シンビオスは雪原の直中にいたが、寒さは感じなかった。 それどころではなかったのだ。 彼の周りには、敵、敵、敵。 気が遠くなるほどの魔物どもが、シンビオスを二重三重に取り巻いていた。 それでも、シンビオスは良く戦っていた。あるときは剣で、またあるときは魔法でまとめて魔物達をなぎ倒していく。 しかし、シンビオスはアイテムでしか回復する術を持たない。いやしの雫も尽き、たまたま道具袋に入っていたマジックリングも壊れてしまった今、そろそろ気力・体力共に限界が近付きつつあった。 魔物どももそれを敏感に察知したのだろう。シンビオスの肉を裂き、血を啜り、骨を噛み砕こうと舌舐めずりしながら、じりじりと近寄ってくる。 こうなれば、一匹でも多くの魔物を道連れにしようと、シンビオスは最後の力を振り絞って剣を構えた。 そのとき突然、シンビオスの目の前に男が現れた。 シンビオスに背を向けていたため顔は判らなかったが、その後ろ姿には見覚えがあった。それなのに、シンビオスはどうしても彼の正体を思い出せなかった。 男は両手を高く上げて、強力な魔法を放った。魔物達が面白いようにばたばたと倒れていく。骨すらも残さず、細かい粉になって風に運ばれて消えた。 力強い援軍の登場に安堵したシンビオスは、張り詰めていた緊張の糸が切れた反動で、その場に座り込んでしまった。茫洋と、魔物の数が減っていくのを眺める。 やがて総ての魔物を消し去った男は、両腕を静かに降ろした。そしてやけにゆっくりとシンビオスの方を振り向く。だが、何故か顔だけははっきりと見えない。ぼんやりと霞んでいる。 男が、シンビオスに手を差し伸べた。 シンビオスはその手に掴まろうとして躊躇った。直感的に、この男には触れない方がいい、と思った。自分を助けてくれた男ではあるが、同時に不穏なものもシンビオスは感じていた。それは、今まで積んできた幾多の経験によって磨かれた、『光の使徒』としての本能の為せる業だった。 シンビオスが手を出さないのを見て取った男は、軽い笑いを漏らした。 「ふ、まだ駄目なようですね」 少し鼻にかかったような、独特の響きを持つ甘い声。聴いたことがあるのに、やはりシンビオスは思い当たらない。 「なかなか頑固な。…ですが、次こそ、そう、次こそは私の手を取ってもらいます。----シンビオス殿、そのときが待ち遠しいですよ」 男は笑いを含んだ声でそう告げると、姿を消した。 同時に、シンビオスの周りから、あらゆる背景が消えた。まるで、かの男が一緒に持ち去ったかのように。 心臓を捻られるような不快感が、シンビオスを眠りから目覚めさせた。 奇妙な不安に激しく鼓動する心臓を拳で押さえて、シンビオスは上体を起こした。部屋はまだ薄暗い。ベッドサイドの小さな灯りを点けて時計を読み取ると、午前2時30分を少し廻ったところだった。 少し明るくなった部屋の中で、シンビオスは深呼吸を繰り返した。目覚めたときに感じた違和感のようなものが、徐々に薄れていく。 ----次こそ、そう、次こそは… 耳許でそう囁かれたような気がして、再び心臓が跳ね上がった。ベッドから飛び起きて部屋の灯りを灯す。すっかり照らし出された部屋は、いつもと変わるところがない。暗い陰も消えている。 シンビオスは灯りを点けたままベッドに戻った。とても眠れそうになかった。 「シンビオス様、お顔の色がすぐれませんよ?」 ダンタレスの声が、食堂に響いた。 三軍のメンバーが入れ代わり立ち代わり朝食を採りに来て、あちらこちらで朝の挨拶や雑談などが繰り広げられている。そのためかなり騒々しいのだが、一瞬、ぽっかりと『間』が訪れた。『天使が通った』といわれるその沈黙の中、ダンタレスが主にかけた声だけが唯一の音となって食堂を支配したのだ。 その場にいた全員がダンタレスの方を見、その傍らに座っているシンビオスに目を移して、その言葉に納得した。 「食欲も無いようだな」 ほとんど手付かずのシンビオスの膳を見て、ベネトレイムが言った。 