アーサー、ローディ、メロディの3人は、ファーイーストに向かうために『山脈の洞窟』に入った。この頃になると、大体お互いの性格なんかが解ってきて、親しい仲間内で交わされる軽い憎まれ口などが会話に挟まるようになってきた。
 いつも明るいメロディはともかく、最初は無口で愛想のなかったローディも、結構面白い奴だと判明したのだが、それが彼自身の本来の性格なのか、それとも、あの事故によって彼の体に入り込んだスピリットによるものなのかは、定かではなかった。
 だが、どちらにせよ、楽しい道行きではあった。
 傭兵を長くやっているアーサーは、あまり他人と組むことはなかったし、組んだとしても、そりの合わない相手とはよく衝突した。かといって、それを仕事にまで持ち込むことはなかった。報酬を貰う以上は、果たすべき仕事はきちんと果たす。それがアーサーのポリシーだった。なにしろ、信用第一の仕事である。
 結構我の強いアーサーだが、今回組んだ彼らとは今のところ巧くやっていた。メロディは屈託ない性格で、言いたいことも言ってくるから付き合いやすい。ローディはアーサーより『大人』で、事実、アーサーのことを、『手に負えないが放っておけない弟』みたいに見ている。
 アーサーの方でも、メロディは『小憎らしいが可愛い妹』だったし、ローディのことは『冷静で頼りになる兄』のようだった。
 ここに、更にバッソも加わった。既に一度ガルムの所に一緒に乗り込んだ仲なので、すぐにパーティの中に溶け込んだ。彼が加われば心強い。
 勢いを得て、さあ進もうかというときに、轟音が洞窟内に響き、前方に巨大な蛇が出現したかと思うと、通路を塞いでしまった。
「こいつが洞窟の主か。邪魔くさいな。どっか行け」
 アーサーが文句を付けつつ、大蛇の胴体を蹴る。
「無駄だ、アーサー」
 ローディが苦笑して、
「他の道を行くぞ」
「まったく、面倒だな」
 もう一発ケリを入れてから、アーサーは別の道に足を向けた。
 取り敢えず外に出てみる。
「うわ、凍ってる」
 メロディが声を上げた。一面に氷が張っていたのだ。
「厄介だな。…みんな、滑らないように気をつけろ」
 と言って、アーサーは一歩踏み出したが、いきなりずるっときた。
「うわ!」
 転びそうになるのを、咄嗟にローディが支える。
「大丈夫か? アーサー」
「ああ。すまない、ローディ」
「言ってるそばから自分で滑るな」
 バッソが揶揄するように言う。
「そんなこと言われてもな。凄く滑るんだぞ」
 アーサーは言い返した。
 ローディが数秒黙考した後、
「…だったら、歩かないで最初から滑って移動したらどうだ?」
「あ、そうか」
 一瞬、沈黙が落ちた。
「…普通、気付くでしょ」
 メロディがぼそりと呟く。
 アーサーは咳払いして、
「とにかく、さっさと進むぞ」
 と、滑るように進んだ。みなもそれに倣う。
「…おい、アーサー」
 ローディの呼び掛けに、
「うん?」
 アーサーは振り向いた。途端に、自分の足の下に何も無くなって、凄い勢いで下に引っ張られるのを感じた。早い話が、穴に落ちたのである。いきなりだったので、そのまま尻餅をつくような格好で地面に激突した。
「いてて…」
「…危ないぞ」
 上からローディの冷静な声がする。
「そういうことは早く言え!」
 アーサーは下から怒鳴った。
 ローディが穴から顔を出して覗き込み、
「自信ありげに滑ってたから、穴が見えてるのかと思ったんだが。アーサー、見てなかったのか?」
「……………」
 そう言われると、返す言葉もないアーサーだった。
「…とにかく、ここを登るのは無理だ。みんな悪いけど降りてきてくれ」
「仕方ないな」
 ローディは怒っているというよりむしろ楽しげな口調で言って、忍者らしい身のこなしできれいに着地した。
「まったく、リーダーの選択を間違えたかしらね」
 メロディも笑いながらそんなことを言う。
「メロディ、よかったらオレに掴まれ」
「ありがとう、バッソ。そうさせてもらうわ」
 というわけで、バッソの体重+メロディの体重(これはそれほどでもないだろうが)+落下の勢いで、洞窟内に振動が走った。もし寝ているモンスターがいたとしても、今の衝撃で軒並み目が覚めてしまったに違いない。備えて足に力を入れていたアーサーとローディも、さすがにふらついた。
「…さて、アーサー。道は解ってるんだろうな?」
 バッソは自分が与えた衝撃にも気付かぬ様子で、こんなことを言ってきた。
「ああ。こう来てこう落ちたんだから…、…こっちだ」
 アーサーは自信満々で歩き出した。
 しかし。
「…行き止まりじゃないの」
 メロディが、さすがに呆れたような声を出す。
 アーサーは首を傾げて、
「あれ? おかしいな」
「おかしいのは、あんたの方向感覚でしょ」
「悪かったな」
「…待て、二人とも」
 ローディが割って入った。
「何か聞こえないか?」
「え?」
 一同は耳を澄ませた。
 ----ヴヴヴヴヴ…
 確かに、微かな音がする。
「ピクシーの羽音だ! 捜せ!」
 みな、一斉にそこらの壁を調べ出す。
「お、いたぞ!」
 バッソの声に合わせて、サキュバスが現れた。
「やったぁ!」
 メロディが指を鳴らして喜ぶ。
「迷ったのも無駄じゃなかったな」
 ローディは、からかい半分でアーサーにそう言った。

