レモテストで三軍が合流してからというもの、軍を越えての交流が盛んになっている。
 たとえば、共和国の上層部は折を見ては打ち合わせをしているし、エルベセム関係者達もよく集まって話をしている。その他の者達も、3つの本陣を行ったり来たりしては、適当な誰かと四方山話に興じている。
 これほど様々な立場の人々が一堂に会する機会は滅多にないから、それを目一杯楽しもう、というのだろう。

 この日は全軍とも修練が休みであり、皆は自由行動を取っていた。
 軍師達は居住区内の図書館に籠もっているし、力を持て余している者達は、休みだというのに自主トレーニングに励んでいる。
 かと思えば、町に繰り出した者もいるし、仮面僧にうんざりして、わざわざドルマントまで足を伸ばした者達もいる。
 そして、ここぞとばかりに、武防具の手入れをする者もいた。
 シンビオス軍のマニュピルも、自慢のパワードスーツの整備をしていた。パーツをばらしていく。
「しっかし、随分汚れてるなあ」
 と言ったのはヘイワードだった。機械類に興味を持っている彼は、マニュピルに自分から手伝いを申し出たのである。
「シンビオス軍に入ってから今まで、ろくに磨いてなかったからのう」
 腕の部分のネジを外しながら、マニュピルは応えた。
「ほれ、外れるぞ。しっかり持っておれよ」
「了解。----でも、こんなにバラバラにしちまって、ちゃんと戻せるのか?」
「当たり前じゃ! こりゃ、ワシの自作じゃぞ! 戻せんわけがあるかい!」
「あー、はいはい」
 喧しい爺さんだ、と思いつつ、ヘイワードは適当に返した。
 なおもぶつぶつ呟くマニュピルの言葉を聞き流していたヘイワードは、本陣の入り口から誰かが顔を出しているのに気付いた。
「なんだ、あんたか。----シンビオス様なら留守だよ」
 それが、ジュリアン軍のハラルドだと判って、ヘイワードはそう声をかけた。同じく父を亡くして領主に新任したという立場から、シンビオスとハラルドが色々と話し合っているのを見ていたので、今回もそうかと思ったのだ。
「メディオン王子とジュリアンと、グラシア様も一緒になって、どっかに出かけたよ。帰りは夕方頃になるってさ」
「うん。シンビオスが出かけたのは知ってるんだ」
 と言って、ハラルドは中に入ってきた。
「今日は、マニュピル殿に用があってね」
「ワシにか?」
 マニュピルは、つぶらな瞳を更に大きくした。
「あなたの乗ってるその機械を、一度じっくり見せてもらおうと思って。大変珍しい物だからね」
 ハラルドは言った。
 確かに、世にカタパルトは沢山あるが、マニュピルの物のような、人型のは他にない。彼自身の発案であるからだ。
 ハラルドも、カタパルト乗りだけあって、機械類には非常な関心がある。この前も、メディオン軍のロビィを質問攻めにしていたほどだ。----実は、ヘイワードも別の日に同じことをしていた。機械と珍しい物に対する好奇心は尽きないのだ。
「ただ見るだけじゃのう。手伝うというなら、色々教えてやってもよいぞ」
 マニュピルは勿体ぶって応じた。ハラルドにとっては勿論願ってもないことなので、いそいそとやってくる。
「何をしたらいいかな」
「うむ。左の脚を外してくれ」
 パワードスーツは、すでに胴体部の周りのガードルも外され、脚部を伸ばして座っている状態で置かれている。胴体部分が重いため、脚を立てた状態で外せば、少人数では支えきれないからだ。
「ヘイワードは右脚じゃ。ワシは、ボイラー部分を外すでな。ここは・ちと・デリケート・なんじゃ」
 妙な節を付けながら、マニュピルが言う。
「デリケート、ねえ…」
 なんとなく、ヘイワードは呟いた。
「----よしよし。これでバラせるだけバラしたのう」
 マニュピルは満足そうに言って、一息ついている二人に、厚い布を投げた。
「さ、これで綺麗に磨くんじゃ」
「うへえ、凄え汚いなあ」
 ヘイワードが顔を顰める。泥だの油染みだので、部品全部がベタベタだ。
「それは、俺のカタパルトも同じだよ」
 腕の部分を細かい所まで丁寧に拭いながら、ハラルドが笑った。
「いざ実戦となると、そんな丁寧な整備もできないんだよな。必要最低限のチェックだけして出陣、の繰り返しだから、どんどん汚くなってく」
「そうじゃ。その点、ここでは毎日戦闘するわけではないし、最終決戦に向けて、徹底的に整備するにはもってこいじゃ」
 すっかりご機嫌なマニュピルは、鼻歌を歌いつつ、動力部分の点検をしている。
「うーん、こうしてみると、カタパルトと原理的にはそう変わらないな」
 さすがに、パーツを見ただけで構造が理解できるのだろう。ハラルドは実際に組み立てられたときと同じように、拭いたパーツを床に並べていく。
