朝食を平らげた後、龍一は仕事に出掛けた。美亜は家中を掃除しまくり、デイヴィ達は取り敢えず近くの公園に避難した。緑の芝生に腰を下ろして、爽やかな風を楽しむ。
「いい天気ねー」
 一緒に付いてきた龍美が、空を見上げて眩そうに目を細くした。
「仕事は?」
 晶が訊く。
「今日の仕事は、皇帝の肖像画を探すことなの」
「肖像画ぐらい、新聞社なら置いてないの?」
 玲人が不思議そうに言った。
「だって、皇帝って殆ど人前に出てこなかったじゃない。インタビューの時も書面だったしね。アベル将軍やクリス将軍のなら、何枚かあるんだけど」
 龍美は肩を竦めた。
 デイヴィはごろんと寝っ転がって、
「そういえば、俺もあの時初めて見たな。あんなに若くて線の細い奴だとは思わなかったぜ。もっと年取った奴だと思ってた」
「そうそう。ぼくも、いい歳した狸親父かと思ってたんだけどね。ーーーー龍美、スケッチブック貸して」
 龍美は持っていたスケッチブックと、鉛筆と消しゴムも一緒に晶に渡した。
「皇帝は冷たい感じだったな。一目見てすぐ判った。たとえば、100人の見知らぬ人達の中にいても、彼が皇帝だってすぐ判るよ。カリスマ性っていうか、全体のムードとか。巧く説明できないけど」
 晶は話しながら手を動かしていった。
「ーーーーこんな感じ」
 スケッチブックをこちらに向ける。鉛筆一本で描かれた肖像は、そうとは思えないほど緻密な線まで描き込まれ、皇帝は絵の中で生きているように見えた。
「晶は絵も巧いんだな」
 デイヴィはつくづく感心した様子で言った。
「へえ、こんな人だったんだ」
 龍美はまじまじと見つめて、
「ね、色も塗ってよ。60色の色鉛筆があるから」
「そんなにいらないよ」
 晶はのんびり言って、丁寧に色づけた。白い肌、金色の髪と瞳、薄紅の唇、黒い服。
「4色で足りたね。つくづく、淡白な人だったんだなあ」
 玲人が呟いた。
「ついでにお願い、晶さん! 全身も描いて」
「いいよ」
 晶の手が再び動き、皇帝の華奢な姿を紙上に浮かび上がらせた。
「ありがとう! これで夕刊は決まりね!」
 晶から返されたスケッチブックを、龍美は胸に抱きしめて立ち上がった。
「なんだ、もう行くのか?」
 デイヴィが声を掛ける。
「だって、こんな大事件のときなのにあんまりのんびりしてたら、編集長に怒られちゃうもの。ーーーーじゃあ、晶さん、本当にありがとう」
「行ってらっしゃい。頑張って」
 晶が優しく励ます。龍美は頷いて元気に駆けだしていった。
 
 一旦家まで戻った龍美は、玄関を開けて中に声をかけた。
「ママ! 仕事行ってくるから!」
「はいはい。気を付けてね!」
 中から母親の声が聞こえてくる。
「行ってきます!」
 もう一度大声で言って、龍美は裏の厩に行った。新聞社は首都に本社がある他、マークリーベとヒークベルトに支社があって、各支社間は至急便でニューズをやりとりしている。
 龍美はもっぱら、自宅から馬の早足で10分程の所にあるマークリーベ支社にいるのだが、たまに他の2社にも出向く。オクトラパトス事件の時には、たまたま港町ヒークベルトの支社にいたのだ。
「ラティ、今日も宜しくね」
 小柄な斑馬の頸を摩って、龍美は優しく言った。馬は応えるように龍美の顔にその長い顔を擦り寄せる。龍美はラティを引いて歩きだした。
 玄関から門を出ると、同じように馬に乗った青年が向かってくるところだった。もっとも、向こうの馬は血筋の良さそうな、栗毛のスマートな馬だったが。
「こんにちは!」
 龍美はいつもの明るい調子で、その人に声をかけた。大抵の人間は、その可愛い笑顔につられてにこやかに返事をする。
「こんにちは」
 彼も例外ではなかったが、龍美につられただけではなく、彼自身の育ちの良さがそうさせたような、親しみやすいものが声にこもっていた。龍美が声をかけてこなくても、彼の方からそうしたかもしれない。
 青年は馬から降りて、
「こちらにデイヴィがいると伺ったんですが」
 不思議に優しい青紫の瞳で龍美を見つめた。
「あ、ジョイルラード王子ですね」
 龍美はちょっと緊張した。普段なら王族だろうと皇帝だろうと仕事柄物おじしないのだが、今回は違っていた。ジョイルがハンサムで品がよく、早い話、龍美の理想のタイプだったからだ。
「デイヴィなら、ここをちょっと行った所の公園で寝てますよ」
「そうですか。ありがとう」
 ジョイルは丁寧に頭を下げた。顔には優しい笑みが浮かんでいる。
「どういたしまして」
 龍美も頬を染めて微笑んで、
「ーーーーじゃあ、失礼します」
 身軽に馬に乗って駆け去る。そんな彼女を、ジョイルは見えなくなるまで見送っていたが、
