最初から、キャンベルは『そうなるだろうな』と思っていた。

 サラバンドでの最初の出逢いのときだ。『コムラード殿のご子息』と話すメディオンの表情が、眼差しが、そして声音が、ある『可能性』を感じさせた。
 シンビオス達と別れてから、メディオンは、
「シンビオス殿は真面目でしっかりした人だね」
 とか、
「私より年下とは思えないほど落ち着いていたね」
 などと、やたらと褒めまくっていたし、その後、ベネトレイムがドミネート皇帝を誘拐して、シンビオス軍と共に逃亡している、と聞いたときには、
「まさか! 彼がそんなことをするはずがない!」
 と、酷く狼狽えていた。挙げ句、すぐにシンビオス軍の後を追うと決めたのは、皇帝のことが心配だからではなく、シンビオスが無実だと確かめるためだった。
 事実、シンビオス(とベネトレイム)は無実で、それを知ったメディオンは、未だ皇帝のーーーー自分の父親の行方が知れないにも関わらず、
「シンビオス殿がそんなことをするはずがないと信じていました」
 と喜んでいた。
 この辺りでキャンベルは確信していた。
 なので、国境の吊り橋でシンビオス軍を見送った後、自軍の最後尾に残ってわざと皆から遅れるようにしたメディオンが、傍らのキャンベルにこっそりと、
「キャンベル。どうやら私は…、…シンビオス殿のことが好きみたいだ」
 告げたとき、キャンベルは、
「そのようですな」
 あっさりと応えた。
 これにはメディオンがびっくりしたらしく、
「…って、キャンベル、いつから気付いていた?」
「おふたりが最初に出逢われたときから、そうなるんじゃないかと思っていました。ーーーー実際に確信したのは、シンビオス殿が無実だと聞いてメディオン様が喜んでいたとき、ですが」
「そんな早くに?」
 メディオンは、今度は困惑したようだ。
「私だって、今の今、自分の気持ちに気付いたんだ。ーーーー彼と別れるのがあまりに辛いから、もしかしたらって」
「…いや、メディオン様、それは鈍すぎでは」
 キャンベルは苦笑しながら突っ込んだ。
「そうかな。…しかし、キャンベル、おまえは私のこの想いに賛成してくれるんだね?」
「勿論です」
 キャンベルは即答した。これまでの邂逅の中で感じたシンビオスに対する印象は、年齢よりもしっかりしていて浮ついたところが無く、誠実な人柄、というものだった。また、見るものをはっとさせるほど強く輝く瞳に、意志の強さを現した引き結ばれた口許がりりしく、それでいてまだどこかあどけなさを残していて、そこが親しみやすさを感じさせた。
「そうか。ありがとう」
 ほっとしたように微笑むメディオンに、キャンベルは頷いてみせた。