 元の道に戻って進んでいくと、先の角から嫌な気配がした。
「注意しろ、アーサー。モンスターの気配だ」
 アーサーは頷いた。早速ピクシーアタックの準備をする。左からだから、サキュバスの出番だ。
 とか思っていたら、なんと下からベノンゾンビが現れたではないか。アーサーは慌ててレプラカーンをけしかけた。危なく、しそこなうところだった。
 無事倒したものの、べノンゾンビの最後の毒攻撃で、ローディが毒を受けてしまった。アーサーは、戦闘後に手に入れた毒消し草を早速使った。
「ありがとう、アーサー」
「別に。…気をつけろよな」
 アーサーは素っ気無く言う。その様子を楽しそうに見つめて、ローディは、
「…ところで、ピクシーアタックは危ないところだったな」
 ぎくり。痛いところを突かれて、アーサーちょっと肩を揺すった。
「まあ、普通ならパニックになって間に合わないところだ。判断力と反射神経はさすがだな」
「…ローディ、おまえ、養成学校の講師でもやってんのか?」
 アーサーは言ってやった。

 三つ首のテイルバイパーの首を一つ落とす度に、アーサー達は街に戻って休んだ。遠回りしなければならない分、敵にも沢山遭遇するし、その中にはエアパルシィのように、スパークの魔法を使ってくる厄介な奴もいる。無理は禁物だ。他のみなも、そのアーサーの考えに同感らしく、特に文句も出なかった。急ぎたいところでもあるが、一方で『急いてはことを仕損じる』という諺もある。
 そうやって、ゆっくりながら確実に力をつけていき、最後のテイルバイパーと、ヘッドバイパーも倒すことができた。
「これで、今度からは簡単に行き来できるわね」
 メロディが、みなの怪我を癒しながら言う。
「久々、手強い相手だったな」
 バッソは首をしきりに回した。
「----さすがですな、みなさん!」
 後ろから唐突に拍手の音と共に声がかかって、一同は振り向いた。
 エンリッチ城下で会った、ハーフリングのレオンとかいう男が立っている。
「あんた、一体…」
 アーサーが訝しげに声をかけると、
「いやあ、みなさんの後をつけてたんです」
 まったく悪びれた様子もなくにこにこと言った。
「はあ?」
「ここの主が邪魔で、ファーイースト村までいけなかったんですよ。それをみなさんが倒してくださった。ありがとう。これで村まで行けます」
「はあ」
 別に、彼の為に倒したわけじゃないのだが、こういう人物に何を言っても無駄そうだ。
「いや、本当にありがとうございます! では、またお会いしましょう!」
 ひとしきり調子よく捲し立てた後、レオンはすたすたと行ってしまった。
「……………」
 一同は、暫く呆気に取られて彼を見送っていたが、
「…何あれ」
 メロディが呟いて、それから楽しそうに笑い出した。
 そして、アーサーもローディもバッソも笑った。何がそんなに可笑しいのか自分達にも解らなかったが、とにかく笑った。嫌という程笑った。
 主のいなくなった洞窟に、明るい笑い声が長いこと響いていた。


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