「----シンビオス様、お休みのところ申し訳ございませんが…」
 シンビオスは最後まで言わせず、
「嫌だ」
 と冷たく遮った。
 相手は困惑の表情で、
「嫌と仰られても…」
 と呟く。シンビオスはその整った顔を睨んで、
「その言葉遣いはやめてってば」
「ですが…」
 メディオンは言いかけて、シンビオスの厳しい目線に気付き、
「…だけど、フラガルドでならともかく、ここは君の姉君がいるじゃないか。----新米の副官としては、やはり上官の君を立てないと、咎められてしまいます」
 文体の交ざり合った、変な言葉で釈明する。
「姉はそんなこと気にしないよ」
 シンビオスは珍しくイライラと言った。メディオンの言葉遣いがよほど気に障ったらしい。大体、二人の間でどちらが上か、なんて気にすること自体が馬鹿馬鹿しいのだ。
「とにかく、貴男がその変な言葉遣いをやめてくれるまで、書類なんか読まないから」
 シンビオスは、これでなかなか頑固である。それに、ふくれた顔も可愛らしい。そっぽを向いた横顔に見とれながら、
「解ったよ、シンビオス。もう言わないから、機嫌を直してくれないか」
 メディオンは言った。
 シンビオスはメディオンの方を向いて、
「----キス」
「…ん?」
「してくれたら許す」
 メディオンは笑って、椅子に腰掛けているシンビオスの方に身を屈めた。ふっくらした紅い唇に、自分のそれを寄せる。
 いつものパターンだが、今回はここで邪魔が入った。
「…あ、あの…」
 と声をかけられて、そういえばドアが開けっ放しだったと、二人とも気がついた。焦って離れてそちらを見やると、アグリードが立っている。
「…お茶の準備ができたので、いらしてください」
 原稿を読んでいるみたいな抑揚のない口調で、シンビオスの小さな甥はそう告げた。
「ありがとう、アグリード。すぐに行くよ」
 気まずいながらも、年長者としての威厳を保ちつつ、シンビオスは応えた。
 アグリードは一礼して去ろうとしたが、
「ドアは閉めておいた方がいいと思います」
 と、真っ赤な顔で忠告していった。
 これには、メディオンとシンビオスも、さすがに顔を紅くした。

 メディオンの言葉通り、彼はめでたくシンビオスの副官になることができた。
 共和国初の国民投票は、事前の広報活動が功を奏したのか、首脳陣の予測を上回る投票率で無事に終了した。
 その内訳は賛成91%、反対8%、無効票1%で、こちらは大体予測していた通りだった。
 こうしてメディオンは副官として、総てにおいてシンビオスをサポートすることになった。要するに、ダンタレス達と同じ立場になったわけだ。
 今二人がマロリーにいるのも、メディオンの配慮によるものだ。というのも、共和国では珍しく、この夏は湿度の高い蒸し暑い日が続き、暑さに弱いシンビオスがへばってしまったのだ。そこでメディオンはダンタレスと相談し、夏休みという名目でマロリーにやってきたのである。それに、ちょうどマーガレットが第二子を出産したところでもあり、御機嫌伺いも兼ねていた。
 マーガレットの子供は、以前にシンビオスが予想していた通り、女の子だった。祖母や母に倣って季節の花の名前から『ラベンダー』と名付けられた赤ん坊は、産まれてすぐにマロリーのアイドルになった。
 特に、アグリードの喜び様は微笑ましいほどだった。彼はすっかり赤ん坊に夢中になり、話しかけたりあやしたリ、子守唄を歌ってあげたりしていた。赤ん坊の方も、アグリードの歌を聴くと、不思議とぐずらずに眠るのである。これについてはトラスティンが冗談混じりに、吟遊詩人になったらどうだ、とコメントしていた。

 アグリードが去ってから間もなく、シンビオスとメディオンはお茶の部屋に行ったのだが、マロリー領主一家は既に席に着いていた。
「お待たせしてすいません」
