光の神子として教会組織を束ねていく。
 この自分の宿命に対し、グラシアは何の疑問も抱いたことはなかった。心弱き人々を導くため、世界を闇に堕とさないため、尽力してきた。
 しかし、グラシアはまだほんの子供に過ぎない。まだ総てについて悟り切ったとはいえないところがあった。
 自分にしかできないことだと解っている。その反面、どうして自分はこんな立場に産まれてきたのか、と思ってしまうこともある。普通の家庭、幸せそうな親子、無邪気に遊ぶ同年代の子供達…。グラシアにはなかったものだ。
 ----もし、私が『スピリット保有者』ではなかったら…。
 所詮、考えても詮ないことだ。それでも、つい考えてしまう。そして、そんな自分が恐くなる。神子失格ではないかと。
 そうやって悩んでいるグラシアの様子を、ジュリアンは不審に思ったらしい。彼の部屋で二人でお茶を飲んでいるときに、
「グラシア、何か悩みでもあるのか?」
 と訊かれてしまった。
 グラシアは返答に困った。こんな、神子にあるまじき考えを話して、ジュリアンに呆れられたらどうしよう、と思ったのだ。といって、今の気持ちのままで、迷える人々を導いていく自信もない。
「----私は今まで、『神子』という自分の立場に疑問を抱いたことはありませんでした」
 グラシアは重い口を開いた。
「だけど、最近、どうしても考えてしまうんです。もし、今とは違う立場だったら、って」
 ジュリアンは黙って耳を傾けている。別に呆れたり、怒ったりしている様子はない。いや、むしろ微笑んでいるようにみえる。----苦笑とも嘲笑とも違う笑みだ。
 グラシアは訝りながらも、言葉を続けた。一度堰を切ってしまうともう止まらなかった。
「産まれたときから私の一生は決まっていました。そこから外れることは許されていないのです。----それが、何故だか無性に息苦しくて…」
 ジュリアンは大きく頷いた。顔に浮かぶ笑みは深くなっている。
「おまえだけじゃねえ。みんなそう思ってるんだ」
 グラシアは目を瞬かせた。
「みんな…?」
「ああ。俺だって、おまえぐらいの歳には同じことで悩んだよ。ちょうど、アランが死んだ頃だ。----彼や死んだ親父から、傭兵になるようにって俺はずっと言われ続けてた。俺もそのつもりだった。だけど、あるときにふっと思っちまったんだよな。俺は本当に傭兵になりたいのかって。親父やアランにそう言われたからじゃないのか、ってな」
 いつも真直ぐで、立ち止まったりしないと思っていたジュリアンも、やはり自分の生き方について迷ったことがあったのだ。グラシアは興味をひかれた。
「それで、ジュリアンはそのときどうしたんですか?」
「そうだな。----結局、親父の仇をとれるのは俺しかいないんだよ。だったら、それまで傭兵を続けてみるか、って、そんで、その後のことはまたそのときに考えりゃあいいか、って結論出したよ」
「あはは、ジュリアンらしいですね」
 グラシアは笑った。このアバウトなところが、グラシアの心を軽くしてくれる。
「それ、誉めてるつもりか?」
 と言って、ジュリアンも笑う。
「----まあ、とにかく、おまえが悩むのは当然だ。みんなある程度大人になれば、『与えられるだけの子供』って立場に疑問を感じるもんさ。それが自然なんだ」
「解りました、ジュリアン。ありがとうございます」
 グラシアは安堵した。同時に、心の霧が晴れていくのを感じる。グラシアにも、彼にしかできないことがある。たとえそれが『与えられた』ことであっても。
 そして、もう一つ気付いたことがある。
 グラシアが解放されたいと考えた理由----それは他ならぬ、ジュリアンのためだということ。
 もし自分が自由な立場だったら、どこまでもジュリアンについて行っただろう。
 だが、それも叶わぬことだ。
 ならば、ジュリアンのいない世界に耐えられるように、努力しなくてはいけない。
 ----そちらの方が数倍難しそうだ。
 グラシアの気持ちも知らず優しく微笑むジュリアンを見つめながら、グラシアは今までとは違う胸の痛みを感じていた。


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