「…あ、しまった。名前も訊かなかったな」
 と、無念そうに呟いた。

 ジョイルは馬から降りて、3人の方に歩いていった。その姿を認めて、デイヴィが手を上げる。
「よお、ジョイル」
「やあ。よくやったな」
「よせよ。照れるだろ」
「柄でもないこと言うなよ」
 ジョイルは笑って芝生に腰を下ろした。
「ーーーーしかし、よく生きて帰れたな」
「実は、死にかけたんだ。アベル将軍に斬られてな」
 デイヴィは、もう傷一つ残っていない腹に手を当てて、
「龍美に回復魔法をかけてもらって、なんとか助かったってわけさ」
「龍美?」
 ジョイルが不審な顔をした。
「ぼくのいとこだよ。途中で会わなかった?」
 晶の説明に、
「ああ! あの可愛い娘か。小柄で眼の大きい」
 ジョイルはやっと納得して頷いた。
「そうそう」
「そうか、龍美っていうのか」
 ジョイルは小声で呟いた。
「で、ジョイル、なんでここに来たんだ?」
 デイヴィが質問する。
「視察だよ。帝国が滅んだっていうんで、実際どういう状態になったのか、この目で確かめようと思ってな」
 ジョイルは言葉を切って、デイヴィ達3人を見回した。
「それに、世界を救った勇者達の様子も見たかったし」
「だから、やめろってば」
 デイヴィが苦笑した。
「まあ、元気そうで安心したよ。ーーーーで、これからどうするんだ?」
「一度国にーーーーサヴィナに戻ろうかと思ってるんだ」
 晶はちらっと玲人を見て、
「どうしても連れて戻らなきゃいけない奴がいるし」
「子供じゃあるまいし、独りで帰れるよ」
 玲人が素っ気なく応じる。
「駄目。おまえのことだから、独りじゃ絶対帰らないでどっかに行っちゃうだろ。素直じゃないんだから」
「うるさいな」
 玲人は口を尖らせた。
 このやり取りが理解できないジョイルは、なんのことやら、という顔をしたが、
「とにかく、ファルーヤにも戻ってこい。みんな待ってるからな」
 気を取り直して、デイヴィに言った。
「勿論だ。でも、ヒーロー扱いはごめんだぜ。俺はのんびりしたいんだ」
 デイヴィの年寄りじみた言葉を、ジョイルは呆れたように笑って、
「そんなこと言うだけ駄目だ。それどころか、世界のどこに行っても歓迎の嵐だろうな」
「あー、もう、やってらんねえな!」
 デイヴィは本当にうんざりした口調でぼやく。大体、何度も言うが、彼自身は自分がヒーローだとは微塵も思っていない。世界を救うなんて崇高な意志ではなく、ただ、『自分が気に入らなかったから』、そして何より『晶が帝国に対して怒っていたから』帝国と喧嘩しただけだ。
「大体、今回勝ったのだって、たまたまついてただけだ。アベル将軍の踏み込みがもう一歩でも深けりゃ、俺の身体は真っ二つだったぜ」
「ああ。新聞で読んで肝を冷やしたよ」
 思い出したのか、ジョイルは顔を顰めた。
「凄い記事だった。読んでると、頭の中に映像が浮かんでくるんだ。あんな記事は初めてだった。ここには優秀な記者がいるんだな」
「それ、龍美が書いたんだ」
 晶が、得意そうな口調で言った。龍美が頑張っているのは知っているし、身内なので、やはり誉められると我がことのように嬉しい。
「え? ーーーー龍美って、さっきの子のことだよな?」
 ジョイルは目を見開いた。
「一体、幾つだ? あの子。若く見えたけど、実は結構いってるとか?」
「16だよ」
 晶が楽しそうに笑いながら答える。
「16!」
 ジョイルはオウムみたいに繰り返して、
「ーーーーまだ若いのに、大した才能だな」
 すっかり感心しきっている。
「その記事にも書いてあったろ。俺の主張が」
 デイヴィは言った。龍美に頼んで、とにかく自分達は正義の味方じゃない、という主張を組み込んでもらったのだ。
「ああ、あれな」
 ジョイルは品良く苦笑して、
「却って逆効果だったぞ」
「逆効果? ってなんだよ?」
「おまえ達のことをよく知らない人達は、あれを謙遜だと思ってるようだ。ーーーー曰く、『綺麗で強くて、その上謙虚だなんて素敵』だそうだ」
 ジョイルは楽しげに3人を眺めた。
「しかも、老若男女問わず、な」
 3人は顔を見合わせた。
「謙遜じゃなくて、本心なんだけど」
 晶が茫洋と反論する。
「私に言われてもな。ーーーーまあ、甘んじて受け止めることだ」
「他人事だと思って、適当なこと言うな」
 デイヴィが苦笑しつつ、ジョイルを睨み付けた。
 そこに、美亜がやって来た。
「ねえ、昼食ができたわよ」
 と声をかけてきて、ジョイルに気付く。
「ーーーーあら、あなた、ジョイル王子ね」
「あ、はい。突然お邪魔して、申し訳ありません」