 シンビオスの、メディオンに対するときの雰囲気に、ダンタレスは『もしや』と思った。

 サラバンドで、『帝国の第3王子』と会話するシンビオスの様子に、ダンタレスは安堵していた。
 父親の代理として出席したこの会議は、共和国は勿論帝国の面子もお歴々ばかりで、シンビオスが相当気を張っていたのが解っていた。
 そんな中、歳の近いメディオンとの出逢いは、シンビオスにとって砂漠のオアシスだったろう。
 メディオン達と別れてから、シンビオスは、
「メディオン王子っていい人だね」
 とか、
「ああいう人が帝国にいてくれるのは心強いね」
 などとしきりに言い募っていて、よほど頼りになる存在と感じていたようだ。
 その後、ドミネート皇帝誘拐の濡れ衣を着せられ、共和国に向かう羽目になったときも、
「メディオン王子はこのことをどう思ってるだろうか」
 このことばかり気にしていた。ーーーーそんなことより、敵だらけの中を突っ切って共和国まで戻らなきゃいけない先行きの厳しさを心配して欲しいものだったが。
 やがて、メディオン軍が追いついてきたときには、彼と戦う羽目になるのかと一瞬恐れたようだったが、結局メディオン軍が自分達を助けてくれたこと、更には、メディオンはシンビオスを信じていてくれたことが判明し、
「ありがとうございます、メディオン王子」
 シンビオスは嬉しそうだった。
 このとき、ダンタレスははっきりと悟った。
 だから、国境の吊り橋で、自分達を見送ってくれているメディオン軍にーーーー特に、最後尾にいたメディオン本人に最後まで手を振りながら、シンビオスが、
「ダンタレス。…私はどうも、メディオン王子のことが…好き…だと思う」
 こっそり囁いてきたとき、
「やっぱりそうでしたか」
 ダンタレスはむしろすっきりした気分で応じた。
 シンビオスの方が戸惑って、
「え、ダンタレス、…やっぱりって…?」
「シンビオス様を見ていれば判りますよ。長い付き合いですから」
「そ、そうなんだ」
 シンビオスは少し紅くなって、恐る恐るダンタレスを見上げてきた。
「…で、どう思う? このことについて…」
「宜しいんじゃないでしょうか」
 ダンタレスはきっぱり答えた。メディオンは好人物だと思う。帝国の王子なのに共和国に対して理解があるのは、柔軟な考え方ができる人だからだろう。穏やかな瞳に上品な佇まいが落ち着いた印象を与えるが、凛として芯の強さも感じさせた。
「ありがとう、ダンタレス」
 安堵の笑みを見せるシンビオスに、ダンタレスも微笑み返した。

 皇帝の策略によりアスピアに侵攻することになったメディオンの苦悩を、キャンベルは我がことのように感じていた。
 メリンダとシンビオスの間で板挟みになり、メディオンは憔悴しきっている。
「メディオン様。取り敢えずアスピアに向かいましょう」
「キャンベル。…そうするしかないのか」
 そう言ったメディオンの声は絶望に満ちていて、キャンベルは胸が痛んだ。
「もしかしたら打開策が見つかるかもしれません。或いは、戦況が変わるかもしれません。ーーーーメディオン様、最後まで希望を捨ててはなりません」
 メディオンは縋るような瞳でキャンベルを見つめた。

 アロガントを倒したシンビオスの許に、信じられない知らせが飛び込んできた。
「メディオン軍が侵攻してきただと?」
 ダンタレスは驚きをそのまま声に出し、すぐにはっとシンビオスを見た。
 シンビオスは蒼白になっていた。
「何故、メディオン軍が…」
 苦しそうな呟きが、ダンタレスの胸を突く。
「何か…、何か理由があるに違いありません、シンビオス様。ーーーー確かめに行きましょう」
 シンビオスは静かに頷いた。

 ーーーーその緊迫した事態は、ジュリアン軍の登場によって打破された。
 次いでメリンダも現れたことによって、メディオンの行動の真相が明らかになった。
「…メディオン王子。そんなことになっていたなんて…」
「シンビオス殿…、許して欲しい」
 剣を納め、お互いを気遣うように語り合う主君達を、キャンベルとダンタレスは安堵の内に見守っていた。

