どうして、こんなに胸が高鳴るのだろう。
 触れ合っていなくても、涼しげな、それでいて熱い情熱を秘めた瞳で見つめられるだけで、息も止まりそうになってしまう。
 そんなふうになってしまう自分も、視線だけで自分をそう変えてしまうメディオンのことも、シンビオスは怖かった。
 怖かったが、不快ではない。むしろ、心地いいとさえいえる。
 今日もまた、一週間振りに出会うメディオンの瞳に、シンビオスは酷く緊張していた。
「----随分逢わなかったね、シンビオス。1年振りぐらい?」
 メディオンの台詞に、シンビオスの緊張が、少し解れた。
「一週間振りですよ、メディオン王子」
「そうだったかな。君に逢えないと、一日が千日にも感じられるよ」
 メディオンは上品に肩を竦める。
「アスピアから歩いてきて、疲れたでしょう? お茶を淹れますね。座って待っていてください」
 シンビオスはメディオンに背を向けて、お茶の支度を始めた。メディオンはソファでくつろいでいるとばかり思って油断していたシンビオスだったが、背後に気配を感じて、思わず手を止める。
「…髪を切ったんだね、シンビオス」
 吐息を感じるほどすぐ後ろに、メディオンが立っている。先ほど解れた緊張感と高揚感が、シンビオスの全身を包んだ。
「え、ええ。…この前お逢いしたとき、限界まで伸びていたので…」
 我ながら、なんて震えた声だろう、とシンビオスは思った。メディオンが変に思わないだろうか?
「確かに、この辺がすっきりしたね」
 声と共に、うなじを指でなぞられた。くすぐったいのと、メディオンの指が冷たかったのと、何より行為自体に感じてしまって、シンビオスは小さく震えた。
「あ、くすぐったかったかな?」
 メディオンが、笑いを含んだ声で言う。
 シンビオスは微かに頷いて、
「それに、王子の指、凄く冷たくて…」
「そうかな。----あ、本当だ。冷たかったね、ごめん」
 どうやら、メディオンは自分でも確認したらしい。
「風がまだ冷たくてね。でも、こっちは指ほど冷たくないだろう?」
 言葉に続いてシンビオスのうなじに押しつけられたのは、メディオンの唇だった。冷たいどころではなく、逆に熱い。唇が触れているのはうなじだけなのに、シンビオスの全身が熱を持っていく。
「…あ…、王子、お茶を…」
 掠れた声で、シンビオスが呟く。
「後でいいよ」
 背後から、メディオンがシンビオスの体を強く抱き竦めた。口付けは、首筋から肩にまで及んでいる。
「後で…?」
 最早、頭まで痺れて何も考えられなくなったシンビオスは、ただメディオンの言葉を繰り返すのみだ。
「…判っているくせに」
 メディオンは小さく笑った。
 いつの間にか、シンビオスの服はメディオンの手によって総てはだけられ、メディオンの冷たい指が胸や腹に這わされている。
 シンビオスは、声にならない吐息を漏らした。

 身を清めた二人がやっと紅茶を口にしたのは、二時間ほど経ってからだった。
「----うん、いい香りだ」
 メディオンは目を閉じたまま、カップを口元に運ぶ。
「……………」
 シンビオスも、カップに口を付けた。頬がまだ熱い。慣れていないせいか、あんな行為の後は恥ずかしい。メディオンの顔を見るのも照れくさいのだが、何故か目が離せなくなってしまっている。だから、ますます落ち着かない気分になる。
 メディオンが、不意に目を開いた。蒼い瞳が、真っ直ぐにシンビオスを射抜く。
 シンビオスは目を逸らそうと思ったが、できなかった。心臓が異常に高まって、息が苦しい。これ以上見つめ合っていたら、どうにかなってしまいそうだ。
 ふ、とメディオンが優しい笑みを浮かべた。今までとは打って変わった、慈しむような目でシンビオスを見つめる。
 シンビオスもやっと息をついて、ぎこちないながらも笑顔を見せた。
 ----本当に、どうしてこんなに…。
 ちょっと冷めた紅茶を、一気に渇いた喉に流し込みながら、シンビオスはぼんやりと思った。
 どうして、メディオンには、こんなにどきどきさせられるのだろう。
 それが、遙か昔より、恋する者達が抱き続けてきた疑問なのだと、シンビオスは知らなかった。
 そして、メディオンもまた、シンビオスに対して同じ想いでいる、ということも。


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