 ジョイルは立ち上がって、彼らしく礼儀正しい会釈をした。
「いえ、とんでもない。宜しければ、昼食をいかが?」
 美亜は温かい笑顔で、
「大した料理でもないけど」
「喜んで御馳走になります」
 ジョイルも微笑みながら頷いた。

 家に上がると、ジョイルは改めて挨拶した。
「デイヴィがお世話になったうえ、私までお邪魔して申し訳ありません。これは父から、こちらはデイヴィの家族からです」
 大量のお土産を美亜に差し出す。
「あら。却って気を遣わせて申し訳ないわね。どうもありがとうございます」
 美亜も丁寧に受け取った。
 それから、皆で昼食を頂きながら談笑する。
「ーーーーそういえば、帝国城はどんな具合になったんだ?」
「すっかり焼け落ちたよ。ーーーー見に行くか?」
 と、いうわけで、美味しい昼食で腹も一杯になったデイヴィ、晶、玲人、ジョイルの4人は、帝国城の焼け跡を見に行くことにした。美亜から幌のない4人乗りの馬車を借りて、4人で乗り込む。今回の御者も玲人だ。隣に晶が座る。後ろの席では、デイヴィとジョイルがファルーヤの小さな出来事を熱心に話し込んでいた。
「ほんと、いい天気だね」
 晶は眠たげな声で言った。しょっちゅう眠気を催してまるで猫みたいだが、お腹一杯で、かつ、ぽかぽか陽気とくれば、試験中の学生だって眠ってしまう。心地よい揺れが加われば完璧だ。
 しかし、玲人の関心は他にあるようで、
「ーーーー晶」
 妙に真剣な口調で呼びかけてくる。
「ん、なに?」
 晶はいつも通りのんびりと答えた。
「…姫は、本当に僕を待っててくれてるのかな」
 玲人の声は殆ど呟きに近い。
「当たり前だろ」
 晶は穏やかに微笑んで、
「姫はおまえが好きなんだから」
「まさか。姫が好きなのは晶だよ」
 苦々しく言う玲人の顔を、晶は覗き込んだ。
「起きたまま寝言を言う癖が治ってないようだね? 姫が玲人を好きなのは、見てれば判るよ、誰だって」
「まさか」
 玲人は繰り返した。
「ひねくれてるね、相変わらず。まあ、ぼくの言うことが信じられないなら、姫に直接訊けばいい」
 晶は大きく欠伸をして、
「ーーーー着いたら起こして」
 玲人の肩に頭を凭れて、忽ち寝入ってしまう。その呑気な寝顔を見て、玲人はため息まじりに、
「それができれば苦労しないよ」
 と呟いた。
 
 帝国城焼け跡は観光地と化していた。アリステア帝国の名も《ガーディアンエンジェルス》の名も超有名ブランドのようなものだから、一目見ようと世界中から人々が集まったのも無理のないことだった。
 4人は少し離れた所に馬車を止めた。道の脇の木陰だから、まずは目につかない。
「ここで出てったら、無事じゃ済まねえな」
 デイヴィがうんざりと言った。
「帝国兵より怖い気がする」
 晶が同意する。
「このままこっそり帰ろうか?」
 玲人が提案した。
「私は関係ないな。ーーーー先に帰っててもいいぞ」
 ジョイルはさっさと馬車を降りた。
「おい…」
 デイヴィが呼び止める間もなく、ジョイルは駆けて行ってしまった。
「あいつ、あんなに野次馬精神旺盛な奴だったっけ?」
 デイヴィが首を傾げる。
「あ、龍美だ」
 正面から焼け跡をスケッチしている龍美に、晶が気付いた。ついでに、ジョイルが一直線に彼女の方に向かうのにも。
 ジョイルが声を掛け、龍美が振り向いた。一瞬びっくりしたようだったが、すぐに談笑しはじめる。
「ジョイルの奴、龍美がいるのに気付いてたんだな」
 デイヴィが苦笑した。
「じゃあ、馬に蹴られない内に帰ろうか」
 晶がのんびり笑った。
「なんだ、そりゃ」
「サヴィナの諺。『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ』ってね」
「…恋路、か、やっぱり。そうだよな」
 デイヴィはしみじみと呟いた。
「まあ、龍美なら安心だ。いい娘だもんな」
 旧知の友人のように話し合っているジョイルと龍美を残して、3人は今来た道を戻っていった。
 
 夕方になって、夕刊が届けられた。
 晶の描いた皇帝の絵と、新聞社の画家が描いていたアベルとクリスの絵、それに、龍美が描いた焼け跡の絵が載っていた。どの絵も名人級だ。
「あら、皇帝って、こんな顔してたのねえ」
 紅茶を運んできてくれた美亜が覗き込んで、
「もっと年寄りかと思ってたのに。ーーーーあ、もうすぐ晩御飯だからね」
「あ、手伝いましょう」
 晶が立ち上がる。
「いいのよ。座ってて」
「いえ。料理人の息子ですから」
「そうか…。そうだったわね」
 美亜は懐かしそうに笑って、
「じゃ、お願いしようかしら」
「はい」
 晶は明るく頷いて、美亜とキッチンに行った。