 その夜。
 明朝、シンビオス軍は一足先に北の地へ赴き、メディオン軍は一度帝国に戻り、ジュリアン軍は『ジュメシン』の謎が解けるまでアスピアに待機することになっていた。
 共和国の併合に失敗したドミネート皇帝はかなり機嫌が悪く、アスピア城の一番上等な部屋に籠もってしまった。
 指揮官達はそれぞれ、シンビオスはダンタレスと、メディオンはキャンベルと、ジュリアンはドンホートとで一室もらっていた。
 その他のメンバーは、全員は城に入りきらないので、3軍混合で男女別に宿を取ったり、寝具を借りて本陣で過ごしたりすることになった。
 シャワーを浴びて身を清めたシンビオスは夕飯まで仮眠を取ると言って、ベッドに身を投げ出し、すぐに眠ってしまった。よほど疲れたのだろう。ーーーー無理もない、とダンタレスは思った。戦いの連続だったし、最後にはメディオンと剣を向け合う羽目になったのだ。シンビオスの想いを知っているダンタレスだけに、本当に回避できてよかった、と神(とジュリアン軍)に感謝するのだった。
 シンビオスの眠りを邪魔しないよう、ダンタレスはそっと部屋を出た。隣でもドアの開く音がして、見るとキャンベルが出てきた。
「キャンベル」
「ダンタレス」
「「話がある」」
 二人は異口同音に言った。
 誰もいない中庭に出る。
「…メディオン王子のことだが」
 先に口を開いたのはダンタレスだった。
「オネスティが言ったことは本当なんだな?」
「ああ、そうだ」
 キャンベルの顔が歪む。
「メディオン様はずっと悩んでいた。メリンダ様とシンビオス殿の間で板挟みになってな」
「そうか…」
 今度はキャンベルが口を開いて、
「…コムラード殿のことだが、…なんと言っていいか…」
「ああ。無念だ。ずっと考えてるんだ。もう少し早く城に入っていたら…」
「ダンタレス…」
「目の前でコムラード様を…。…だが、俺よりも一番お辛いのは…、シンビオス様だ」
 二人は暫し無言で、自分の主のことを考えていた。彼が負った心の傷を。
「…なあ、これはおまえにだから打ち明けるんだが…」
 ダンタレスが沈黙を破って、
「シンビオス様は、メディオン王子のことを好いてらっしゃるんだ」
 キャンベルはダンタレスを見た。
「俺からも言いたいことがある。メディオン様はシンビオス殿のことを友情以上に愛していらっしゃるのだ」
「…そうか」
 ダンタレスは息を吐いた。
「キャンベル、おまえ、今晩夕食が済んだら、俺の部屋に呑みに来い」
「そうさせてもらおう。では、済まないがシンビオス殿には外してもらって」
 二人は頷き合った。

 3軍全員で食堂に集い、夕食を摂る。その後は自由になって、そのままあちこちで語らいの輪が出来た。
 3軍のリーダー達は一つのテーブルに着いて、ジュリアン、ダンタレス、それにキャンベルが競い合うように呑み、シンビオスとメディオンは半ば苦笑しつつそれを見守っている。
「ーーーーいやあ、それにしてもジュリアン! 本当に感謝する。よく戦いを止めてくれたな」
 ダンタレスがジュリアンのグラスに酒を注ぐ。
「皇帝のやり方が気にくわなかったんだ、俺は。あれが親父のすることか? キャンベル、おまえもよくキレなかったな」
 ジュリアンはグラスの酒を呑み、キャンベルのグラスを満たす。
「俺がキレたところで、メディオン様に余計ご迷惑をお掛けするだけだ。しかし、何も出来ない自分が不甲斐なくてな。ーーーーおまえもだろう、ダンタレス」
 キャンベルも豪快に呑み、自分はダンタレスに酒を注いだ。
「ああ。まったく辛い。何も出来ずに手をこまねいているだけとは…」
 シンビオスとメディオン、それぞれに降りかかった不幸について言っているのだ。
「だが! もうそんな思いはしたくない! 俺はいつでもシンビオス様の味方でいたい!」
「そうだとも! 俺だって、メディオン様が望むことなら止める気はない!」
「ーーーー?」
 ダンタレスとキャンベルの言葉の真意を量りかねて、シンビオスとメディオンはそれぞれ首を傾げている。
「と、いうわけで、シンビオス様。今晩はキャンベルと一晩中部屋で呑み明かしますので、シンビオス様はどこか別の部屋でお休み頂きますよう」
「…え…?」
 とシンビオス。
「それなら、俺の代わりにメディオン様のお部屋へどうぞ」
「…え…?」
 これはメディオン。
 二人はやっと解った。
「い、いえ、あの、キャンベル殿…」
「ダンタレス殿、その…」
 真っ赤になって口ごもってしまう主の背中を押して、
「さあさあ、もう遅いですし、お部屋へどうぞ!」
「お休みなさい!」
 ダンタレスとキャンベルは食堂から追い出してしまった。
「ーーーーおまえら、思い切ったことするな」
 席に戻ってきた二人を、ジュリアンは楽しそうに迎えた。
「俺が軍を離れてる間に、あのふたり、そんなことになってたのか」
「うむ。ーーーー明日からまた暫く逢えなくなるし、今晩中にお気持ちを確かめ合って頂きたいのだ」
 キャンベルの言葉にダンタレスも頷いて、
「しかし、何かきっかけがないと進みそうにないからな、あのおふたりじゃ」
「確かにな。ーーーーおまえら、本当に忠義者だよ!」
 ジュリアンは二人のグラスに満々と酒を注いだ。

