サツカアヴ島は、唯一モンスターのでない島だ。この島に住んでいる竜を恐れて、モンスターが近づかないのだろうと言われている。
 島の真ん中には火山があって、絶えず煙を吹き出している。お陰で多様な効能を持つ温泉が湧き、知る人ぞ知る秘湯として、観光客も訪れる。ただし、船は月に1本のみの運行だ。

 島の住人であるキャラカが、歩きながら本を読んでいる。彼は細身の少年で、常につばの広い帽子を被っている。鳶色の髪は耳を覆い肩に届いている。
 道の反対側から、ナーラがやって来た。彼女もスリムな、背の高い少女だ。髪は緑がかった金髪である。
 キャラカが本を読みながら歩いてくるのを見て、ナーラは堪らず声をかけた。
「キャラカ! …キャラカってば!」
 キャラカは本から顔を上げた。
「ん? ----ああ、ナーラ」
「その、歩きながら本を読む癖、直した方がいいわよ。危ないから」
 言われて、キャラカは肩を竦めた。
「うん。自分でもそう思うんだけどね。つい…」
「それで、よく怪我しないわね。木にぶつかったりとか、石につまずいたりとか、水に落ちたりとか…」
 ナーラが呆れた口調で呟く。
「そういえば、一度もそんなことないな。どうやら、向こうの方で避けてくれるみたいだ」
「まさか」
 ナーラはついに笑った。
「----そうそう、この前借りた本、読み終わったから返すね」
 肩から提げていたバッグから本を取りだして、ナーラはキャラカに差し出した。
「そう。…って、何を貸してたっけ?」
「『首長族の秘密』よ。----はい、ありがと」
 キャラカは本を受け取った。表紙を眺めて、
「ああ、そうだったね。----面白かった?」
「うん、凄く。…ねえ、首長族って本当にいるのかしら?」
 目を輝かせて、ナーラが訊く。キャラカは首を傾げた。
「この島にいるって話は聞かないな。でも、他の所でも見つからないんじゃないかな。なにしろ、普段は首の長さも普通らしいからね」
「『本来の姿を見せるのは満月の夜だけ』…だっけ? でも、どうして満月なんだろう?」
 不可解そうなナーラに、
「昔から、満月は人の心を狂わせるって言うからね。犯罪なんかも増えるし、不思議な現象も起こりやすい」
 キャラカは説明した。読んでいた本を彼女の方に指し示して、
「…こっちの本も、満月が絡んでるんだ」
「へえ、そうなの。なんて本?」
 ナーラが覗き込む。
「『二つの月が昇る時』って、月猫について書かれた本なんだけど、こっちは結構変でね」
 語りながらキャラカはページを捲った。
「…ほら、ここ」
「----んーと、『空に金色の満月と赤い三日月が揃って昇る時、月猫の銀色の血が呼び起こされる』? …なに、これ?」
「ね? 変だろ? どうやって2つも月が昇るって言うんだか」
 呆れた口調でキャラカは言った。ナーラも眉を寄せて、
「誰が書いたの? こんな変な本」
 表紙を覗き込む。
「『マルマルメル・マーリン博士、月猫学者』----聞いたこと無いわね」
「大体、月猫学者って名乗ってること自体、凄く胡散臭いけどね」
 キャラカが苦笑する。
「月猫こそ、本当にいるのかしらねえ」
 半信半疑といった調子で、ナーラは言った。
「さあ。本人だって、自分が月猫だって気付かないらしいからね」
「でも、血が銀色なら、怪我した時に判るんじゃないの?」
「この博士の説だと、普段は赤い血が流れているらしいんだ。さっき言った、2つの月を見た時に銀色に変わるんだって」
 まさにとんでもない説だ。2つの月と銀色の血、肝心な証拠が2つとも簡単には証明できないようになっている。キャラカが呆れるのも無理はなかった。
「じゃあ、一生気付かないってこと?」
 ナーラもすっかり呆れている。
「そういうことだね。でも、見分け方が書いてある。『普段から妙に勘が良かったり、暗い所でも物が見えたり、微かな物音も聞きつけられたりしたら、その人は月猫である可能性が高い』んだってさ」