 ーーーー料理人の息子…。
 ファルーヤでそのことは聴いていたから、デイヴィも知っている。彼の心に引っかかっているのは、『晶から聴かされなければ、そんなことも知らない』ということだった。長い間一緒にいるような気がしていたが、実際は知り合ってから半年も経っていないのだ。
 デイヴィはちょっとだけブルーな気分になった。今まで気にも留めていなかったことがこんなにも心にかかるのは、自分よりも晶のことを知っている人物がいるからだった。
 しかも、そいつーーーー玲人は晶に対して妙な感情を持ってるらしい。晶も、幼なじみということで玲人を特別に思っているだろう。我ながらガキみたいだと思いつつ、デイヴィは面白くなかった。
「ーーーーもうできるけど。…龍美とジョイルはまだ?」
 晶が顔を出した。
「時の経つのも忘れてるんじゃないの」
 玲人が笑って言った時、
「ただいま!」
 当の龍美が帰ってきた。勿論ジョイルも一緒だ。
「あ、お帰り。丁度夕飯ができたとこ」
「ほんと? もう、お腹空いちゃって」
 龍美は屈託なく笑って、ダイニングに行った。玲人も続く。
「ーーーーどうだった?」
 デイヴィがさり気ない調子でジョイルに尋ねた。
「どうって? 焼け跡なら、そこに載ってるだろう」
 ジョイルはテーブルの新聞を指した。
「わざとボケてんのか? 龍美のことだよ」
 デイヴィはジョイルの脇腹を肘で小突く。
 ジョイルは頷いて、
「可愛い人だな」
「それだけか?」
「いや。明るいし、優しいし、素晴らしい女性だ」
「そうだな」
「結婚したいと思ってる」
「…なんだって?」
 デイヴィはさすがに驚いてジョイルを見た。しかし、ジョイルは真剣な表情だった。
 勿論、ジョイルは冗談でそんなことを言う人間ではない。それはデイヴィにもよく解っていた。しかし…。
「…ちょっと早すぎるんじゃねえか?」
 デイヴィはようよう言った。
「歳だって、かなり離れてるし…」
「それを言うなら、おまえと晶だってそうだろう。年齢差は変わらないぞ」
 ジョイルは冷静に言った。確かに、デイヴィ27歳、晶20歳。その差7歳だ。ジョイルが23歳で龍美が16歳だから、こちらも7歳差である。
「…ああ、そうか」
 デイヴィは納得しかけたが、
「いやいや、龍美は未成年だぜ」
「解ってる。だから勿論、今すぐってわけじゃないさ。ちゃんと待つつもりだ」
 ジョイルはからかうような目つきでデイヴィを見て、
「私はおまえ程、節操なしじゃないからな」
「待て。いくら俺だって、未成年には手を出さねえよ」
 デイヴィは顔を顰めて反論した。
「ああ、勿論知ってる。からかっただけだ」
「おまえなあ…」
「とにかく、結婚するなら彼女しか考えられない。そう感じたんだ」
 ジョイルの真剣な顔に、デイヴィは彼の『本気』を感じた。ジョイルは真面目で誠実な男だ。彼の言葉は常に真実だった。その彼が、結婚したいくらいに誰かを好きになったというのなら、幼なじみとして素直に喜ばしいことだ。それに何より、その相手である龍美が良い娘だと、デイヴィも知っている。
「そうか。まあ、良かったな」
 デイヴィは優しく微笑んだ。
「ありがとう」
 ジョイルは軽く頭を下げた。
「ーーーーで? 龍美にはもう伝えたのか?」
「出会ったばかりで、いきなり告白したら警戒されるかも知れないから、取り敢えず、文通を申し込んだ」
「文通ねえ」
 実にジョイルらしい。もし自分がジョイルと同い年の時に晶と逢ったとして、そんな悠長なことをしてるだろうか、とデイヴィは思った。ーーーー恐らく、キスぐらいはするだろうな。
「ーーーーデイヴィ、ジョイル、どうしたの?」
 晶の声がする。2人はダイニングに行った。

 すっかり寝る準備のできたデイヴィは、バスローブ姿でベッドに転がっていた。色々と考えることがあった。たとえばジョイルと龍美のこと。たとえばーーーー晶と玲人のこと。
 バスルームのドアが開いて、当の晶が頭を拭きつつ出てきた。ベッドに腰掛けて、デイヴィの顔を覗き込む。
「真面目な顔」
 晶がデイヴィの頬を軽くつねる。デイヴィはその手を取ってキスした。
「考え事してたんだ」
「ぼくも考えてた。龍美とジョイルのこと。いいカップルだよね」
「そうだな」
「あと、国にーーーーサヴィナに帰ったら、もう1つナイスカップルができるよ」
「んー? 誰のことだ?」
 晶はのんびり微笑んで、
「玲人とアイリン姫」
 デイヴィは思わず起き上がった。
「なに? そんなに驚かなくても」
 晶の方が、そのリアクションに驚いたらしい。
「…だって、おまえーーーー」