 シンビオスは謝りながら、自分の席に着いた。
「いや、構わないよ。----色々、忙しかったんだろう?」
 トラスティンが訳知り顔で応じる。その目は、隣でおとなしく座っている息子の方にいっている。
 ピンときたシンビオスも、アグリードを見た。目が合うと、甥は再び真っ赤になって俯いてしまった。どうも、子供には刺激が強すぎたらしい。
 そういえば、シンビオス自身も子供の頃に、姉とトラスティンが誰もいない(と彼らが思っていた)中庭でキスしているのを、偶然見てしまったことがあった。あのときは、しばらく姉の顔を正視できなかったものだ。
 殆ど奥底に沈んでいた記憶が蘇ってきて、シンビオスは内心苦笑しつつ、目の前に置かれたティーパンチを飲んだ。5種類のフルーツが入ったアイスティーだ。
 フラガルドよりは北にあるとはいえ、やはりマロリーも例年より暑い。冷たい飲み物が嬉しいし、フルーツと、少しだけ入れられたワインの香りがとても爽やかだ。
 他愛のない話をしながらお茶を飲んでいると、隣室から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「あら、ちょっとごめんなさいね」
 マーガレットは慌てて、開いたままのドアから隣室に駆け込んだ。
 シンビオスは、おとなしくアイスティーを飲んでいる甥を見つめた。赤ん坊がいる家庭では、どうしても生活が赤ん坊中心に回っていく。母やメイドがラベンダーの方にいってしまって、アグリードは退屈していたらしい。シンビオスとメディオンが来たことを、実は一番喜んでいたのが彼だった。
 シンビオスもそれが判ったから、できる限り甥と遊んであげるようにしていた。勿論、戸外でではなく、城内で、だ。マロリー城は風通しがよいように設計されているため、陽射しの当たらない所なら夏でも割と涼しいのだ。
「アグリード、今日は何をしようか?」
 シンビオスは優しく尋ねた。
 アグリードはしばらく考え込んでから、
「剣の稽古をつけてくれませんか?」
 と答える。
「妹を守れるくらいに強くなりたいんです」
「おや、兄としての自覚がでてきたね」
 トラスティンが言った。からかっているようでもあり、嬉しそうでもある。
「だって、またあんな風に捕まったりしたら、みっともないでしょう?」
 アロガントに捕らえられたときのことを言っているのだ。子供なりに、プライドを傷つけられたらしい。
「あのときの叔父様みたいに、格好よく敵を倒したいんです」
 真剣な表情で、シンビオスを見る。
「なるほど! 確かに、あのときのシンビオスは、私でも惚れ惚れするほどだったな」
 トラスティンが楽しげに笑って、
「メディオンもそう思っただろう? ----君がシンビオスに惚れたのは、あのときじゃないのかい?」
 メディオンに目配せする。
「確かに、あのときのシンビオスは素晴らしかったですが」
 メディオンは真面目くさった顔で、
「でも、私はもっと前から彼に魅かれていました」
「へえ。いつから?」
「そうですね。…きっと、初めて会ったときから。そうと自覚したのはもっと後ですけど」
「へえ。----だってさ、シンビオス」
 トラスティンは、真っ赤になっているシンビオスの方に、悪戯っぽい目を向けた。
「君の方はどうだったんだい?」
「…べ、別に、いいじゃないですか」
 シンビオスは顔を紅くしたまま立ち上がった。
「----アグリード、行くよ」
「え? ええ」
 アグリードも慌てて立ち上がって、早足で部屋を出ていくシンビオスの後を追った。
「----じゃあ、私も行きます、トラスティン殿」
 と言って席を立ったメディオンに、
「はっきり答えてもらえなくて、残念だったね」
 トラスティンは声をかける。
 メディオンは穏やかに微笑んで、
「彼のああいうところが、可愛くて好きなんです。----それでは、失礼します」
