シンビオスは、とても物持ちがいい。 ベッドや本棚、机といった家具類は勿論、細々した日用雑貨の類も、ほとんどが子供の頃から愛用している品だ。 ベッドサイドの棚の上に置いてあるキャンドルランプも、もう10年以上使っている。こまめに手入れしているため、多少古ぼけてはいるが、まだまだ10年は使えるだろう。 などと考えていた矢先、ガラス製のシェードにヒビが入ってしまった。ちょうど煤を拭いているときだったので、手を怪我しなかっただけでも有り難い。それでも、長年親しんでいた物が壊れてしまって、ちょっとした寂寥感を、シンビオスは感じていた。 眠るときでも、このランプの明かりだけは灯しておく。真っ暗闇だと、いざという事態に陥ったときに危険だからだ。 だから早急に新しいランプを買ってくる必要があるのだが、このところ仕事が忙しくて買い物する暇もない。身近に置く物だし、また長い間使うのだから、やはり自分の目で選んで気に入ったものを買いたい。シンビオスは、今度の休みに買いに行くつもりだった。そしてそのときはメディオンと一緒に行って、二人で選ぶつもりだった。 ランプが壊れてから2日後、仕事を終えたシンビオスは自室に戻った。 応接室の方のソファに、メディオンが座って待っていた。 「お疲れさま、シンビオス」 いつも以上ににこにこと、シンビオスを迎える。 「----? メディオン王子、何かありましたか?」 小首を傾げて尋ねるシンビオスを愛おしそうに見つめて、 「さて、なんだろうね?」 メディオンは上機嫌に言った。 シンビオスは部屋を見回してみた。自室へと繋がるドアが開いていて、そこから柔らかい光が漏れている。明らかに、いつも使っているランプのものとは違う色だ。 「部屋の灯りが見慣れない色なんですけど…」 シンビオスが言うと、メディオンは大きく頷いた。 「うん。----おいで」 シンビオスの肩を抱いて、自室へと導いていく。 部屋に入って、シンビオスは目を瞠った。ドア脇に椅子が置いてあって、その上に見慣れないランプが置いてあった。 シンビオスはそっと持ち上げて、しみじみと眺めた。 シェードのガラスがほんのり色付けされており、ろうそくの光をぼんやりと滲ませている。シンプルで飽きが来ないデザインで、その代わり中のろうそくに綺麗な模様が描かれているのが、絶妙なバランスを作り出している。 「どう?」 一歩後ろから、メディオンがシンビオスの耳に囁いてくる。 シンビオスはとても気に入った。彼自身のオーダーを元に作ったと言っても過言ではないくらい、趣味にぴったりと合っている。だからとても嬉しいのだが、一つだけ寂しく感じていることがあった。 「とても素敵です。気に入りました。----ありがとう、王子」 ランプをベッドサイドの定位置に置いたあと、メディオンにしっかりと向き直って、シンビオスは心の底からお礼を言った。しかし、元来素直な性質のため、その『寂しい』という気持ちがほんの少し顔に出ていたらしい。----もっとも、観察眼の豊かなメディオンだからこそそれが判った、というのもある。 「----シンビオス、…なにかあった?」 遠慮がちに、メディオンが訊いてきた。 「あ、いえ、これはぼくの我が儘なんですけど…、----二人で一緒に買いに行きたかったなって。二人で何か選ぶのって楽しそうだし、初めてだからやってみたかったなって、ちょっと思ったりして…」 シンビオスは自分の想いを言ってみたのだが、せっかく買ってきたのに文句を言っていると誤解されるような気がして、 「…ごめんなさい」 と謝った。 「なんで謝るの? ----そんな可愛い我が儘なら、いくらでも聞くよ」 メディオンは優しく微笑んだ。 「私の方こそ、気が利かなくてごめんね。----でも、このランプを見たとき、きっと君が気に入ってくれると思ったんだ。デザインもそうだけど、ほら、このシェードの色、他に3色あったんだけど、これが君の一番好きな色だろう? それで…」 ----ああ、そうか。シンビオスは今まで以上に嬉しくなった。そこまで考えてくれて、メディオンはこのランプを選んでくれたのだ。それなら---- 「…それなら、ぼく達二人でこのランプを選んだのと同じですね。それに、一緒に行っても、きっとぼくもこれを選んだはずだから」 「シンビオス…」 メディオンは、シンビオスをぎゅ、と抱き締めた。 「またそんな、可愛いことを言って惑わせるんだから」 「…べ、別にそんなつもりは…」 紅くなるシンビオスに、メディオンは口付けた。 いい雰囲気になりかけたところだが、部屋の外からタイミング良く夕食を呼ばわる声がした。シンビオスはランプのろうそくを吹き消して、メディオンと共に食堂に向かった。 新しいランプの灯りはぼんやりと、それでいてムードが充分に溢れていて、とても刺激的であった。 火照った体を俯せたシンビオスの背中を指でなぞりながら、 「----ねえ、今度、何か二人で選ぼうね」 メディオンは気怠げな声で言った。 「そうですね」 シンビオスも、まだぼんやりした声で応じる。 「----でも、何かあるかな?」 「え、…んー…」 何しろ、もう生活に必要な品々が総て揃っているところに、メディオンは来て暮らしているのだ。今回のランプのように壊れることでもないと、なかなか物を買う必要が生じない。 二人は暫し悩んだ。 「----まあ、いいや」 先にギブアップしたのはメディオンだった。 「そのときが来たら一緒に買いに行こう」 「そうですね。----いつになるか判らないけど」 シンビオスが、例のチャーミングな『悪戯っぽい笑み』をみせた。 「また、そういう意地の悪いことを言う」 メディオンの方は苦笑いである。シンビオスに優しく覆い被さると、 「…それに、その表情は『反則』だよ」 「だから、そんなつもりは、…っ」 どこをどうされたのか、シンビオスはすぐに熱い吐息を漏らした。 柔らかい、ぼんやりとした光の中、二人の夜はいつまでも終わらなかった。 |