「体の調子でも悪いのではないか?」 シンビオスはかぶりを振って、 「いいえ。大丈夫です…」 と答える。心なし、声に力がない。 「『大丈夫』ってツラかよ、それが」 ジュリアンが溜息混じりの声を出した。 「おまえなあ、無理するのも程度ってもんがあるだろ。----ここでおまえに倒れられでもしたら、この遠征軍はどうなると思ってんだよ?」 「ジュリアンの言う通りだ、シンビオス」 メディオンが優しく言葉を繋ぐ。 「君一人の問題では済まないんだよ? それに、そんな憔悴し切った様子を放ってはおけないな」 「話してみなさい、シンビオス」 ベネトレイムに促されて、シンビオスは重い口を開いた。 最初にその奇妙な夢を見た翌日の晩、シンビオスはやはり眠るのが恐くて夜通し起きていた。 更に翌日。この日は彼の軍が遺跡に潜る晩だった。 2日続けて碌に睡眠を取らなかったシンビオスは、案の定疲れ果てていた。みなには覚られないように気を付けていたが、部屋に戻って体を浄めたあと、死んだように眠ってしまった。 ところが、却ってそれが功を奏したらしい。夢を見たことすら覚えていられないほど熟睡できた。 それで元気を取り戻したシンビオスは、やっとあれがただの夢に過ぎなかったのだと思えるようになった。たかが『夢』に怯えてしまった自分が不甲斐なく、ひどく滑稽だった。その晩、シンビオスはさほど警戒もせずにいつも通り眠りについたのだが。 またしても同じ夢を見てしまったのだ。 一度なら、ただの偶然だと思える。だが、あれから毎晩----遺跡に潜って疲れている晩でさえ----シンビオスの眠りの中にあの悪夢は訪れるようになった。 以来、シンビオスは眠らないようにしていた。それでも、睡眠不足が祟ってついうとうとしてしまうことがある。その一瞬の間にも、悪夢は入り込んでくる。 「----夢が恐いというよりも、夢の中の『男』が恐いんです。とてつもなく禍々しいものを感じて…」 シンビオスは呟いた。 「それに、いつまでもこんな辛い状況が続くのなら、いっそ『彼』の手を取ってしまった方が楽になれるんじゃないか、そう考えてしまう自分も恐ろしいんです」 「それは…、かなり強い呪術がかかっていますね」 グラシアが眉を顰めて言った。 「今までシンビオス殿がその男を拒絶してこれたのは、こう言ってはなんですが、奇跡に近いでしょう。夢は深層意識を揺さぶります。催眠術をかけられたのと同じような状態になるのです。シンビオス殿の意志力が凄まじく強いのは知っていますが、それにしてもこれは…」 「…あ、ひょっとして、これのお陰でしょうか」 シンビオスは、懐から小さな巾着袋を取り出した。長い紐で首にかけられたその中から、丸い石を取り出す。血のような赤い色をしていた。 「この前のことがあってから、こうして肌身離さず持っているんですが」 「それは…、エルベセムの『護り石』ですね。こんなに赤くなっているなんて…!」 グラシアが息を呑む。 「赤いと何かあるのか?」 ジュリアンが不思議そうに訊いた。 「これは、もともとは青い石なんです。持ち主に危機が迫ったときに赤く変化し、護りの波動を発するのです。赤くなればなるほど、危険が強いということなんです。----シンビオス殿、ちょっと宜しいですか?」 グラシアは言って、シンビオスから石を受け取った。両掌に包むように持ち、口の中で呪文を詠唱する。 「あ…、色が薄くなった」 マスキュリンが声を上げた。 「グラシア、何をしたんだ?」 「私の『気』を注いでおきました。護りの力がアップしています。----それでも、護りきれるかどうか…」 「それほど強い『邪』なんですの?」 グレイスが心配そうな表情を見せる。 グラシアは答えなかった。それは答えたのと同じことだった。みなの胸中に不安が広がる。 メディオンは難しい顔で考え込んでいたが、 「----グラシア様。『護り石』が二つあったらどうでしょう? 護りの効果は2倍になりますか?」 「ええ。それは勿論です。