 一礼して去っていった。
 その後、一人で笑い転げているトラスティンを見て、戻ってきた妻は大層心配したという。

 稽古室で木刀を振っていると、さっき引いた汗が----水分を採ったこともあって----再び流れ出してくる。
 アグリードはなかなか筋がよく、呑み込みも早い。
 教える方も教わる方も夢中になり、気がついたら昼食の時間になっていた。結局、2時間も稽古していたことになる。
 汗を流して昼食を採る。さすがに疲れたのだろう、アグリードはずっと眠たそうな顔をしていた。
「でも、おまえの叔父さんのようになるには、まだまだ沢山稽古が必要だぞ」
 と、トラスティンが笑いながら言った。

 昼食後、アグリードは昼寝をしに、自分の部屋に戻っていった。
 今が一番暑い時間だ。シンビオスとメディオンは、近くの湖に泳ぎに行くことにした。
 子供の頃から夏にマロリーに来る度、シンビオスはこの湖で泳いでいる。
 フラガルドの近くにも湖はあるのだが、こちらの方は町から誰でも簡単に行ける場所にあって、領民達の憩いの場になっている。そのため、シンビオスなどは思うように寛げないのだ。
 その点、マロリーの方は森に囲まれていて、なおかつマロリー城の裏から抜けて行くしか道がないため、ほとんど領主一家の専用になっている。他に訪れるのは、森に住む鹿や狐ぐらいだ。
 今日は雲一つない晴天で、気温もかなり高い。ただ、湿度は低く、不快感はない。
 とはいえ、城から湖に到着するまでに、随分汗をかいてしまった。
 服を脱いで、軽く準備体操をしてから、メディオンが勢いよく水の中に飛び込んだ。
 メディオンも港町で育ち、暑い日には目の前の海に飛び込んでいただけあって、泳ぎは巧い。飛び込みの形も見事に決まっている。
 それに見とれたため、シンビオスは少し飛び込むのが遅れた。
 水上に顔を出すと、メディオンがすかさず水をかけてくる。負けじと、シンビオスも水を弾いた。水しぶきと小さな虹が幾つもできる。
 山から流れ込む水は綺麗に澄んでいて、心地よく冷たい。
 いまだ水をかける手を止めないシンビオスの体を、メディオンは押さえるように抱き締めた。そのまま柔らかく深く口付ける。
 唇を離して見つめ合う。シンビオスが小さく、
「メディオン、これ以上は駄目だよ」
 と言った。
「応接室のソファも嫌だけど、ここではもっと嫌だ」
 まだ明るくてしかも戸外、という、正にシンビオスが一番敬遠するシチュエーションである。メディオンも、キス以上はしないつもりだった。が、水に濡れたシンビオスの艶やかさに、理性を失いかけていたので、シンビオスの言葉がよい戒めになった。
「わかってるよ、シンビオス」
 メディオンは苦笑しつつ答えた。あのときのことを言われると、いまだに決まりの悪い思いがする。
 シンビオスはメディオンに軽くキスして、勢いよく水の中に潜った。照れているのかもしれない。
 メディオンも続けて潜った。少し先にいるシンビオスに追い付くと、並んで泳ぐ。目の前を、魚の群れが横切った。
 二人は水の中をゆっくりと泳いだ。疲れたら、浮き輪に体を預けて湖上をのんびりと漂う。
 時折陸に上がって休息しながら、思う存分水遊びを楽しんだ。
 うんざりするほど暑い夏の陽射しが、徐々に傾いてくる。
 黄昏に覆い尽くされる前に、二人は城に戻った。
 夕食までまだ間がある。仮眠を取ることにした二人は、ベッドに横たわるやいなや寝入ってしまった。

 夜になっても、まだどことなく昼間の熱が空気に残っている。
 夕食の後、シンビオス達が滞在している部屋で、アグリード相手にカードゲームをしているところに、マーガレットがアイスティーを持ってきてくれた。ちなみに、アグリードにはミルクである。
 お礼を言って、めいめいグラスを取る。