「ふーん、なんか怪しいわ。…でも、ある意味面白そう。読み終わったら貸してくれる?」
 あまり変な物過ぎると、却って興味を惹かれるものだ。たとえば激烈に不味い料理なんて聴くと、それ程のものか食べてみたくなる。ナーラはそんな心境だった。
 キャラカは本を差し出した。
「はい、実はもう読み終わってるんだ」
「え、もう?」
 ナーラは面食らいつつ、本を受け取った。
「…ありがと。じゃあ、早速読んでみるわ」
「うん。----つまらないからって、オレに当たらないでね」
「まさか。----じゃあ、またね」
 笑い合いながら、2人ははすれ違って歩き出した。少し行った所でキャラカが振り返る。
「…なに? ナーラ」
 ナーラも振り向いた。
「…え? なにってなあに?」
「今、なんか言わなかった?」
「え? …大したことじゃないわ」
「そう。…その本、返してくれるのはいつでも構わないからね。じっくり読んで」
「うん。ありがとう」
 2人は再び歩き出した。ナーラは暫くしてもう一度振り返った。キャラカの姿は見えない。
「…聞こえたのかしら…」
 ナーラは首を傾げて呟いた。

 その日の夕暮時。キャラカの家に、シラクサ、カエデ、スギナが集まっていた。
 シラクサは髪も瞳も燃えるように赤く、肌も日焼けした赤銅色の、がっしりした少年だった。カエデも小麦色の、ほのぼのとした血色の肌を持ち、青みがかった金髪に太めの眉と切れ長の眼をした気の強そうな少女だ。対照的にスギナは透き通るように色が白く、殆ど銀に見えるプラチナブロンドで、優しげな顔立ちをした少女である。
 4人はグラスを片手にカードをしていた。
 シラクサが手持ちのカードを開いた。
「よし、コールだ。セブンのスリーカード!」
 カエデが楽しそうに続いた。
「残念ね。あたしのはジャックのよ」
 確認して、シラクサはがっくりと肩を落とした。
「ええー? くそー! …スギナはどうだ?」
 スギナは得意そうに微笑んだ。
「へへっ、----フルハウス!」
「あ、ホントだ! もう、折角いい手だと思ったのになー」
 カエデは肩を竦めた。
 シラクサが、隣のキャラカを見た。
「キャラカ、おまえは?」
 キャラカは静かに告げた。
「…ナインのファイブカード」
「…うっそぉ!!」
「マジか!」
「ちょっと見せてよ!」
 他の3人は叫び、キャラカのカードを奪うようにして確認した。確かに9が4枚にジョーカーが1枚だ。
「ああ、もう! また、キャラカの勝ちかぁ…」
 スギナが天を仰ぐ。
「おまえ、イカサマしてるんじゃないだろうな?」
 シラクサが横目でキャラカを睨むと、カエデがそれを咎めた。
「シラクサ、良く考えてからものを言いなさいよ。キャラカにそんなことする度胸があるわけないじゃない。もししてたとしても、もっとビクビクするはずだから絶対判るわ」
 擁護しているのかけなしているのか判らない。キャラカも苦笑して、
「…嬉しくない弁護、どうもありがとう」
「でも、じゃあ、なんでそんなに強いの?」
 スギナが、答えようのない質問を放った。
「なんでって言われてもねえ…。ただ、残したカードに関連するのが次に必ず来るってだけで…」
 実際、キャラカも考え込みながら答える。
「簡単に言うけどな、それって、かなり難しいぞ」
 シラクサが呆れ気味に言う。
「そうよ。大抵は、捨てたカードに関連するやつが来ちゃうものなのに」
 カエデもそれに乗って、忌々しげに言った。
「その、残すカードって、どうやって決めるの?」
 スギナはまたしても、答えづらいことを訊く。
「…勘、かな」
 キャラカの、適当としか思えない返事に、カエデが噛みついた。
「勘ね。そうでしょうよ。透視能力があって次に来るカードが何か判るっていうなら別だけど、そうじゃない限り、誰だって勘でやってるわよ」
「まあまあ、カエデ、そう絡まないの」
 スギナが穏やかに宥めた。
「ようするに、キャラカは他人より勘がいいってことでしょ」
