なんであんなことを言ってしまったのか、ジュリアン自身にも解らなかった。
 そもそも、あまり知らない人物について、少ないデータだけであれこれ批評するのは、ジュリアンが最も嫌うことのはずだった。
 だが、メディオンの、あまりにもタイミングのよすぎる登場と、戦闘後、彼と話すシンビオスの妙に嬉しそうな様子が、何故か腹立たしく感じられたのだ。
 メディオンの去った方をぼーっと見つめて突っ立っているシンビオスに、ジュリアンはこう言ってしまった。
「…ああいうタイプって、大抵ナルシシストかマザコンなんだよな」
 シンビオスは振り向いた。珍しく鋭い目でジュリアンを見て、
「君、王子のことはよく知ってるの?」
「いや。ちょっと噂を耳にした程度だ」
「…あまり知らない人に対して、そういう評価をするのは失礼じゃないか?」
「……………」
 ジュリアンはたじろいだ。
「…確かに、あんたの言う通りだ。今のは忘れてくれ」
 シンビオスは軽く頷いて、仲間の方に駆けて行った。
 ジュリアンは煙草に火を点けると、シンビオスを追うようにゆっくりと歩き出した。心の中は疑問符で一杯だった。
 何故あんなことを言ったのか。
 何故、こんなにイライラするのか。
「…さっぱり解らねえ」
 ジュリアンは煙と共に言葉を吐き出した。答の出ないことをいつまでも考えていても、思考が空転するだけだ。そのうち自然と見えてくるだろう。

 しかし、その答が見つからないうちに、自分が不当に評価した当の本人の軍に入ることになろうとは。経験豊富なジュリアンでさえ予想していなかった。最初は気まずかったが、メディオン本人の傍にいることで解けるかもしれない、と考えた。
 暫く一緒に行軍して得たことは、
 ----こいつ、いい奴じゃねえか。
 だった。
 傭兵にとって、それは申し分ないことのはずだ。いくら金のためとはいえ、鼻持ちならない奴のために働くのは面白くない。その点、メディオンは王子だからといって威張ることもないし、周りにもよく気を配っている。
 それなのに、ジュリアンは気に喰わなかった。王子がもっと嫌な奴だったらよかったのに、なんて思ってから、自分がそう考えたことに首を傾げた。
 面倒になったジュリアンは、それについて考えるのをやめてしまった。そのうちに王子とも別れ、グラシア達と旅をしている間に、自分の抱いた感情などすっかり忘れてしまっていた。

 再び思い出したのは、メリンダ王妃とオネスティから、ドミネート皇帝の陰謀を聞かされたときだ。
 王妃を楯に、メディオンにシンビオスを討たせる。
 信頼していたメディオンが攻めてきたと知ったら、シンビオスはどう思うだろう。
 メディオンを憎むだろうか。
 もしそうなったとしたら…。
「----そんなことがあってはならんぞ! ジュリアン、我々があの二人を救わねば」
 ブレスビィの呼び掛けに、ジュリアンは我に返った。血の気が引いて行くのが自分でも解る。
 ----俺は今、何を考えた…?
「ジュリアン? どうなさったのです?」
 グラシアが心配そうに声をかけてくる。
「いや、なんでもねえ」
 ジュリアンは、やっとの思いでそれだけ答えた。
「では、少し休んだら再び出発じゃ。手後れになる前に行かねば」
「俺、買い物してくる」
 ジュリアンはふらりと外に出た。本陣の裏に廻って、煙草に火を点ける。
 今や、ジュリアンは気付いてしまったのだ。
 シンビオスとメディオンが話しているのを見て、何故あんなに面白くなかったのか。
 何故、メディオンがもっと嫌な奴だったらいいのに、なんて考えたのか。
 メディオンみたいな奴なら、誰だって好きになるに決まっているからだ。
 そう、シンビオスだって、きっと。
「…は、馬鹿馬鹿しい。なんで俺があんなお子さまを…」
 ジュリアンは苦々しく呟いた。
 一番悔しいのは、ジュリアン自身、メディオンを嫌いになれないことだった。
 ----ふん、まあいい。どうせあんな箱入り、俺には向いてねえ。今まで会ったことのねえタイプだから、珍しかっただけだろ。
 ジュリアンは足下に吸殻を落とすと、ぎゅっと踏み付けて火を消した。
 今は何も考えず、ただアスピアに向かうのだ。
 大切な2人の親友を救うために。


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