 昼間、帝国城まで行く間、デイヴィはジョイルと話し込んでいたから、晶と玲人の会話を聞いていなくてーーーー目をやった時には晶は玲人に寄り掛かって寝ていて、デイヴィはちょっとむっとしたのだがーーーー知らなかったのだ。しかし、帝国城の前で晶が姫の名を出した時のあの玲人の様子を、デイヴィは思い出した。
「ーーーーそうか」
「そう。納得した?」
 晶が楽しそうに笑う。デイヴィは頷いて、
「しかし、なら、なんで姫のいるサヴィナを、玲人は出ていったんだろうな」
 晶もいるのに、と心の中で付け足す。
「さあ」
 晶は首を傾げた。子猫のように可愛い。
「まあ、どうでもいいか」
 玲人がサヴィナの姫を好きだと知ったので、デイヴィは少し安心した。それに、晶を見ていると、他のことなどどうでもよくなってしまう。
 デイヴィは晶を抱き寄せた。よくよく考えたら、晶の父が料理人だったとか、晶は絵が巧いだとか、そういう表面的なことは誰にでもすぐ知れることだ。しかし、デイヴィは、彼しか知らない晶を知っている。
「そうだよな」
 デイヴィは呟いた。
「なに?」
 晶が顔を上げる。その開きかけた紅い唇を、デイヴィは美しい唇で優しく覆った。

 翌朝、デイヴィ達は出発することにした。
「お世話になりました、叔母さん。叔父さんに宜しく」
 晶が頭を下げる。
「巡業から戻ったら伝えておくわ」
 美亜は頷いて、
「でも、残念ね。もう行っちゃうなんて。またいらっしゃいね」
「ええ」
 晶は馬車に乗り込んだ。
「気を付けてね、龍美」
 手綱を握る娘に、美亜は声を掛けた。龍美は港町ヒークベルトまで彼らを送ってくれるのだ。ついでに現地で取材する予定である。
「大丈夫よ。ーーーーじゃ、行くわ」
 馬が駆けだす。お互いずっと手を振り合っていた。
 
 まず、ファルーヤ行きの船が停泊していた。
「じゃあな。ーーーー絶対帰ってこいよ」
 ジョイルが念を押す。デイヴィは苦笑いして、
「解ったってば」
 と応えた。
「お元気で」
 龍美が少し寂しそうに言う。
「龍美さん」
 ジョイルはその手を優しく取って、
「あなたも、必ず来てください。国中を上げて歓迎します」
 龍美は紅くなって頷いた。
「じゃあ、また」
 ジョイルは手を振って、軽やかにタラップを登っていった。
「ーーーーあいつ、意外と行動が早いな」
 デイヴィは周りに聞こえない小声で独り言を言った。
 ファルーヤ行きが出航すると、ちょっと小さめのサヴィナ行きの船が入港してきた。
「みんな元気でね」
「龍美も。また遊びにおいで」
「うん」
 3人は船に乗り込んだ。龍美が手を振る。船は汽笛を鳴らして、青い大海原へと進んでいった。
 
 サヴィナ行きといっても、サヴィナには港がないので、同じ大陸の港町ランシュークに船は停まる。そこから山越えして1日でサヴィナに着く。
 風もなく穏やかに晴れていた。モンスターは出たものの船員達で倒せるレヴェルの奴らで、デイヴィ達の出番はなかった。船は無事に航海を終えた。ヒークベルトを出てから2日目の夜である。
 港に着くと、晶と玲人は海賊退治をしていたことがあるので、海上警備隊は勿論、地元の船員達とは顔見知りである。皆が気さくに声をかけてくる。
「お、晶に玲人じゃないか」
「おい。素通りしてく気か?」
「ちょっと寄ってけよ! どうせ、朝になんなきゃ山登りできないんだから」
「おまえ達が使ってた部屋、ちゃんと、誰も入れずに空けてあるんだぜ!」
 たちまち囲まれて、3人は海上警備隊の事務所に連れ込まれた。
 晶と玲人が彼らと行動を共にしていた当時、海賊と見れば善悪問わず捕らえていた2人を窘める隊員もいた。しかしそれは、まだ子供である彼らのことを心配してのことで、皆2人のことを、父のような兄のような気持ちで可愛がってくれていた。そして、それは今も変わっていない。
 3人は、広い食堂に案内された。
「ーーーーま、飲め飲め。…といっても、晶は下戸だったな」
 デイヴィと玲人の前に酒が(飲酒は18歳から許可されている)、晶の前にはアイスティが置かれた。3人は礼を言って、グラスを持ち上げる。
 パトロールに出ている以外の警備隊員全員が、食堂に集まっていた。皆グラスを手にしている。
 警備隊の隊長が立ち上がって、
「ーーーーいやいや、では、親愛なる《ポセイドンの遣い》と《黒髪の天使》の、この度の活躍を湛えて」
 乾杯の口上を述べた。
「乾杯!」
「かんぱーい!!」
 あちこちでグラスが鳴った。警備隊員は、皆嬉しそうに酒を呑んでいる。3人のことは、半分は呑むための口実らしい。
 大皿に山盛りになった料理も次々と運ばれてきた。それを皆で取り分けながら、