 シラクサも頷いて、
「確かに。じゃなきゃ、本を読みながら障害物をひょいひょい避けて歩く、なんて器用なマネ、できるわけないよな」
 キャラカは目を丸くした。
「え? オレ、自分で避けてる?」
「…って、なに? 無意識でやってるわけ?」
 スギナも驚いたように尋ねる。
「うん、まあ…」
「呆れた! あんた、やっぱり超能力でもあるんじゃないの?」
 お手上げ、というポーズと共に、カエデが言った。
 そのとき突然ドアが開いて、ナーラが駆け込んで来た。
「キャラカ! 大変よ! ----あ、みんなもいたの?」
 その慌てように、キャラカは思わず立ち上がった。
「ナーラ、どうしたの?」
「月が出てきたの!」
 ナーラが言うと、皆ちょっと拍子抜けしてずっこけた。
「そりゃあ、夜になったら月は出るでしょう」
 カエデが呆れた口調で呟く。
 しかし、何故かナーラは落ち着く様子はなかった。
「そうじゃなくって! 今夜は満月なのよ!」
 更に訳の解らないことを言い募る。シラクサが首を傾げて、
「満月がどうかしたのか?」
 そのとき、キャラカは思い当たった。
「----! まさか!」
 外に駆け出ていく。皆も後を追った。
「一体、どうしたっていうの?」
「見れば解るわ!」
 スギナとナーラが言い合いながら外に出て、空を見上げた。
 なんとも不気味な月だった。
 金色の満月に、赤い三日月型の影がかかっている。それは人の横顔にも見えた。口が裂けて笑っているようだ。
「なに、あれ! ぶっきみ悪い月!」
 カエデが、恐怖を振り払おうとするかのように、強い口調で叫んだ。
「あの紅い影、人の横顔みたいだな」
 シラクサは、こういうことには鈍感な方だ。普通に感想を述べた。
「どうして、あんな風に…」
 スギナはシラクサほど鈍感ではないので、得体の知れない月を恐ろしげに見上げていた。
「それは解らないけど…。でも、あの本に書いてあった月のことよ」
 ナーラが興奮した様子で言う。
「……………」
「あの本って?」
 スギナがナーラに訊いた。
「月猫についての本よ。『空に金色の満月と赤い三日月が揃って昇る時、月猫の銀色の血が呼び起こされる』って…」
「……………」
 ナーラの説明に、カエデが強く頷いた。
「それが、あの月ってわけね…」
 理由が解れば恐れることはない。解らないから怖いのだ。
「うん。…そうよね? キャラカ」
 ナーラがキャラカに声をかけた。
「……………」
 キャラカは答えず、ただ月を見上げている。その様子があまりに不自然なので、皆は訝しんだ。
「…キャラカ?」
 キャラカはその場にうずくまってしまった。
「キャラカ!」
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ?」
「だ、大丈夫? しっかりして!」
「どこか痛いの?」
 シラクサ、カエデ、スギナ、ナーラは口々に言って、キャラカを取り囲んだ。
 キャラカはやっと答えた。
「…グルルル…」
 それは、どう聞いても獣の唸り声だった。
「----えっ?」
 呆然としている一同の前で、キャラカはおもむろに顔を上げた。月に向かって虎のように吠える。それから伸びをして、猫が顔を洗うような動作を始めた。
「お、おい、キャラカの奴、どうしちゃったんだよ?」
 シラクサが眉を寄せる。
 ナーラが唖然とした顔で呟いた。
「月猫…」
「つ、月猫?」
 スギナが目を剥く。
 皆は呆気にとられてキャラカを見守った。キャラカは全身の毛繕いを済ませたようだ。今度は腰を上げて、皆に体を擦り付けだした。
「…猫…ね、確かに…」
 カエデが言った。半分笑っている。これは確かに笑うしかないだろう。
「猫以外のなにものでもないな」
 シラクサは却って冷静になったようだ。
「まさか、キャラカが月猫だったなんて----」
 信じがたかった伝説が本当だったことに、ナーラは驚いていた。胡散臭いなんて言ってわるかったかしら。