多いに越したことはありません」 「では、これを…」 メディオンは、自分が持っていた『護り石』を取り出した。こちらはきれいな青い色のままだ。 キャンベルが目を見開いて、 「同じ石なのですか、メディオン様。色がまったく違う」 「私にはさしたる危機は迫っていない、ということだろう。----グラシア様、これにも貴男の『気』を注いでくださいませんか? そして、シンビオスに」 「でも、メディオン王子。それでは貴男が…」 シンビオスが言う。申し訳ない、という思いで一杯のようだ。こんなときにまで他人のことを考えるシンビオスに、メディオンは胸が熱くなった。 「さっきも言った通り、私には今危険なことは起こっていないからね。君の方がよほど大変だ。気にすることはないよ、シンビオス」 「ありがとうございます」 シンビオスはゆっくりと頭を下げた。 グラシアはメディオンから石を受け取って、同じようにした。そのときはまだ青いままだったのだが、シンビオスの手に渡った途端、赤く変化した。ただ、石が1つだったときよりは、大分薄くなっている。 「これでひとまず安心ですね」 ダンタレスが息を吐く。 「ええ。…ですが、相手がどの程度の魔力の持ち主か、我々は全然知らないわけですから、決して油断はできません」 グラシアの言葉に、ベネトレイムが重々しく頷いた。 「その通りです。----なんにせよ、相手の正体が不明というのは厄介だな」 「まったくだ。----シンビオス、何か手掛かりになるようなことは覚えていないのか?」 パルシスが尋ねる。 シンビオスは眉根を寄せて、 「まったく判らないんです。顔だけがぼんやりしていましたし、はっきりと見聞きしていた後ろ姿も声も、目が醒めた途端に忘れてしまうんです」 「どうせそんなことをするのは、ブルザムか魔物だろうけどよ」 ジュリアンが苛立たしげに言い捨てる。 「誰にせよ、陰険なやり方だよな。一番腹が立つぜ、そういうの」 『陰険』という単語に、その場にいた全員が誰かを思い出しかけて、どうしても思い出し切れなかった。もやもやした気分だけが残る。 「あー、もう! これもそいつの『呪術』のせいなの?!」 マスキュリンがもどかしげに唇を噛んだ。 「誰かいたはずなのよ。ジュリアンの言った『陰険』なやり方がぴったり来る誰かが! なんで思い出せないのよー!」 「仕方がないな。犯人捜しは諦めて、今後の対策を練った方がいい」 ベネトレイムは一同の顔を見回した。 先程のグラシアの言葉通り、相手の魔力の程度が不明な以上、いくらエルベセムの『護り石』があるとはいえ油断はできない。これからもシンビオスが悪夢にうなされる可能性もあるわけだ。みなで話し合った結果、3軍の男性メンバーの中から若くて体力のある者達が交代で、夜通しシンビオスの様子を見ることになった。 そんなことでみなを煩わせるのは申し訳ない、とシンビオスは言ったのだが、何せシンビオスは軍の指揮官。何かあっては遠征軍全体に影響が出てしまう。それに、 「勿論、指揮官だからってだけじゃありませんよ、シンビオス様。みな、貴男のことを心配しているんです」 みなから口々にこう言われて、シンビオスもありがたく甘えることにした。 「とにかく、少しでも食べた方がいい、シンビオス。それから今日は休んでいなさい。今にも倒れそうな顔をしている」 「はい、ベネトレイム様。そうします」 シンビオスは、膳から食事を口に運んだ。みなに相談して安堵したお陰か、食が進む。結局全部食べてしまった。 「それだけ食欲がでりゃあ、大丈夫だろ」 ジュリアンが面白そうに言った。 「腹が減ったり寝不足だったりすると、悲観的になるもんだしな」 「ジュリアン流処世術か?」 ダンタレスが笑う。 シンビオスも、やっといつも通りの笑顔になった。 「でも、確かにその通りだよ。いざというときに力が出ないんじゃ、話にならない」 と言って、立ち上がる。 「じゃあ、今日は寝ています」 「日中は私とマスキュリンが付き添っていますわ。