「ーーーーそれにしても、おまえら、ホントよくやったよなあ」
「最初に見たときから、徒者じゃないと思ってたけどな」
「ああ、あの《鮫の牙》事件な。あれ、一生忘れないぜ」
 隊員達は次々言った。
「《鮫の牙》事件? なんだ、それは?」
 デイヴィが訊いた。
「なんだ、晶から聴いてないのか?」
 隊員は訝しげな顔でデイヴィを見、それから晶を見た。
 晶はのんびり首を振って、
「そんな、わざわざ話すようなことじゃないし」
「いやいや、話すことだよ、あれは」
「そんな、謙遜するなって」
「ま、そんなとこも晶らしいけどな」
 晶と玲人が話さないなら自分達が話す、というわけで、隊員達は『《鮫の牙》事件』のことを語り出した。晶と玲人が海上警備隊に参加するきっかけを作った事件だった。
 
 サヴィナから山を降って、晶と玲人はやっとランシュークに到着した。まだあどけない顔つきも当然、晶はもうすぐ15歳、玲人は14歳になったばかり、だった。
「大きい町だね。活気がある」
 晶はのんびりと辺りを見回した。
「確かに活気はあるけど、なんだか妙な雰囲気じゃない?」
 玲人は囁くような小声で、
「どことなく荒んだような…」
「それは海賊のせいだよ。この辺は特に、海賊達が大きな顔でのさばってる」
 晶はちょっと笑って、玲人を見た。
「だからここに来たんじゃないか」
「そうだったね」
 玲人も笑った。
 当時の海には、モンスターと海賊共が跳梁跋扈しており、世界各国がその対策に追われていた。特にこの海域は、進路を妨げる島などが無く広々としているうえ、海流も巧く流れているので、船が立ち寄りやすい。ランシュークはいわば『中継所』として好条件を備えている。
 故に、モンスターにとっては絶好の餌場であるし、海賊にとっては絶好の狩り場だった。
 ランシュークには海上警備隊があるものの、モンスターと、増えつつある海賊の両方を警戒するには、まだまだ隊員数が少なすぎた。
「とにかく、宿屋に行って荷物を置いて、それから船をーーーー」
 晶の言葉を、突如起こった悲鳴が遮った。
「今の…」
「向こうだ」
 2人は悲鳴のした方に急いだ。港近くの繁華街だ。遠巻きに眺める野次馬達を掻き分けて前に出る。
 30人ほどの逞しい男達が輪になっており、中心には一際凶暴そうな男が立っていた。そいつの前には女性が座り込んでいる。服が破かれていた。
 男達は商人風の堅気な服装をしていたが、それが却って、凶悪な顔を際立たせている。どう見ても海賊だ。
 本来なら、海賊船は入港を拒否される。その為最近の海賊は学習してきて、一般の商船を装っている。入港さえしてしまえば船員のチェックなどまずされない。ランシュークには毎日何百もの船が入ってくるので、そんなことをしていてはキリがないからだ。
 海賊達は陸で捕まるのを恥としているので、上陸しても殆ど大人しい。だが、中には例外もいる。こいつらはその『例外』のようだ。よほど質の悪い海賊らしい。
「ーーーー酷いことを」
 晶が顔を顰める。
「その人を放せ」
 玲人が静かに言った。
「なんだあ?」
 男達が一斉に振り向いた。まだ幼い2人を見て失笑が湧いたのは、まあ当然の反応と言える。
「なんて言ったんだ? 坊や達」
 男の1人が馬鹿にした笑いを浮かべて訊いた。
「その歳で、もう耳が遠くなってるの?」
 玲人が、たっぷりと皮肉のこもった口調で言った。
「このガキどもが! 誰に向かってそんな口を利いてるつもりだ?」
 真ん中の男がーーーーこいつがボスなのだろうーーーー歯を剥いた。ますます凶悪な顔になる。まるでモンスターのようだ。しかし、晶も玲人も、その程度のことで怖がるはずもない。
「知らない」
 晶が眠たげに首を振って答える。
 野次馬達がざわめいた。この凶悪な男達に盾突くには、晶も玲人もあまりに可愛すぎるためだ。こんな少年達が無謀にもーーーーと彼らは思っていたーーーー30人もの荒くれどもに生意気な口を利くなんて、自殺行為に等しい。
「き、君達、いい子だから止めなさい。そいつらは恐ろしい海賊なんだ」
 野次馬の誰かが声をかけた。
「喧しい! そんな所で見てるだけの腰抜けが、偉そうな口叩くんじゃねえよ!」
 ボスが怒鳴る。野次馬は忽ち静かになった。
「あんた達、海賊なんだ。ーーーー丁度よかった」
 晶が茫洋と呟く。
「何がだ?」
 ボスが訊くが、晶は答えなかった。
「…もう一度だけ言う。その女の人を放せ」
 玲人が冷たく言った。
「へっ、なに寝言言ってやがる。ーーーーそれとも、お前達が代わりに相手してくれるなら考えてもいいぜ」
 最初に2人を「坊や」と呼んだ、髭面の男だ。
「なまじの女より可愛い顔してんじゃねえか」