 ふとキャラカが顔を上げ、いきなり四つ脚で走りだした。
「あ! ちょ、ちょっと、キャラカ!」
「取り敢えず俺達も行こう!」
 皆も慌てて、後を追って駆けだした。
「どうしたのかしら? 虚像の森の方に向かってるけど…」
 息を弾ませながら、スギナが言う。虚像の森とは、いつの時代のものか、また何を象っているのか不明な石像がごろごろと転がっている森だ。
「これで、マタタビかなんかだったら怒るわよ!」
 カエデが言った。彼女はあまり運動が好きではなかった。
「しかし早いな! 見失いそうだ」
 シラクサの方は身体を動かすのが好きなのだが、その彼でさえ音を上げるほど、キャラカは素早かった。
「肢が四本だからね」
 ナーラは応えた。
 などと言っているうちに、本当に見失ってしまった。満月とはいえ、像が至る所に転がっている森だ。目に付く影がキャラカなのか像なのかも判別しがたい。
「…どこ行っちゃったんだろう?」
 辺りを見回して、スギナが呟く。
 ナーラも背伸びして遠くを見やりながら、
「こっちに来たのは間違いないんだけど…」
 そのとき、聞き覚えのない声が響いた。
「…ちょっと! なによ、あなた!」
「今の…」
「とにかく、行ってみましょう」
 カエデが頷いて言った。
 4人は声のした方へと向かった。異様なシルエットが目に飛び込んできた。やけに首の長い少女の姿だ。近づくにつれ、状況が見えてきた。キャラカがストールを銜えていて、その首の長い少女と引っ張り合っているのだ。
「あーらら」
 あまりの光景に、シラクサは苦笑した。
「まったく、なにやってんだか」
 カエデも呆れ気味に呟く。
 しかし、首の長い少女は必死だった。それもそうだろう。事情を知らなければ、キャラカはただの『変な少年』だ。そんなのが飛びかかってきて、自分のストールを銜えて持っていこうとしているのだ。半ば泣きそうな声で、
「放してよ!」
 必死に叫んでいる。スギナは気の毒になって、
「キャラカ、放してあげてよ」
 と声をかけた。
 キャラカとの攻防に必死だった首の長い少女は、やっと他に人がいることに気付いた。
「え? …きゃあ!」
 驚いてストールから手を放し、弾みで転んでしまう。キャラカも後ろに転がり、ストールを被ってしまった。
 取り敢えずキャラカよりも、派手に転んでしまった首の長い少女の方が心配になって、
「だ、大丈夫?」
 ナーラは彼女に手を貸そうと近寄った。
 だが、首の長い少女は厳しい目つきで皆を眺め、低めの威嚇するような声を出した。
「----見たわね?」
「…え?」
 何のことか解らず、一同は訊き返した。
「あたしのこの姿、見たわね?」
 首の長い少女は繰り返した。無理して恐ろしげな声を出しているようだ。それが解ったので、
「そりゃあ、目があるからな」
 シラクサはあっさり答えた。
「そう」
 首の長い少女は、しかめっ面をして一同を睨み付けた。如何せん、あどけないような顔なのであまり迫力はない。だが、口に出した言葉はその童顔に相応しくないものだった。
「なら、あなた達には恨みはないけど、死んでもらうしかないわね」
 一同は面食らった。
「はあ? ----ちょっと待ってよ! なんであなたの姿を見たぐらいで死ななきゃならないわけ?!」
 カエデの口調は怖がっているのではなく、まさに「何馬鹿なこと言ってんのよ」というものだった。
 怖がらない4人に調子が狂ったのか、首の長い少女は少しトーンダウンした。
「だって、あなた達の口からあたしのことがバレたら困るもの」
 彼女の困惑を察知して、
「バラしたりなんてしないわ」
 ナーラが優しく言った。
「大体、なんでバレたら困るの?」
「なんでって…」
 スギナの質問に、首の長い少女はますます困惑したようだ。
「おかしなこと訊くのね。あたしは首長族なのよ?」
「うん。見れば判るわ」
 カエデが頷く。