 マニュピルはしたり顔で、
「そりゃそうじゃ。どちらも、燃料を燃やして蒸気を発生させ、その力で全身を動かす。これは、汽車も蒸気船も一緒じゃ。ただ、形が違うだけでな」
「なるほどね。原理さえ覚えれば、結構単純なものなんだな」
 感心したように言うヘイワードを、
「そうじゃ。おまえさんみたいな単純な男でも、すぐに操縦できるようになるぞ」
 マニュピルがからかう。
「誰が単純だって?」
 ヘイワードはマニュピルを横目で睨んだ。
 何枚も雑巾を取り替え、磨き上げた結果、パワードスーツは見違えるほど綺麗になった。
「ほい、ご苦労さん。お陰で、ぴっかぴかじゃ!」
 マニュピルは、満足そうに目を細めて、
「まるで、新品に戻ったようじゃ」
「いや、新品っていうには、傷つきすぎてないか?」
 水を差すつもりはないのだが、ヘイワードはどうしても言わずにおれなかった。
「何を言う! この傷が渋くていいのではないか」
 マニュピルはうっとりと胴体部を撫でながら、
「これは、アスピアでメディオン軍と戦ったときのもの、こっちのは、ジュリアン軍と不本意ながらやり合ったときの傷じゃ。そしてこれは…」
「だーっ、いちいち解説しなくていいよ! 日が暮れちまう」
 まったく、年寄りは話が長くて、などと思いつつ、ヘイワードは遮った。
「そうか? ----ま、とにかくじゃな、傷は戦いの証。こいつとワシが命を共にして戦場を駆けた歴史を物語るものじゃ。これを見るたび、ますますこいつが可愛く思えて仕方がないわい」
 マニュピルの感傷的な言葉に、ヘイワードはあまりぴんとこなかったが、カタパルト乗りであるハラルドは同感したらしい。しきりに頷いて、
「そうそう。一緒に戦っていくたびに、思い入れが強くなるんだよな!」
「うむ! こいつはワシの恋人のようなものじゃ。こいつがいれば、女などいらん。あいつらときたら、うるさくお喋りするし、我が儘ばかり言い放題だし…」
 なにやら、やけに実感のこもった口調で、マニュピルは言った。
 ヘイワードはハラルドを見て、
「あんたもご同様かい?」
「いや、俺はやっぱり、生身の恋人は別に欲しいよ」
 まだ若いハラルドは、さすがにマニュピルほど悟りきっていないようだった。
「だよなあ…。ホント、変な爺さんだ」
 ヘイワードがぼそっと呟いたのを、
「…何か言ったか?」
 マニュピルが鋭く振り返った。
「い、いーや、なんにも」
 ヘイワードとハラルドは異口同音に言って、慌てて愛想笑いを浮かべた。
「それより、早いとこ組み立ててしまおう」
 ハラルドが話を逸らせる。
「うむ。そうじゃな」
 マニュピルは工具を手に取って、
「じゃあ、外した順に付けていくぞ。おまえ達は、そっちの脚を頼む」
「了解」
 まずは、胴体部に差し込む箇所に潤滑油を塗って、穴を合わせながら連結させる。
「ぎっちぎちに締めるんじゃぞ。どれだけ締めても、やりすぎということはない。限界だと思ったところでやめてはいかん。更にその上まで…」
「くどいって」
 二人は苦笑しつつ、これ以上やったらヒビが入るというくらいまで、ぎゅっとネジを締め付けた。
 続いて腕部、そしてガードルと、順調に取り付けていく。
「----よし、最後に動力部じゃ」
 胴体部の後ろ側に穴が開いていて、ボイラーで暖めた蒸気をここから送り込むようになっている。
 ハラルドとヘイワードが、それぞれ両側からボイラー部を持ち上げ、胴体部の穴に差し込む。中が空洞とはいえ鉄製だから、長いこと持ち上げていると結構辛い。
「マニュピル殿、は、早くネジを留めてくれ」
「お、重いんだよ、早くしろ」
 呻く二人をちら、と眺めて、
「まったく、最近の若いもんは軟弱だのう」
 マニュピルは憎まれ口を利きつつ、スパナを片手にネジを締めていく。ここは重要な箇所だけに、天地左右に加えてその間、計8個もの太いネジで留めるようになっている。
 口では憎らしいことを言っているが、マニュピルはまず上下を留めて、二人の負担を軽くしてやった。続いて左右を留める。これでもう、支えている必要はなくなったわけだ。
 二人が疲れた腕をさすっている間に、マニュピルは残り4本のネジも留めた。
「…これでよし、と。----ご苦労じゃったな、二人とも。やはり、一人でやるよりもずっと早いわい」
「いや、なに。結構面白かったぜ」
 ヘイワードが、少し照れくさそうに鼻の頭を掻きながら応える。
「うん。色々勉強になったしね」
 ハラルドも頷く。
 マニュピルは、パワードスーツの後ろに回り込んで、動力部のハッチを開けた。石炭を入れて火を点けて扉を閉めると、前に戻ってきて、コックピットにひらりと乗り込んだ。
