最近、春めいてやがる。
 気候のことじゃない。北の地はもう冬だ。
 俺が言いたいのは、遠征軍の中が妙に色めき立ってる、ってことだ。
 長い戦いを乗り越えて来て連帯感が生まれたのは解る。それがまあ、恋愛感情に変わることもあるだろう。
 プロフォンド将軍の存在もでかい。なにせ、恋人が自分の子供と共に帰りを待ってるってんだから、張り切るのも当然だ。尤も、スピリテッド将軍の前では浮かれないぐらいの分別はまだ残ってるらしい。…そりゃそうだ。俺だってそんな危険なこと、恐くてできねえ。
 とにかく、彼の明るい雰囲気が全員を刺激してる。
 加えて、各軍の指揮官が揃って恋愛中だ。
 俺のことは置いといて、他の二人----メディオン王子とシンビオスのことだ。
 あの二人、妙に怪しい。
 本人達は隠してるつもりらしいが、周りから見たら一目瞭然。それだけ、あの二人の間に漂う空気が甘い。
 それに、ダンタレスの、王子を見る目ときたら。今に目からビームが出て、王子を焼き殺すんじゃなかろうか。
 厄介ごとが起こる前に、さっさとブルザム倒して撤収するか。
 とか思ってたら、早速起こりやがった。
 朝、ダンタレスが俺の所にやって来た。今までにない仏頂面をしてる。
「どうしたんだよ? 朝から辛気くさい顔して」
 俺は一応訊ねてみた。
「シンビオス様のことだ」
 ダンタレスは面白くも無さそうな声で言った。やっぱりか。俺は先を促した。
「ゆうべ、11時頃にシンビオス様の部屋に行ったら…」
「…ちょっと待て。なんでそんな時間に行ったんだ?」
「…至急お耳に入れたいことがあったのだ」
 寝てるかもしれない主を起こしてまで、伝えなきゃいけないことが起きたのか? ----絶対嘘だ。
 と俺は思ったが、突っ込まないでおいた。ここでこいつと喧嘩しても仕方ねえ。
「…それで?」
「シンビオス様はいらっしゃらなかった」
「寝てたんじゃねえのか?」
「いや。返事がないので、無礼を承知で中に入ったんだ。もぬけの殻だった」
「ふうん。…で?」
「朝6時に起こしに行ったら、ちゃんと寝てらした」
 つまり、シンビオスは寝る前に誰かの部屋に行ってて、律儀にも自分の部屋に戻って寝たわけだ。問題は誰の部屋にいて何をしてたのかってことで、ダンタレスが気にしているのもそこだ。
「で? 夜にシンビオスの部屋を覗いた後、王子の部屋に行ってみたのか?」
 回りくどいのは好きじゃねえから、俺は単刀直入に訊いた。
 ダンタレスは目を見開いた。
「い、いや。…失礼かと思って、行かなかった」
 相手は帝国王子だし、とつけ加える。
「じゃあ、シンビオスには確認したのか? ゆうべどこに行ってたかって」
「いや…、そんなこと訊けるか? ジュリアン。訊けないだろう?」
「あぁ? そうか? 俺は訊けるぜ」
 答えてから、しまった、と思ったが遅かった。ダンタレスは身を乗り出して、
「そうか! じゃあ、訊いてみてくれ!」
「なんで俺が」
「訊ける、と言ったじゃないか。それに、総大将なら総べてを把握しておくべきだと思わんか?」
「思わねえ」
 と俺は答えたが、気になるのも事実だ。
「しょうがねえな。…但し、お前の意に沿わない結果になっても、俺に当たるんじゃねえぞ」
「勿論だとも!」
 ダンタレスは力強く頷いたが、俺は信用しなかった。頭に血が上ったら何をするか判らない男だ。
 とにかく、ダンタレスをその場に残して、俺はまずシンビオスを捜した。
 普通ならまず部屋や本陣、食堂に行くところだが、俺は別の場所に足を向けた。今、メディオン軍が遺跡に潜っているのだ。
 ----いたいた。
 賢者の遺跡に続くドアがある大聖堂。シンビオスはそこでキィーパ殿と話している。
「…シンビオス、ちょっといいか?」
 俺が段の下から声をかけると、シンビオスは頷いて、降りて来た。俺は彼を促して、賢者の遺跡のある中庭へと出た。
「お前、ゆうべ11時頃どこに行ってた? 部屋にいなかっただろう」
 俺は早速質問した。
「え? ジュリアン、来たの?」
 シンビオスが訊き返してくる。俺は取り敢えず頷いておいた。ダンタレスが、と言ったら、主従関係にヒビが入りかねない。
「まあ、大した用じゃなかったんだけどな。----それより、王子の所に行ってたのか?」
 シンビオスは真っ赤になった。
「え…、いや、それは…」
 バレバレなんだよ。
「やっぱりな。そんなことじゃないかと思ってたんだ」
 俺は理解ある友人、って感じで言った。
「まあ、戦闘に支障のないように気を付けてくれれば、お前らが何をしようと構わないぜ、俺は」
「べ、別に何もしてないよ!」
 シンビオスは慌てた様子で釈明してきた。信じられるか、そんなの。
「何もしてないって、なんだよ? 夜、一緒にいたんだろ?」
「話してただけだよ。…この戦いが終わるまでは、ってことにしたんだから」
 …マジかよ。凄まじい精神力だ。俺なら速攻押し倒すぞ。やっぱり、ロイヤルな奴らの考えは理解できねえ。
「そうか」
 とだけ、俺は言った。他に言い様があるか?
 そのまま王子を待つつもりのシンビオスは放っておいて、俺はダンタレスに報告しようと部屋に戻った。
 しかし、なんて言ったらいい?
 正直に告げて、ダンタレスのやる気が削がれたら、それこそ戦いに支障が出ちまう。
 戻ってみると、ダンタレスは狭い部屋の中をうろうろと歩き回っていた。蹄が減るぞ。
「----ジュリアン、戻ったか! シンビオス様はなんて仰ってた?」
「…ああ、あのな」
 俺は心を決めた。
「ゆうべは確かに王子の部屋にいたそうだが、何もなかったってさ。お前が信じられるかどうかは別だが」
「いや。信じるとも」
 悲痛な顔でダンタレスは呟いた。健気な奴だ。俺は彼の肩を叩いて、
「だが、それも時間の問題だ。ここじゃ、お前の目も届きづらいだろうからな」
「そうか…。じゃあ、早いところブルザムを倒して帰国した方が安全だな」
「そういうことだ」
「よし、やるぞ! ----ジュリアン、感謝する」
「いや、気にするな」
 俺は本心から言った。ちょっと胸が痛んだが、こればっかりは仕方ねえ。
 ラブラブな二人を邪魔するのは気が引けるし、何より俺だって、早くジェーンを助け出してやりたいからな。


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