自室からメディオンの部屋に行くのには、食堂の前を通る。 もう、夕食も、その後の片づけもとっくに済んでいる時間だが、食堂からは明かりが漏れていて、声も聞こえてくる。 通りがてら、シンビオスはちょっと中を覗いてみた。同時に、 「……3軍のリーダーで…」 自分ことが話題に挙がっているのが耳に入ってくる。 思わず、シンビオスは足を止めた。 食堂には3軍の女性達が集まっているようだ。「女三人寄れば姦しい」の言葉通り、特有の盛り上がりを見せている。 「…やっぱり、ジュリアンでしょ」 とケイトが言った。 「そうね。男らしいし」 マスキュリンが頷いている。 「あら、私は、今回メディオン王子のこと、かなり見直したわ」 とは、ブリジットの台詞だ。 「だって、あんなに頼りない感じだったのにねえ。将軍も、そう思うでしょ?」 「うん。まったく、別人かと思った」 スピリテッドが答える。 「あ、私も同感」 オネスティがそう言ってから、 「----でも、王子は元々お優しいし、それなりにお強いし、何より素敵だから、これに今の感じが加わって、ますます『無敵』になったかしら」 それは、シンビオスも同感だった。 「『無敵』過ぎて、なんだか手が届かない、って感じもあるかもしれないわね」 グレイスが微笑む。 そんな彼女を、マーキィが悪戯っぽく見つめて、 「その点、あなたの所の領主様は、普通っぽくていい感じね」 「あー、解る解る! 可愛いわよね」 プリムラが笑って、 「10年前のジュリアンみたい。なんかこう、母性本能をくすぐられる、っていうか」 「そう? 私はあの子を見ると、悪戯したくなっちゃうけど」 「マーキィってば、露骨すぎー」 「でも、解る気がするわ」 賑やかな笑い声を背に、シンビオスはその場を去った。 立ち聞きがはしたない行為だというなら、彼はきっちりとその報いを受けたわけだった。 部屋に入ってきたシンビオスが複雑な表情をしているのを見て、 「シンビオス、どうかしたのかい?」 メディオンは訊いた。 「……………」 シンビオスはメディオンをじっと見つめて、 「王子、ぼくのことどう思います?」 「ん? …好きだよ」 当然、といった感じで、メディオンは答える。シンビオスは嬉しかったが、今欲しい答えとは微妙に違っている。 「あ、いや、そういうことじゃなくて…。えーっと、形容詞でいうとどんな感じですか?」 「形容詞?」 「つまり、『男らしい』とか、『格好いい』とか、そういうことです」 「ああ、それなら」 メディオンは、にっこり笑った。 「『可愛い』だね」 「……………」 「ん? シンビオス、どうかした?」 「…他には?」 「え? …いや、思いつかないなー。君は『可愛い』としか形容しようがないもの」 シンビオスは、メディオンを恨みがましい目で睨んだ。 「王子まで、そんなことを言うんですね」 「え…?」 「帰ります」 「え? ちょ、ちょっと、シンビオス…?」 まったく訳がわからず、メディオンはただ呆然と立ちつくすのみだった。 シンビオスが再び食堂の前を通ると、既に誰もいなくなっていた。 何となく中に入って、椅子に座る。そのままぼーっとしていると、 「…なんだ、どうした?」 ジュリアンがやってきた。 「君こそ」 「俺は喉が渇いたんでな」 と言って、大きめのグラスにビールを注いで持ってきた。シンビオスの向かいに腰を下ろして、 「おまえも呑むか? あ、未成年だったな」 半分ぐらい、一気に呑む。 その姿は、確かに『男らしい』。シンビオスは、ますます腹が立った。 「…なんで睨むんだ?」 当然、心当たりがないから、ジュリアンは訊いた。 シンビオスは、これ以上ないというほどの仏頂面で、 「…みんなに『可愛い』って言われた」 「あん?」 「王子までそう言うんだ」 「……………」 「君は『男らし』くて王子は『素敵』だっていうのに、なんで私だけ『可愛い』なんだよ」 シンビオスの、八つ当たり的な文句に、ジュリアンは思わず笑ってしまった。 「…何が可笑しいんだ」 「いや、何がって…」 シンビオスが怖い顔をしても、いまいち怖くないのだ。それこそ『可愛い』からだろう。が、そんなことを言ったらどうなるか解らないので、ジュリアンは話を逸らすことにした。 「…他の奴らはともかく、王子を責めるのは酷じゃねえか?」 「どうしてさ」 「つまり、自分の恋人を可愛いと思わねえ奴はいない、ってことだ」 「……………」 ジュリアンの言葉に、シンビオスは目から鱗が落ちたような気分になった。言われてみれば、確かにそうだ。自分の恋人を『可愛い』と思えなければ、それは不幸でしかない。シンビオス自身、メディオンのことを可愛いと感じたことがある。年上に『可愛い』なんて失礼だから、すぐにその思いは打ち消したのであるが。 シンビオスはふと気になって、 「…じゃあ、君はやっぱり、ジェーンのことを『可愛い』と思ってるんだ?」 と訊いてみた。 「----あ?」 ジュリアンは、何ともいえない表情を浮かべた。 「…おまえには関係ねえだろ」 そのジュリアンの表情を見て、シンビオスはやっと怒りを完全に鎮めることができた。 「ああ、そうか」 「なんだよ?」 「恋人でもない年上の人を『可愛い』って思うこともあるから、私も、人から言われても気にしないようにしようって」 ジュリアンの顔が、険しくなった。 シンビオスは、痛む頭を撫でながら、メディオンの部屋に戻った。 「シンビオス!」 メディオンが駆け寄ってくる。 「頭が痛いの? 大丈夫かい?」 「あ、大丈夫です。すぐに治りますから」 さっき余計なことを言って、ジュリアンに強烈な拳骨を食らったのである。 「そう? 無理しないでね」 メディオンは、心配そうな顔でシンビオスを見つめた。 「----えーっと、さっきのことだけど…、何か君を怒らせてしまって…」 「あ、違うんです、王子」 シンビオスは慌てて言った。メディオンの腕を掴んで、 「ぼくが勝手に腹を立てただけなんです。ごめんなさい。王子は全然悪くないです」 「…じゃあ、もう怒ってない?」 「はい」 シンビオスが大きく頷くと、メディオンは安堵の笑みを見せた。シンビオスを腕の中に強くくるみ込んで、 「よかった。君に嫌われたらどうしようかと思ってたよ」 シンビオスも、しっかりメディオンに抱きついた。 「王子を嫌いになんて、なりません」 「本当に?」 「はい」 シンビオスはちょっと伸び上がって、メディオンを納得させる行為をした。彼の唇に、自分のそれを重ねたのだ。 メディオンは嬉しそうに、シンビオスをぎゅ、と抱きしめる。 彼はシンビオスより年上だし、いつもは冷静で、強くて、格好良くて素敵なのだけど、こういうところがやっぱり、 ----可愛いなあ… と、シンビオスは感じてしまう。 「…王子、ぼくのこと、どう思ってます?」 シンビオスは、改めて訊いてみた。 「好きだよ」 当たり前のように、メディオンは答える。 「ありがとうございます。----でも、そうじゃなくて…」 「うん。『可愛い』よ」 今度は全然腹が立たないのは、ジュリアンの言葉のお陰だろう。 ----他の誰かに言われるのは嫌だけど、王子なら許せるな。 シンビオスはもう一度メディオンにキスして、 「ぼくも、王子のこと『可愛い』と思いますよ」 と、悪戯っぽく囁いた。 |