ダンタレス様は夜にお願いします」 「では、俺も今の内に眠っておこうかな」 フラガルドの面々は、そう言いながら食堂を出ていく。 今日はメディオン軍が遺跡に潜る番なので、メディオンもキャンベルと一緒に、続いて食堂を出た。 シンビオスが一人だけで廊下に立っていた。 「シンビオス。他のみんなは?」 メディオンが尋ねる。 「先に、それぞれの部屋に戻りました。グレイスとマスキュリンは、後から私の部屋に来てくれます」 シンビオスは真直ぐにメディオンを見上げて、 「私は、貴男にお礼が言いたくて待っていたんです」 「お礼?」 「ええ。…石を貸してくださって、ありがとうございます、メディオン王子」 シンビオスが頭を下げる。メディオンは慌てて、 「顔を上げてくれないか、シンビオス。礼を言われるほどのことじゃないよ」 言いながら、傍らのキャンベルをちらっと見る。キャンベルは意味ありげな笑みを見せて、主の脇腹を小突いた。本心を言え、と促しているのだ。 メディオンは、俯いたままのシンビオスの肩に両手をかけて、顔を覗き込むように腰を屈めた。 「だって、君に何かあったら私も辛いからね。君を総ての災厄から護りたいんだ」 「王子、ありがとうございます。…嬉しいです」 シンビオスは顔を上げて、メディオンを見つめた。 キャンベルがそっと二人から離れたが、どちらもそれに気が付かなかった。 「----王子、遺跡では充分用心してくださいね」 心配そうなシンビオスの頬をメディオンは撫でて、 「私なら大丈夫だよ。それより君も、もしまた『悪夢』を見たとしても、決してそれに負けてはいけないよ。みながついてるからね、シンビオス」 シンビオスはしっかりと頷いた。 遺跡に潜る前、メディオン軍は大聖堂で祈りを捧げた。無事を祈るためなのだが、今日のメディオンはシンビオスのことばかり祈っていた。 ----どうか、これ以上シンビオスを苦しめることが起こりませんように。 どうか、もうシンビオスが『悪夢』を見ませんように。 …どうか、シンビオスが行ってしまいませんように---- 心の底からそう願うと、メディオンは軍を引き連れて遺跡に潜っていった。 いつもは慎重な戦いをするメディオンだが、この日はどんどん前に出て、周りの者達を焦らせた。 「王子、そんな無茶をなさっては危険です! もっとお下がりください」 キャンベルがメディオンの前に廻り込んで叫ぶ。メディオンははっとした。 「すまない、キャンベル」 深呼吸して首を振る。自分でも知らぬ内に、頭に血が上っていたようだ。 シンビオスの様子に何も気付かなかったことで、メディオンは胸を痛めていた。 あの吹雪の日の大捜索のときに想いを通じ合わせた二人だったが、お互い軍のリーダーという立場上、軍の鍛練に忙しく、前と変わらぬ生活を送っていた。勿論、二人だけの時間など持ったこともない。顔を合わせるのは食事のときぐらいだし、そのときでさえそれぞれ付き添いがいる。 いつもシンビオスの傍にいるダンタレスでさえ、シンビオスの苦悩に今日まで気が付かなかったのだから、彼よりもシンビオスと共にいる時間の少ないメディオンが知らなくても仕方がないといえる。いえるのだが、メディオンはそうといって納得できるタイプではない。 自分に対する憤慨と、シンビオスの苦しみの原因となっているブルザムや魔物に対する怒りが、メディオンからいつもの冷静さを奪ってしまったのだ。 「----メディオン王子、ここは堅実にいきましょうよ」 ウリュドがあののんびりした声で言う。続けて、 「王子が怪我しちゃったら、シンビオス殿が悲しみますよ」 シンテシスも明るい調子で言葉を添えた。 「ああ。すまない。…もう大丈夫だ」 メディオンは力強く応えた。 遺跡からでたときには、もう夕方になっていた。 部屋に戻って汗を洗い流したあと、メディオンは食堂に行った。 「メディオン王子! お疲れ様です」 シンビオスが元気に声をかけてきた。 「シンビオス。