神様が渡ったということにしておこう」 メディオンは言った。 「そうですね。現実的な検証より、その方がずっといいです」 シンビオスはメディオンを見上げると、 「こんな素敵な場所に連れてきてくださって、本当にありがとうございます」 「いや。私が君と来たかったんだから、礼を言われるまでもないよ」 最初はともかく、今はこれがメディオンの本心である。 「君こそ、一緒に来てくれてありがとう」 「……………」 シンビオスは、メディオンが戸惑うほどの間、黙り込んでから、 「…実をいうと、王子と二人きりになりたかったんです。----お話ししたいことがあって」 メディオンはどきっとした。シンビオスの改まった口調が、忘れていた悩みを思い起こさせる。----いや、待て。ここはキャンベルを信じるべきだ。 メディオンの葛藤も知らず、シンビオスは袋から、リボンを掛けられた包みを取り出した。 「これを…、受け取ってください」 「え?」 これはメディオンの予想外だ。面食らいつつも、差し出された包みを受け取る。 「開けていいのかい?」 「はい、勿論です」 メディオンは手袋を履いたままリボンを解き、やりづらいことに気が付いて、手袋を外した。 シンビオスは咄嗟に、メディオンの手袋を引き受けた。外されたリボンと一緒に、紙袋の中に入れる。 「えーっと、イザベラ殿やキャンベル殿達に、王子が何を一番喜んでくれるか訊いてみたんです。で、結局これが一番だろう、ってことになって…」 照れたようなシンビオスの説明を聞きながら、メディオンはかじかむ指で包装紙を丁寧に外していった。 現れたのは、一冊の本だった。表紙の題名は、メディオンの記憶にない。 「ありがとう、シンビオス」 新しい本を前にして、メディオンは喜んだ。ただ、気になることが一つある。 「これは…、どこに売ってたんだい?」 レモテストには、こんな本は売っていないはずだ。 「ドルマントです。リハビリしてるときに見つけて、面白そうだから買ったんです。読んでみても、期待に違わず、でした」 「じゃあ、わざわざドルマントまで買いに行ってくれたのかい?」 「あ、いえ。暇がなかったので、ぼくの本なんです。すいません…」 「いや、全然! むしろ、嬉しいくらいだよ」 メディオンは言って、本をぱらぱらと捲った。 「君こそ、いいの? そんな面白い本を、私にくれたりして」 「勿論です。王子に差し上げたかったんです。色々お世話になったので、そのお礼…」 シンビオスは言い淀んだ後、真っ直ぐメディオンを見つめた。 「いえ、正直に言います。あなたに喜んで頂きたかったんです。----あなたが好きだから」 キャンベルの言葉から、ちょっとは想像していた台詞だが、実際にシンビオスの愛らしい唇から彼の声で告げられると、メディオンはなんと応えたものか混乱してしまった。 「…ありがとう」 と、取り敢えず応じて、メディオンは細く息を吐いた。空中に白く伸びていく。 「私も、君が好きだよ」 台詞には、それに相応しい口調というものがある。この度のメディオンの口調は、あまり愛を囁くという調子ではなかった。気持ちが上擦ってしまったためであった。 どうやらメディオンが本気と取っていないか、或いは『友人として好き』だと思っている、とシンビオスは感じたらしい。寒さに赤くなった頬を更に色濃くして、 「あの…、ぼくが言う『好き』っていうのは…」 「うん。判ってる」 やっと実感が湧いてきたメディオンは、本能の命ずるまま、シンビオスを抱きしめた。 「つまり、こういうことだね?」 そっと、唇に口付ける。 「…そ、そうです…」 シンビオスは恥ずかしそうに、メディオンの胸に顔を埋めた。 「君はイザベラのことが好きなのかと思ってたよ」 昨日メディオンの胸に生じた疑惑は、早とちりの勘違いとは一概にいえなかった。異性であるイザベラは、恋愛対象に充分なりうる。 シンビオスは、メディオンの胸に当てていた手を彼の背中に回して、強く抱きついてきた。 「彼女は確かに素晴らしい女性ですけど、ぼくはもう、王子のことを好きになってしまったんです。…でも、もし王子より先に彼女を知ったら…」 それ以上は聴きたくなかったので、メディオンは再びシンビオスの唇を塞いだ。 |