そっと部屋に入ってきたシンビオスを、コムラードは柔らかな微笑で迎えた。
「父上、起きていらしたのですか?」
 シンビオスは、横たわる父の傍らに歩み寄り、ベッドサイドの椅子に腰掛けた。
 長い秋の夜はまだ明けきっていない。カーテンをすでに開け放った窓の外には、薄明の空が広がっている。健康なときならまだしも、病床のコムラードがこんなに早く起きているのは珍しいことだった。
「まだ私が眠っていたら、どうするつもりだったのだ? シンビオス」
「…黙って出発するつもりでした」
「そうだろうと思って、起きていた」
 愉快そうに微笑んでみせるコムラードに、シンビオスは少し困ったような、それでいて嬉しそうな顔で応じた。
 コムラードはふと真顔になって、
「おまえに一つ、言っておきたいことがあったのだ」
 と言った。
「はい。なんでしょう、父上」
 シンビオスも表情を引き締める。
「今回の会議…、『コムラードの代理』としてではなく、お前自身が出席するのだよ。たとえ何が起こっても、お前が決断し進んでいかねばならない」
 シンビオスは真直ぐに父親を見つめた。
「決して、自分に恥じるようなまねはいたしません。貴男の名を辱めるようなことも」
 コムラードは頷いた。
「それでいい。----気を付けて、行っておいで」
「はい。行って参ります、父上」
 シンビオスは立ち上がると、一礼した。
 部屋を出ていくシンビオスの背中を、コムラードは見た。まだ幼いと思っていた息子はいつの間にか、自分のすべきことを知り、責任を果たせる大人になっていたようだ。
「…おまえに神の御加護を、シンビオス」
 コムラードの呟きに、シンビオスは軽く頭を下げてドアを閉めた。
 ほんの少し話しただけなのに、コムラードは疲れを感じた。しかしそれはあくまでも肉体的なものであって、精神の方は満足していた。
 ----この会議で、シンビオスはまたひと回り成長して戻ってくるだろう。それを見届けるくらいの時間は残されているはずだ。
 コムラードは深々と息を吐くと、目を閉じた。久しぶりにいい夢を見られそうな気がした。


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