 周りの海賊からもいやらしい笑いが漏れる。
「いいよ。相手になってあげる」
 玲人が進み出て、その男の前に立った。
「お…。マジかよ」
 すっかり鼻の下を伸ばして、髭面の男が玲人に腕を伸ばす。その手が止まった。目の玉が落ちそうなぐらい見開かれる。背中から剣が突き出ていた。
 野次馬達も、豪胆な海賊達でさえも息を呑んだ。髭の男は、糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れた。
 余りのことに凍りついている海賊達の間を、今度は晶が何事もなかったかのような足取りで進んだ。
「お、おい…」
 呆然と呟く海賊のボスを無視して、晶は座り込んでいる女性の前に立った。
「大丈夫ですか?」
 屈み込んで、晶は春風のように暖かく尋ねた。
「え、ええ…」
 20歳前後のその女性は、頬を染めて頷いた。
 晶は彼女を立たせてやると、再びボスの横を素通りして、輪の外に出た。
「誰か、この人を頼みます」
 野次馬に呼びかける。何人かが進み出て、女性を保護してくれた。
「おいおい、お前達、ちょっとおいたが過ぎるんじゃねーか?」
 ボスが顔を引きつらせて言った。怒りのためだ。
「あんた達ほどじゃない」
 晶がのんびりと言うと、
「そうそう。少しは反省するんだね」
 玲人が皮肉めいた口調で同意する。
「ーーーーこのくそガキがあ!」
 ボスは激怒した。並の人間なら身を縮めて震え上がる程の迫力ある声で怒鳴る。
「仲間の仇もある。生きて帰れるとは思うなよ!」
 海賊達が一斉に武器を抜き、じりじりと2人を取り囲んでいく。野次馬の間から悲鳴が上がった。
「ーーーー面白い」
 晶の声が流れた。それはいつもの晶の声ではなかった。玲人は晶を見た。嬉しさと興奮で体が震える。眠れる豹が目を覚ましたのだ。
「このガキ!」
 飛び掛かってくる海賊達を、晶と玲人は次々斬り伏せていく。
 ーーーーな、なんだ、こいつら…!
 ボスは心の中で呟いた。やっとこの2人がただの子供ではないと気付いたのだが、時既に遅し。手下は総て倒されていた。
 晶と玲人が揃ってボスを見た。
「お、お前ら…」
 普通の人間ならここで恐れをなすのだが、海賊のボスだけあって、ボスは怖いもの知らずな男だった。
「ーーーー-一つ訊いておく」
 晶が口を開いた。
「1年前、サヴィナの船を襲った?」
「知るか!」
 ボスは怒りもあらわに叫んだ。
「そう」
 晶は呟いた。むしろ寂しげな声だった。
「なにごちゃごちゃ言ってやがる! もう許しちゃおかねえ!」
 ボスはナイフを振り回して、2人めがけて突っ込んできた。晶は右に、玲人は左によける。その時、2人の刀と剣がボスの体を通り抜けた。
「ーーーーくそったれ!」
 上品とは言えない言葉をボスは叫んで倒れた。怖いもの知らずと勇敢なことはイコールではないのだ。
「こいつらじゃなかったのか」
 玲人はボスを冷やかに見下ろした。
「でも海賊だ。結局、同じ穴の狢だよ」
 晶は自分に言い聞かせるように呟いて、ため息をついた。
「…晶…」
 玲人が晶の肩に手を置く。
「ーーーー君達!」
 声が掛かって、2人は振り向いた。
「何か」
「これは君達の仕業かね?」
 がっしりした壮年の、日焼けした精悍な男性が、複雑な顔で2人を見下ろしていた。
「はい」
「そ、そうか…」
 男は戸惑ったように咳払いして、
「こんな子供が《鮫の牙》を倒しちまうとは! いやはや、ありがたいことなんだが、驚きでもあるな」
「有名な奴らなんですか?」
 晶がいつもの茫洋とした調子で尋ねた。
「いや、なんだ君達、知らないでやっつけたのかい?」
 男はますます困惑した様子だ。
「こいつらは、ここ何年か、この海域のみならず世界中の海で海賊行為を働いていたんだよ。余りの残虐さに懸賞金が掛けられているほどだ」
「へえ。ーーーーで、あなたは?」
 玲人が訊く。男は胸についたバッジを指した。交差した2本の剣の背後に錨が描かれたデザインだ。
「私はランシューク海上警備隊隊長、ゴルベス・パワアルムだ」
「はあ。強そうな名前ですね」
 晶がぼんやりと呟く。
 隊長は再び咳払いして、狂った調子をなんとか戻すと、
「通報を受けて駆けつけたが、いや、まさか君達のような子供に先を越されるとはね。いや、大騒ぎになる前に奴らを諫めてくれて助かった。ありがとう」
 晶と玲人に向かって、頭を下げる。こんな子供相手に、なかなかできるものではない。よっぽどよくできた人物らしい。
「いえ。当然のことをしたまでですから」
 と、晶の対応も、あまり子供らしくないものではある。
 隊長はつくづくと2人を眺めた。
