シンビオスが今一番くつろげる場所は、メディオンの腕の中だ。
 小柄なシンビオスの体をすっぽりとくるみ込んでくれるメディオンの腕の中で、彼の穏やかな心音を聴いていると、疲れなどすぐに吹き飛んでしまう。
 ただ、残念なことに、メディオンとは週に1回しか逢えない。
 シンビオスの休みの前日にメディオンはやって来て、シンビオスの職務が終わるまで待っている。シンビオスもそれを解っているから、いつになくハイペースで仕事をこなしていく。とはいえ、『明日でいいことも今日やる』ほど真面目なシンビオスだから、決して手を抜くことはない。むしろ、心置きなく休むために、週明けでも構わない仕事や、手が空いたときでもいい些細な仕事まで済ませてしまう。
 結果、いつもよりもへろへろになって、メディオンの待つ自室に戻るのだ。
「メディオン王子、いらっしゃいませ。お待たせしてすいません」
 いつものように、メディオンの華やかな姿を見て、それだけで疲れが癒えていくような気が、シンビオスはする。それに、いくら疲れたといっても、一週間ぶりに逢う恋人に、無様な姿は見せたくない。隙なくそつなく、威勢よく声をかける。
「お邪魔してるよ、シンビオス。お疲れさま」
 メディオンは、シンビオスをこれ以上疲れさせたくなかった。加えて、一週間分の愛おしさが募っているから、ソファから立ち上がって、シンビオスをぎゅ、と抱きしめた。
「紅茶でも飲もう。今、お湯を沸かしてるからね」
「はい。ありがと----ございます」
 シンビオスの言葉が途切れたのは、唇を塞がれたからだ。
 再びソファに腰を降ろしたメディオンは、自分の膝の上にシンビオスを横座りさせた。
「逢いたかったよ、シンビオス」
 囁きながら、短いキスを何度もする。
 最初は緊張気味だったシンビオスも、メディオンのキスを受けながら、背中や髪を撫でられているうちに、だんだん力が抜けてきた。メディオンの首に腕を巻き付けて、長い金の髪を指で梳く。指先に感じる柔らかさも、一週間ぶりだ。
「ぼくもです、メディオン王子」
 甘えるように抱き付いて、今度は自分から顔を寄せる。もう少しで唇が触れ合う、というとき、
 ぴぃーーーー
 間抜けな音が響いた。お湯が沸いたのだ。
 立ち上がりかけたシンビオスを制して、メディオンは彼を膝から降ろすと、自分が立ち上がった。
 一緒について来たシンビオスに、
「向こうで座ってていいよ」
 メディオンは言ったが、シンビオスは首を振って、メディオンの服の裾を摘んだ。ほんのちょっとでも、離れていたくない。
 メディオンはちょっと笑って、あらかじめ茶葉を入れていたティーポットに、湧きたてのお湯を注いだ。二つのカップと一緒に、トレイでソファの所まで運んでいく。
 シンビオスは邪魔にならないように気を付けながら、親鳥の後を追うひなのようにくっついていく。今度は横並びに腰を降ろす。紅茶を飲むときに危ないからだ。
 メディオンは右手でカップを持ち上げ、左手でシンビオスの肩を抱き寄せた。シンビオスもぴったりと体を寄せる。
「いただきます」
 舌を火傷しないように注意しながら、薫り高いダージリンを口に含む。暖かさが体を包み込んでくれる。----メディオンの優しさのように。
 自分からではなく、メディオンの方からキスしてほしくなった。シンビオスは彼の方に顔を向けて、瞼を閉じる。
 頬に温もりを----メディオンの手を感じて、多分もう少しで、というところで、再び邪魔が入った。
 遠慮がちなノック音に続き、
「シンビオス様。お食事の用意ができました」
 グレイスの声がドア越しに聞こえてきた。
 目を開けると、メディオンの顔は、閉じる前と同じ距離まで遠ざかっていた。
「ありがとう、グレイス。今行くよ」
 と応じたシンビオスの髪を、メディオンの大きな手が乱した。
「これで二つ。後でちゃんと取り戻すから、心配しないで」
 と優しく言ったところをみると、自分では気付かなかったが、シンビオスはよほど残念そうな顔をしていたに違いない。

 仲間達と談笑しながら、ゆっくりと夕食を食べ、食後のお茶を飲んで、部屋に戻ったのは2時間も後だった。
 その間に浴槽に湯が入れられていたので、シンビオスはメディオンに入るよう勧めた。
「じゃあ、お先に失礼するよ。----なんなら、一緒に入るかい? シンビオス」
 メディオンが冗談半分に誘う。シンビオスは真っ赤になって首を振った。縦にではなく、横に。ただ抱き合うだけやキスなら大丈夫でも、愛を交わす行為には、シンビオスはまだ慣れていなかった。一緒にお風呂などまだまだ恥ずかしくて、とてもできない。
 メディオンも承知しているから、断られたのを気にする風もなく、むしろ楽しそうに笑いながら、浴室に消えた。
 入浴の用意をしながら、シンビオスはずっと落ち着かないままだった。メディオンの言葉に驚かされて、それがずっと続いている。どうしても、その先にある行為を考えてしまう。
 いつもそうだ。初めは緊張して、実際メディオンの腕の中では何も解らなくなって、後には充足感と愛しさだけが残る。
「----お待たせ、シンビオス」
 メディオンが、髪を拭きながら出てきた。え、もう? と思って時計を見ると、既に30分経っている。そんなに長く、ぼーっとしていたらしい。
「あ、はい。すぐ入ってきます」
「ゆっくりでいいよ。今日は寒かったし、暖まっておいで。----大丈夫。恋人を待ってる間に寝てしまうほど朴念仁ではないよ、私は」
 優しく微笑むメディオンの瞳の奥に、二人きりのときにしか見えないものが見える。いつも、シンビオスに我を忘れさせるもの。服を着ているのに、裸にされたような気分になる。不快ではない----むしろ心地いいかもしれない----が、酷く恥ずかしい。シンビオスは逃げるように浴室に飛び込んだ。

 メディオンにああ言われたものの、やはり暖まるのもそこそこに、シンビオスは風呂から上がった。
 既に部屋は灯りが落としてあり、メディオンはベッドで待っている。
 シンビオスはローブを脱ぐと、メディオンの隣にするりと潜り込んだ。
 すぐに、メディオンの腕がシンビオスの体を抱き寄せる。さっきし損なったキス二つを取り戻されて、その後は----何も考えられなくなった。

 充足感と愛おしさに突き動かされて、シンビオスはメディオンにしがみついた。広い胸に頬を当てると、少し速くなった鼓動が伝わってくる。
 一週間振りの心地よいリズムと、しっかりと包み込んでくれるメディオンの腕を感じながら、シンビオスはうっとりと目を閉じた。


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