年若く経験の少ない少年にとって、年上の恋人というのはなかなかに気を遣う。
 シンビオスにとってメディオンは憧れの存在であり、彼がシンビオスの恋人になってくれたこと----特に、自分に身を委ねてくれることがいまだに信じられない思いだった。
 ただ、どちらにしろ、シンビオスはメディオンに『抱かれる』立場だった。シンビオスの方が身を任せるときは勿論だが、逆の立場----シンビオスがメディオンを抱くときでさえ、リードしていくのはいつもメディオンであった。シンビオスにはそうするだけの余裕がないのだ。
 それについてシンビオスは、ちょっと不満を覚えていた。なんだか、いつもいつも自分ばかりが我を忘れて夢中になっている。対して、メディオンはどこか冷静な気がする。それが悔しい。せめてシンビオスに抱かれている間ぐらいは、もっと乱れてほしいのだ。
 シンビオスが下手だから、ではないと思う。メディオンもちゃんと「よかったよ」と言ってくれる。彼は人よりも冷静で理性的なので、あまり感情をあからさまに発露しないのだ。
 だからこそ、我を忘れさせてやりたい、とシンビオスは思っていた。きっともっと素敵で色っぽい姿だろう。

 シンビオスがその薬について知ったのは、本当に偶然からだった。
 新刊の小説の中に、その薬は登場した。
 お互い愛し合っているにも関わらず、純情で手も握ってこない恋人に業を煮やした主人公が、その気にさせる薬----催淫剤とか媚薬とか言われている薬----を調合するのである。
 材料はどこの家庭のキッチンにでもある食材で、調合の方法も分量も作中に詳しく描かれていた。しかも、この本の解説者もこの方法で媚薬を作り、いつも以上に恋人と盛り上がったと解説に書いていた。
 シンビオスは総てを信用するほど子供ではなかったが、可能性があるなら試してみようと考えた。体に害はないものだし(なにしろ普通の食材を使用しているのだ)、巧くいけば儲けものだ。
 シンビオスは、小説の主人公がしたように、薬をメディオンの紅茶にスプーン1杯混ぜた。紅茶の味はかなり変わってしまったはずだ。味見しようとして、----自分にまで効果が現れたらいつもと同じことだと気付いた。小説の主人公は不思議に思う恋人に、新しいフレーバーティだと誤魔化すのだ。シンビオスもそれで通すことにした。
 湯上がりの肌にバスローブを羽織っただけでベッドに腰掛けているメディオンに、シンビオスは就寝前の紅茶を持っていった。
「ありがとう」
 メディオンは微笑んで受け取る。奇妙な罪悪感がシンビオスの胸を覆ったが、別に悪いことをしているわけじゃないと、彼は自分に言い聞かせた。全然自分に気のない人を手に入れるためとかなら犯罪だろうが、愛し合っている人に対して使うのだから問題ないはずだ。第一、薬がなくたって愛を交わす予定である。
 メディオンは上品にカップに唇をつけた。
「----いつもの葉と違うね」
「え、ええ。新しいフレーバーティなんですよ」
 メディオンの隣に腰を降ろしながら、シンビオスは予定通り答えた。ついでに、
「お口に合いませんか?」
 と付け加える。
「いや。美味しいよ」
 メディオンは続けて飲んでいく。白い喉が動くのをシンビオスはぼんやりと見つめながら、自分はいつもと同じ味の紅茶を飲んだ。
 薬の効果はすぐにでも現れるはずだ。シンビオスはメディオンを観察していた。上品な色気を漂わせているが、これはいつものことだ。それ以上妖しげな感じにはならない。
「…シンビオス、どうかしたかい? 私の顔に何かついてる?」
 メディオンに訊かれて、秘密のあるシンビオスは焦った。
「あ、いえ、その----気分は如何ですか?」
 しまった、と思ったときには、言葉は口から出てしまっていた。
「ん? 別に何ともないけど…。どうして?」
 案の定、メディオンは訊き返してくる。
「あ、いえ。熱くなったりしてないかな、と…」
 薬の効果で体の中から熱くなったりするらしい。それを思い出して言ってしまったのだ。焦りすぎているシンビオスは、取り繕うつもりが失言してしまい、しかもそれに気付いていなかった。
 いつもと違う紅茶、こちらを窺うシンビオスの目線、異様な慌てぶり、そして奇妙な台詞。メディオンはぴんときた。
「シンビオス。紅茶に何か入れたね?」
「な、なんで判っ----」
 シンビオスは声を上げ、慌てて口を押さえた。これはもう白状したも同じだ。
「…シンビオス?」
 静かな口調が恐ろしい。シンビオスは身を縮めて、
「ご、ごめんなさい! で、でも、悪いものじゃないです!」
「そうじゃなきゃ困るねえ。----で、なんなんだい?」
「……………」
「シンビオス」
「…び、媚薬…です…」
 消え入りそうな声で、シンビオスは答えた。
 これはメディオンの予想外だったようだ。目を丸くして、
「媚薬? なんでまた、そんなものを」
「だって、王子はいつも冷静だから…」
 白状してしまって、シンビオスは開き直ったような気分になった。
「いつもぼくだけ夢中になってるのが悔しくて…。王子にも我を忘れさせてやりたいなって思って…」
 正直に動機を説明する。
「……………」
 メディオンは無言だった。ちら、とシンビオスが様子を窺うと、なんとも複雑な顔をしている。
「シンビオス、君ね…。愛しい君と愛し合っているときも私が冷静でいる、と本気で思っているのかい? それって、私の情愛が薄いと思ってるってこと?」
「え。…いえ、そうじゃないです! 王子はいつも理性的だから…」
 メディオンは溜息をついた。
「君が気付かないだけだよ。私は君にすっかり溺れてるけど、君はそれ以上に我を忘れているだけだ」
「そう! それが悔しいんです」
 シンビオスは勢い込んで言った。
「ぼくはもっと、メディオン王子の可愛い姿が見たいんです。----でも、あなたの前ではすぐに冷静さをなくしてしまう…」
 だからこそ、媚薬を使ってメディオンの理性を自分のよりも先に失わせようとしたのだ。でも効かなかった。
 シンビオスはメディオンの胸に甘えるように顔を寄せた。バスローブの前をはだけて、白い肌を唇で探る。
 空になったカップを、メディオンはベッドサイドのテーブルに置いた。
「しょうがないね、君ときたら」
 愛情を込めて囁き、シンビオスの頭を抱きしめる。
 二人はそのままベッドに倒れ込んだ。
 既に冷静さを失っているシンビオスの激しい愛撫に、メディオンも我を忘れて溺れていった。

「----ああ、また…」
 メディオンの胸に頬を預けて、シンビオスは呟いた。結局、今夜もメディオンにリードされてしまった。
 メディオンは無言でシンビオスの髪を撫でている。
 いつになったら、男らしくリードできるようになるのだろう。シンビオスは嘆息した。
 もし媚薬が効いていたら、とシンビオスは思った。確かに、メディオンの反応を楽しむことができたかもしれない。でも、後できっと虚しくなっただろう。そんなものに頼らなくても王子をリードできるようになりたい。
「…もう薬に頼ろうなんて思いませんから」
 シンビオスは決然と言った。
「そう?」
 メディオンは面白そうに応じる。
「私は別に構わないけど」
「…決心がぐらつくようなこと、言わないでくださいよ」
 シンビオスは口を尖らせた。
「----ね、王子。もう一回挑戦していいですか?」
「勿論」
 メディオンが妖しく微笑む。これでもう勝負はついたようなものだった。シンビオスは誘われてふらふらと、メディオンの唇に口付けていった。


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