メディオンはシンビオスと話すのが好きだった。 17という若さと生来の真面目な性格が相まって、シンビオスは『自分』を持っていた。それが鼻につかない程度のさり気なさで、言葉の端々に現れてくる。『自分』のない人と話すのは面白くないが、主張が強すぎるのも疲れる。シンビオスは丁度よい程度だった。ちゃんと人の意見にも耳を傾けるし、礼節もわきまえている。 それに、どんなに使い古された平凡な言葉さえ、シンビオスの愛らしい唇からこぼれると、メディオンの耳には心地よく響いた。----それはシンビオス自身のことを愛らしいと思っているからだ、と気付くのに、そう時間はかからなかった。 友人と思っている同性の相手から、友情以上の感情を告白されたらどうだろう、とメディオンは考えて、この想いをシンビオスに伝えないことにした。 優しいシンビオスのことだ。受け入れてくれないとしても、今まで通りに接してくれるには違いない。だが、本当に何もかも同じままだろうか。やはり少しは壁ができてしまうだろう。 少なくとも、今は友達として素敵な笑顔を見せてくれる。 ただ、シンビオスが他の誰にも同じ笑顔で話しているのを見るにつけ、我ながら勝手だとは思うが、やはり胸が痛むメディオンだった。 シンビオスにとって、メディオンは憧れの存在だ。 気品があって洗練されている。話題も豊富で話術も巧みだが、自分ばかりが話すことはなく、相手の言葉を上手に引き出してくれる。 加えて、背も高く容姿も整っていて、流れるような金の髪に優しくきらめく瞳、と、おおよそ女性が惹かれる要素を総て持っている。 それで同性からも嫌われないのは、育ちがよい分人柄もよいからだろう。 シンビオスはよくメディオンと話す機会があるのだが、間の抜けたことを言って彼を失望させないかと緊張し通し、おまけに彼の艶のある声と華やかな笑顔にドキドキしてしまって、話の内容はほとんど覚えていない。それでも、一言でも言葉を交わせた日は幸せだし、一度も話せなかった日は物足りない。気が付くと、シンビオスの目はメディオンの姿を捜していた。 ある日、マスキュリンがこんなことを言った。 「メディオン王子がわざわざ話しかけるのって、シンビオス様だけなんですよね」 彼女の説明によると、いつも一緒にいるキャンベルや妹のイザベラは別として、特別な用事があるとき以外は、メディオンが自ら話しかけるのはシンビオスだけだというのだ。しかも、シンビオスを見かけるなり、脇目もふらずに傍に歩み寄るらしい。 シンビオスは驚いた。メディオンとは食事をしたりお茶を飲んだり雑談をしたりするが、確かにいつも彼の方から誘ってくる。だが、自分にだけだなんて思ってもいなかったのだ。 「メディオン王子って、本当に真直ぐな気持ちで、シンビオス様のこと想っていらっしゃるんですね」 更にこんなことを言われて、シンビオスは今度は戸惑った。 「王子が私を? ----まさか」 「まさか、って、シンビオス様。もう告白済みなんじゃないんですか?」 シンビオスは首を横に振った。マスキュリンは目を丸くして、 「そうなんですか? だって、お二人でお喋りなさってる様子なんか見てると、絶対お互いのこと特別に想ってる、って判りますよ!」 「そ、そうなの?」 シンビオスはちょっと紅くなった。今までそんなことを意識していなかった。大体、メディオンとそういう話になったこともない。 「だって、メディオン王子は何も…」 シンビオスがそう呟くと、マスキュリンは息を吐いて、 「シンビオス様がニブいから、言い出せなかったんじゃないですか?」 と、ちょっとトゲのあることを言った。 「普通なら、毎回声をかけられたら、少しは意識したり期待したりするものですけどね。そうじゃなかったら…。そう、自分のことをなんとも思ってないのかな、なんて考えちゃうかも」 それはそうかもしれない。シンビオスは改めてよく考えてみた。----確かにメディオンのことを好きだと気付く。他の人に対するよりも特別な『好き』だ。 マスキュリンはシンビオスを悪戯っぽく見つめた。 「メディオン王子が言ってくださらないなら、シンビオス様の方から仰ればいいんですよ。何も言わずにいたら、何も始まりませんよ?」 「うん、そうだ。君の言う通りだね」 シンビオスは微笑んだ。 「ありがとう、マスキュリン」 マスキュリンは照れたような笑顔で、 「私にお礼を仰る間に、王子を迎えに行かれては? そろそろ遺跡から上がってくる時間でしょう?」 「そうだね」 シンビオスは食堂を出て、廊下を急いだ。 ----今日はぼくの方からお茶に誘おう。そうしたら王子はどう思うだろう? ぼくがこの想いを告げたら? なんて応えてくれるだろうか。 だけど、なんて自分はニブいんだろうか、とシンビオスは苦笑した。他人に指摘されるまで、自分の想いに気付かないなんて。 ----王子が呆れてなきゃいいけど。 今更もういいよ、なんて言われるのだけはありませんように、まだ間に合いますように、とシンビオスは半ば真剣に祈っていた。 |