 翌朝。
 結局、キャンベルとダンタレス、それにジュリアンは、夜通し呑み明かしてしまった。
 キャンベルが部屋に戻ると、シンビオスの姿はなく、すっかり身支度を調えたメディオンのみがいた。
「飲み過ぎじゃないか? キャンベル。ーーーー大丈夫か?」
 メディオンが半ばからかい、半ばは本当に心配して声をかけてくる。
「これしきの酒、何ともありません。ーーーーところで、シンビオス殿は…?」
 メディオンは穏やかな笑みを浮かべた。
「ああ。昨夜はありがとう、キャンベル。お陰で、シンビオス殿にきちんと告白できたし、今後のことも色々と語り合えたよ」
「それはおめでとうございます」
 キャンベルは我がことのように喜んだ。メディオンの幸せこそが、常にキャンベルが願っていることだからだ。
 メディオンは真摯にキャンベルを見つめて、
「キャンベル。ーーーーおまえには苦労をかけたし、助けてももらった。私の支えにもなってくれている。本当に感謝しているよ」
 主からの思いがけない感謝の言葉に、キャンベルは胸が熱くなった。
「なんの。…これからも傍におりますよ、メディオン様」
「ああ。宜しく頼むよ」

 ダンタレスが部屋に戻ると、シンビオスがいた。
「お帰り、ダンタレス。…てっきりこの部屋でキャンベル殿と呑んでると思ってたのに」
 いつも通りの笑顔で迎えてくる。
「いや、ジュリアンも一緒で盛り上がってしまいまして…。結局食堂であのまま…」
「そうなんだ。…大丈夫なの? 寝てないんじゃない?」
 心配そうなシンビオスに、ダンタレスは笑ってみせた。
「ずっと呑みっぱなしって訳でもなかったですし、ちょっとうたた寝したりしましたから大丈夫ですよ」
「そう? …無理しないでね」
「ええ。ありがとうございます、シンビオス様。ーーーーそれより、メディオン王子とは…」
 ダンタレスの問いに、シンビオスは少し頬を染めた。
「うん。ちゃんと想いを伝えて、それから色々話もしたよ。遠征が終わった後のこととか」
「それはよかった。おめでとうございます、シンビオス様」
 シンビオスが幸せそうな様子なので、ダンタレスも嬉しかった。もうこれ以上辛い思いはして欲しくない。
「ありがとう、ダンタレス。君のお陰だよ。今回のことだけじゃなく、いつもいつも君には助けてもらってる」
 自分を見つめるシンビオスの優しい笑みに、ダンタレスは総てが報われた気分になった。
「なんてことありませんよ、シンビオス様。俺はいつでもあなたの味方です」
「ありがとう。これからも宜しくね」

 その後のメディオンとシンビオスのラブラブっぷりは、ここに書き記すまでもないだろう。
 そして勿論、忠義者のケンタウルス達が、そんな主君達の傍にいつも寄り添っていたことは、言うまでもない。


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