「…だったら! ----このことがバレたら、ここの人達に苛められるでしょう!?」
 首長族の少女の必死の叫びに、スギナはやっと、彼女と自分達のすれ違いの理由が見えてきた。
「…あなた、ひょっとして、余所から来た人? 最近ここに来たの?」
「え。----そ、そうだけど…」
「道理で! なんか話がかみ合わないと思ったぜ」
 シラクサも納得して声を上げる。
「どういうこと?」
 訝しげな首長族の少女に、
「あのねえ、あたし実は、舌華族なの」
 カエデが言い出した。
「舌華族? あの、口に毒があるっていう?」
 首長族の少女が目を丸くする。
 今度はナーラが進み出て、
「私は木人族。冬には冬眠しちゃうの」
 更にはスギナも、
「私は魚鱗人よ。水に入ると鱗が出てきて、ずっと深くまで潜っていけるわ」
 終いにはシラクサが、
「俺は竜人族だ。自由に竜に姿を変えられるんだ」
「……………」
 首長族の少女は、目を見開いたまま固まっている。
「解った? このサツカアヴ島には、普通の人間なんていやしないのよ。----尤も、なにをもって普通とするか、なんて誰にも決められないことだけどね」
 カエデがきっぱりと言った。
「だから、人と違うからって苛めたりしないわ。大体、人はそれぞれ違うんですもの」
 ナーラが優しく囁くように言う。
「そうそう。そんなことで苛めるほうが間違ってるのよ」
 スギナが明るく頷いた。
「……………」
 シラクサがキャラカを手で示して、
「あいつだって、月猫なんだ。普段は冷静な奴なのに、月に狂えばああなっちゃうのさ。でも、それがあいつの本当の姿なら、俺達は気にしたりしない」
 皆がキャラカに目を移した。キャラカはストールを外そうと藻掻いているうちに、逆に酷く絡まってしまい、悪戦苦闘している。それを見ているうちに、みな笑いだした。
 首長族の少女は、うって変わって穏やかな笑顔を見せた。
「----ごめんなさい、物騒なこと言っちゃって…。でも、気が動転して…」
 ナーラも微笑んで、
「いいのよ。気持ちは解るわ。…私はナーラっていうの。あなたは?」
「マツバよ。宜しく」
「宜しく、マツバ。あたし、カエデ」
「スギナよ、宜しくね」
「俺はシラクサ。で、あっちのがキャラカだ」
 キャラカはすっかり息切れしているようだ。力無く、喉の奥で小さく鳴いている。
 その様子を見かねて、
「手伝ってあげた方がいいんじゃない?」
 ナーラが言った。
「あー、もう、世話が焼けるわね!」
 カエデが肩を竦めた。
 一同が近づいていくと、キャラカは背中を丸めて唸り声を上げた。皆は「大丈夫だから」とか「怖くないわよ」とか「今外してやるから」とか声をかけながら宥め、なんとかキャラカの体からストールを外そうとした。
「----だーっ! こら! 暴れるなって!」
「痛っ! 引っかかれたー!」
「おとなしくして!」
 散々苦労して、なんとか外すことに成功した。皆は満身創痍、キャラカの方は機嫌を損ねたのか、唸りながら毛を繕う動作をしている。
 ストールを広げてみて、マツバは溜息をついた。すっかりぼろぼろになってしまった。
「…ああ、このストール、高かったのに…」
「キャラカが正気に戻ったら、弁償して貰えばいいわ」
 カエデがマツバの肩を叩いて慰める。
「でも、いつ、正気に戻るの?」
 スギナが首を傾げて訊くと、
「月が沈んだら戻るわ。----今日のところは」
 ナーラが、どこかうんざりした口調で答えた。
「今日のところは? どういう意味だよ?」
 シラクサが顔を顰める。
「『一度月猫の血が目覚めたら、その後月を見るたびに月猫へと変化する』って本に書いてあったの」
「月を…見るたび?!」
 皆は叫び、一心不乱に毛繕いしているキャラカを力なく見下ろした。
 不気味な赤い笑顔を見せる金色の月が、空高く輝いている。


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