良く眠れたようだね」 メディオンは微笑みながら、彼の隣に腰掛けた。 「ええ、お陰さまで。----王子もご無事で何よりです」 シンビオスは嬉しそうだ。メディオンは内心後ろめたい感があったが、表面ではまったくそれを表わさなかった。シンビオスのことを考えていて、いつの間にか突っ走ってしまっていた、なんて口が裂けても言えない。心配をかけるだけだ。 「シンビオス様、本当によく眠っていたんですよ」 マスキュリンが楽しそうに、 「あの寝顔! 子供の頃のまんまでした」 「やめてよ、マスキュリン」 シンビオスが苦笑する。 「今のところ、『石』の色もさほど変わっていませんの。恐らく、昼間だからでしょうね。もし夜になったら----」 グレイスはもはや浮かない顔だ。 「大丈夫だ。夜は俺が付いているからな」 ダンタレスは自信満々で、 「ブルザムだろうが魔物だろうが、シンビオス様を苦しめさせはしない!」 頼もしく宣誓した。 その通り、シンビオスはその晩は良く眠っていて、うなされた様子もなかった。 「夢は見たんだよね…。あの悪夢の冒頭だけなんだけど」 シンビオスは翌朝そう言った。 「ただ、あの男が出てくる前に、この『護り石』が眩しい光を発して、魔物達を全部倒してくれたんだ。そのあと私はみんなの所に戻って…。そこで目が覚めた」 シンビオスの掌に乗った二つの『石』は、毒々しいほどに赤く変化していた。 「こ、これは…、かなりギリギリだったようですね」 グラシアが蒼ざめた。二つの『石』を手に取って、 「こんなになるまで、この『石』は護りの力を発揮した…。もし一つだけだったら、あるいはパワーを上げていなかったら…」 「ってことは、あれか? 『敵』もこの『石』が増えてパワーアップしたってことに気付いて、呪術を強くしたのか?」 ジュリアンがうんざりと言う。 「そういうことになるでしょうね…。取り敢えず、『石』の浄化をしておきます」 グラシアは呪文を唱えた。石の色が褪せていく。それを見つめながら、 「誰の仕業かしらないけど、シンビオス様をこんなに苦しめて!」 マスキュリンが顔を顰めて、 「まったく、腹が立つったら! 絶対、ただじゃおかないからね!」 世にも恐ろしい宣言をした。 「今日はメディオン王子が見ていてくださる番ですな。----敵はもっと強い術をかけてくるやもしれません。シンビオス様に少しでも異変があったときには、すぐにでも起こしてください」 「承知しています、ダンタレス殿」 メディオンは頷いて、不安を浮かべて自分を見るシンビオスに、優しく微笑みかけた。 夕方頃から雪雲が空を覆い、絶え間なく雪を落とす。シンビオスがいなくなった朝を思い出して、メディオンは不安になった。 それはシンビオスも同じだった。小さな灯りを点けたままベッドに入った彼は、昼間遺跡に潜って疲れているはずなのに、なかなか寝つけなかった。じっと目を開けて、傍らの椅子に座っているメディオンを見つめる。 「----シンビオス、眠れないのかい?」 メディオンはシンビオスの頭を撫でた。 「疲れているだろう? 振りだけでもいいから目を閉じてごらん。そうしたらそのうちに眠ってしまうよ」 「解ってるんですけど…」 シンビオスは目を伏せて、 「今朝の話を思い出してしまって…。もし、もっと強い呪術をかけられたら、私はどこかへ連れて行かれるかもしれません。どこにも行きたくない…、ずっと貴男の傍にいたいのに」 「シンビオス、君はどこにも行かないよ。絶対に行かせやしない」 「王子…」 シンビオスはメディオンの手に、自分の手を重ねた。 「----お願いです。今夜はずっと抱き締めていてください。私がどこにも行けないように…」 メディオンはシンビオスの傍らに横たわった。すぐにきつく抱きついてくるシンビオスの体に腕を廻す。 やはりシンビオスは疲れていたのだろう、間もなく眠ってしまった。その寝顔は、マスキュリンの言葉通り、子供のように安心し切ったものだった。 メディオンは夜が明けるまで、その寝顔を見つめていた。 |