自分は弱い人間ではない、とメディオンは常々思っていた。事実、異父兄達の仕打ちにも貴族達の態度にも彼は耐え続け、負けることはなかった。 だが、今回のことは----。 メディオンの唯一の弱点、それは父であるドミネート皇帝であった。 子にとって親は多大な影響を与えるものだが、それがドミネート皇帝であるが故に、他の人達が感じる何十倍もの重圧を、メディオンは父親から受けていた。 父が好きか嫌いかと問われれば、メディオンは「嫌い」と答えるだろう。それでいて、メディオンは父に捨てられるのを極端に恐れていた。元々、自分の意志をまったく考慮されることなく、母から引き離され、敵ばかりの王宮に連れてこられた身だ。皇帝の考え----それはときに、気紛れともいわれるが----一つで我が身の運命が決まってしまう。親に見捨てられるかもしれないという恐れは、生活する術を持たない子供にとって、一番の脅威となる。すっかり成長し、もう充分独り立ちできる術も身につけた今でも、メディオンは皇帝にだけは逆らえなかった。それは、母のためでもあった。皇帝に対して反抗的な態度を取れば、母が周りから責められる。理不尽な仕打ちから母を護るためにも、メディオンは皇帝の反感を買わないように気を付けてきた。 そんな努力も、結局は無駄だったのだ。 結局皇帝にとっては、母も自分も捨て駒にしか過ぎないのだ、と、メディオンは今回の事件で嫌というほど思い知らされた。 今までメディオンの心を護ってきた防護壁は、いくら強いとはいえ、やはりそれなりのダメージを受けてきた。それが、この皇帝の仕打ちが止めとなって、一気に崩れそうになっていた。 ただ、有り難いことに、メディオンのそんな状態にちゃんと気付いてくれる人達が、彼の周りには沢山いたのだ。 キャンベルはいつにも増して世話焼きになるし、シンテシスとウリュドもいつも以上に賑やかしくしてくれる。彼らの心遣いが、メディオンの心に染みこんでくる。 そして何よりメディオンを救ってくれるのは、シンビオスの存在だった。 あるとき二人は、シンビオスの部屋でお茶を飲みながら、なんということはない世間話をしていた。 ふと、シンビオスが黙り込んだ。 それまで普通の調子で話していただけに、メディオンはその態度を訝しんだ。 「----シンビオス、どうかしたかい?」 「……………」 シンビオスはじっとメディオンを見つめていたが、ついと椅子から立ち上がって、メディオンの傍らにやって来た。 「----?」 シンビオスの意図が解らず、メディオンは茫洋とシンビオスを見上げる。その頭を、シンビオスは自分の胸に抱いた。 「シンビオス----」 シンビオスの手がメディオンの結わえていた髪を解き、頭をゆっくりと撫でる。 このときになって初めて、メディオンは自分の心が酷く疲れているのを知った。目を閉じて、体の力を抜く。腕をシンビオスの腰に廻した。 ゆったりと時間が流れていく。 メディオンはちょっと頭を上げて、シンビオスの唇を求めた。 「----ありがとう、シンビオス」 長く優しいキスの後、メディオンは言った。 シンビオスはちょっと紅くなって、 「王子、疲れてるみたいでしたから…。でも、こんなことしかできなくて…」 「ううん。充分だよ」 メディオンは、シンビオスの胸に頭を凭れさせた。 「とても心が落ち着いたよ」 「よかった」 シンビオスが小さく呟く。その一言に彼の思いやりが総て詰まっていて、メディオンは胸苦しくなるほどに嬉しくなった。 「ねえ、シンビオス。----もっと甘えていいかな」 「ぼくで宜しければ…」 「君にしかできないよ」 メディオンは立ち上がると、シンビオスの肩をそっと抱いて、ベッドへと導いた。 シンビオスの温もりの中で、総てが解けていく。 深々と息を吐いて、メディオンは身を横たえた。体よりも心の充足感の方が大きい。 すぐに身を寄せてくるシンビオスの体を、メディオンはしっかりと抱き締めた。 腕の中にシンビオスがいる。それだけでこんなにも満たされる。不思議で幸せな気分だ。 「本当にありがとう、シンビオス」 シンビオスは何も言わず、再びメディオンの髪を撫でてくれている。 メディオンは溢れる想いを込めて、シンビオスの唇に口付けた。 |