「いやいや。普通に出来ることではないよ。いやなにせ、本当に凶暴な奴らでね。本来なら入港させないんだが、いやはや、こちらも人員が足りなくてね。議会に何度も掛け合ってはいるんだが、おまえ達でなんとかしろ、とこうだよ。いや全く、なんたる税金泥棒だろうね!」
「はあ」
 晶と玲人は顔を見合わせた。子供の彼らには、その辺の『大人の事情』はまだ解らない。
「…いやすまん。とにかく、君達のお陰で助かった。それにね、君達が助けてくれた女の子は、実は私の可愛い姪なんだよ」
 隊長の弁当を届けに警備隊事務所に行こうとしていたところを、奴らに絡まれた、ということだった。
「ははあ」
 なんだか、偶然もここまでいくとでき過ぎの感がある。
「いや、君達にはいろいろ世話になった。懸賞金の他にも、何か欲しい物があればなんでも用立てようじゃないか。いや、私個人の礼としてね」
 隊長は逞しい手で、2人の肩をがっしりと掴んだ。
「ーーーー海上警備隊と仰いましたね」
 晶が考え込みながら言った。
「ぼく達も、警備隊に加えてほしいんですが」
「警備隊に? いや、君達のような子供がかね? 一体、なんのために」
「海賊退治」
 玲人がニヤッと笑った。
「な、なんだって? そりゃ、一体…」
 隊長が驚きのあまり目を剥く。
「ぼく達はサヴィナから来たんです」
 晶はこれまでの経緯を説明した。玲人の両親ーーーー2人とも戦士だったーーーーと自分の父を含む、船で食料を買い付けに行った数名が、全員海賊に殺されたこと。国で、彼らが戻るのを待っていた者達も、力を失って倒れていったこと。その中には、晶の母もいた。その年の秋にやっと作物が実り、また、外国にいる何名かの親戚達の援助もあって、ようやく立ち直りつつあること。
「ーーーーそうだったのか…。そんなことがサヴィナで…」
 隊長はしんみりと目を伏せた。
「それは済まないことをした。我々の警備が至らなかったからだな。いや、誠に申し訳ない」
 またしても、頭を下げる。
 まだ残っていた野次馬達の中からも、同情の声やすすり泣きまで聞こえてきた。
「済んだことは仕方ないです。問題は、これからどうするかで」
 晶が優しく言うと、
「そう。それで、海賊を皆殺しにしてやろうと思って」
 玲人が、面白くもなさそうな顔と声で続けた。
「それは…。いや確かに、海賊のおかげであちこちで被害がでている。特にここ数年ときたら酷いもんだ。我々海上警備隊も必死に頑張ってはいるが、いやはや、海賊達の跳梁跋扈と来たら!」
 隊長は痛ましく首を振った。
「まさに猫の手でも借りたいぐらいなのだが…、いやしかし、君達のような子供を、危険な目に遭わせるわけには…」
「ご心配なく。ぼく達が組めば無敵ですから」
 晶がのんびりと微笑む。
「いや、しかし…」
「両親やみんなの敵を討ちたいんです、僕達」
 玲人が辛そうに顔を顰めた。
「ーーーーお願いします」
 と、2人声を揃えて頭を下げる。
「……………」
 隊長は暫く考え込んでいたが、
「よし! 君達の気持ちはよく解った。いやそれに、君達の腕が恐ろしく立つというのもこの《鮫の牙》が証明しているしね。ーーーー特例として、入隊を認めよう」
「ありがとうございます!」
 2人は再び、深々と礼をした。
「いや但し、無茶なことはしないようにね。君達に万が一のことがあったらご両親に申し訳ない」
「はい」
 晶と玲人は、神妙な顔で頷いた。
 こうして、2人は海上警備隊と共に、世界の海から海賊達を総て追い払うことになる。

「ーーーー面白かったよ。サンキュー」
 デイヴィは微笑んで言った。
「いや、なに。楽しんで貰えてよかった」
 隊長が、デイヴィのグラスに酒を注ぎながら笑う。
「実は、この2人に関しては、まだまだ逸話があってね」
「隊長、もういいです」
 晶が茫洋と口を挟んできた。照れているらしい。
「そうはいかねえな。俺は聴きたい」
 と、デイヴィが愉快そうに言うと、
「だろ? いや、当然だな。ーーーーで、どの話からしようかね」
 隊長もにやにやと頷いた。
「隊長! オレにも話させてくださいよ!」
「その次は俺が」
「その次は自分っす」
 隊員達が、次々に手を挙げて騒ぐ。すっかりできあがっているようだ。
「みんな、その辺にしといたら?」
 玲人が呆れ気味に苦笑する。
「いやいや。夜はまだこれからだよ。今夜は思う存分飲み明かし、かつ、語り明かそう!」
「おおーっ!」
 こうして、賑やかな宴会は、日付が変わるまで続けられた。


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