「よしよし、順調に稼働してるぞい」
 ボイラーの上部にある煙突から、煙が上がる。
 コックピットに沢山あるレバーのうち、2つをマニュピルが引くと、がくん、と脚が動いた。伸ばしきっていた膝が曲がり、足部分が床に着く。ぐぐ、と全身を持ち上げるように伸び上がった。続けて、2・3歩本陣内を歩く。
「…なるほど、それが脚部のレバーか」
 ヘイワードが横に立って、コックピット内を覗く。目が好奇心で輝いている。こんな大きくて重い金属の塊が、蒸気の力だけで動く。自然と共に暮らしてきたエルフである彼には、何度見ても信じ難く興味深いものなのだ。
 ちなみに、小柄なマニュピルに合わせて作られたスーツだから、もともと本体部は2m強の高さしかないのだ。ボイラー部とその上についた煙突が突出しているせいで、大きく見えるのである。
「手はこれじゃ」
 マニュピルが両手でそれぞれレバーを掴んで動かすと、スーツの腕が滑らかに上下する。
「うーん。カタパルトよりはやっぱり複雑だな。それに繊細だ」
 反対側から眺めていたハラルドは、すっかり感心している。彼の操るカタパルトは、キャタピラを動かすレバーと、砲身の向きを変えるレバー、それにシェルを打ち出すボタンのみだ。しかも、無骨な作りになっているため、動きも少々ぎこちない。
 マニュピルは、得意そうに眉を動かした。
「そうじゃろう。人間型のロボットをここまで滑らかに動かせる技術は、かの古代文明に劣らぬものじゃろう?」
 確かに、古代文明の粋を集めたロビィの動きには負けるが、あの技術に未だ追いつけない今の時代の産物にしては、マニュピルのパワードスーツも目を瞠るものがある。
 じーっと観察していたヘイワードは、コックピットの真ん中にあるボタンに目を留めた。
「これ、何のボタンだ?」
 答える間もあらばこそ、いきなり手を伸ばして押す。
「うおっ、馬鹿モン! それは…」
 マニュピルの叱責を、凄まじい轟音がかき消した。建物が揺れる。衝撃で、天井からぱらぱらと塵が落ちてきた。
 ボタンを押したヘイワードと、間近で衝撃を受けたハラルドは、目を丸くして床に座り込んでいる。
 外がにわかに騒がしくなった。ばたばたと人が行き交い、
「なんだ、今の衝撃は!」
「ブルザムの攻撃か?」
「いや、この建物の中から聞こえたぞ」
 叫び声がこだまする。
「----アンカー発射スイッチじゃ…」
 マニュピルが呟いた。
「壁に穴が開かなかったのが、不幸中の幸いじゃったわい」
「は、はは…、なるほどね…、そりゃ、悪かったな」
 ヘイワードは、引きつった顔で言った。そんな場合じゃないのは承知だが、何故か笑いが込み上げてくる。
 反対側で、ハラルドも何故か笑っている。
「おまえ達、笑っとる場合か」
 と諫めながら、マニュピルも苦笑を浮かべていた。
「とにかく、上に行って事情を説明してくるぞ」
 コックピットから降りて、座り込んでいる二人の頭を軽く叩いた。
 ハラルドとヘイワードは、埃を払いながら立ち上がって、マニュピルの後についていった。
 本陣の入り口には、すでにここが発生源だと気付いた人々が集まってきていた。彼らに事情を説明して、三人揃って頭を下げると、みな気が抜けたように笑って、
「なんて人騒がせな」
 とか、
「以後気を付けてな」
 とか言いつつ、解散していった。
 ぽつん、と残った三人だったが----
「…俺のカタパルトの整備も、この後で手伝ってもらおうかと思ってたんだけど」
 ハラルドが独り言のように呟いた。
「今度は本当に壁でも壊されちゃ適わないし、一人でやろうかな」
「いや、もう懲りた。変な所はいじらないから、手伝わせてくれ」
 ヘイワードはどうしても機械への興味が尽きないようだ。真剣にハラルドに詰め寄っている。
「こやつに手伝ってもらうなら、ハラルド殿よ、弾だけは忘れずに抜いておくんじゃな」
 マニュピルが横から、にやにやと口を挟んだ。

 勿論、ハラルドはちゃんと手を貸してもらうつもりだった。ムキになっているヘイワードの反応が面白くて、わざとそんなことを言ったまでである。それは、マニュピルも同じだった。ヘイワードは何でも真面目に受け止める性格なので、からかうのには打ってつけなのだ。
 二人のからかいに辟易したのか、ヘイワードは前とは打って変わって黙々と作業し、今回は問題も失敗も起こらずにすんだ。
 ただ、あの騒ぎのときにその場にいなかった者達に、マニュピルもハラルドも後から面白可笑しく話して聴かせたので、ヘイワードは暫くの間、ちょっと拗ね気味であった。


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