「…アグリード、そろそろ寝る時間ですよ」
「ええ? もう?」
 アグリードは不満そうに呟く。
「『寝る子は育つ』って言うだろう? アグリード、子供は沢山眠らないとね」
 シンビオスは、自分が子供の頃姉にいつも言われていた台詞を口にした。
「あ、そうか! だから、ラベンダーもあんな一日中寝てるんですね」
 アグリードは、今度は顔を輝かせた。
「じゃあ、ラベンダーもすぐに大きくなりますね! 早く一緒に遊びたいな」
「そうね。きっとすぐよ」
 マーガレットは息子の頬にキスして、
「さあ、部屋に行きましょう。叔父様達に『おやすみなさい』してね」
「はい。シンビオス叔父様、メディオン殿、おやすみなさい」
「おやすみ、アグリード」
「おやすみ。いい夢みてね」
 『叔父様達』も優しく応じる。
 母子が部屋を出て行ってから、
「前から訊こうと思ってたんだけどね、シンビオス」
「ん、なに?」
「『叔父様』と呼ばれることについて、君自身はどう思ってるんだい?」
「どうもこうも、ぼくがアグリードの『叔父』なのは事実だから」
 普通に答えるシンビオスを、メディオンは悪戯っぽく眺めて、
「本音は?」
 と訊く。シンビオスは苦笑いした。
「んー、なんか、凄く年をとった気分」
「なるほどね。----これは慰めになるかどうか解らないけど」
「ん?」
「少なくとも、君は私より年下のはずだよ」
「そういえばそうだったね。忘れてたよ」
 シンビオスはメディオンの頬にキスした。
「思い出させてくれてありがとう、メディオン」
「どういたしまして」
 メディオンは真面目くさった顔で応じた。
 シンビオスがカードを纏めながら、
「----さて、二人だけになっちゃったね。どうする?」
「ポーカーか、ブラックジャックでもしようか」
「じゃあ、ポーカーね」
 シンビオスは素早い手つきでカードを配った。
 その後1時間ほど遊んだ結果、メディオンの勝ちとなった。
「----じゃあ、シンビオス、いつものやつ」
 メディオンはシンビオスの方に身を寄せる。シンビオスは、彼の唇に自分のを当てた。これが金銭の代わりに彼らが賭けたもので、要するに、どちらが勝っても同じことなのである。
 キスしながらお互いの体を抱き寄せていた二人だったが、相手の体温が暑くて仕方がない。すぐに離れて、これもいつものことなのだが、シャワーを浴びる支度を始めた。
 浴室で、相手の髪や体を洗い、日中の暑さに火照った体をシャワーで冷ましつつ愛を交わすのが、夏の夜の習慣になっている。
 だから、ベッドでは抱き合うこともせず、むしろ体を少し離して眠るのだ。そうしないと、寝苦しいのである。
 というわけで、今夜もシャワーを浴びながら総て済ましてしまって、出てきたときにはもう眠るだけだった。時間的にも丁度いい。
 灯りを落としてベッドに横になると、おやすみのキスを交わして、シンビオスとメディオンは眠った。

 翌朝。
 カーテンの外が明るい。
 何か暑いと思ったら、シンビオスはいつの間にか、仰向けになったメディオンの胸の上に被さるようにして寝ていた。たまにこういうときがある。夜には離れて寝ていたはずなのに、朝になるとくっついているのだ。
 シンビオスは上半身を起こすと、大きく伸びをした。日が昇ってからさほど経っていないのに、もう部屋の空気が熱せられている。今日も暑くなりそうだ。
 眠っているメディオンはそのまま、シンビオスはシャワーを浴びることにした。
 真水よりもちょっとお湯を足して、頭からかぶる。体の熱がすう、と引いていくのが気持ちいい。
 浴室から出ると、メディオンもベッドの上に起き上がっていた。
「おはよう。よく眠れた?」
 歩み寄って、頬にキスする。
 メディオンは頭を左右に倒しながら、
「なんだか、閉じ込められて息苦しい夢を見たような気がする」
「そ、そう」
 間違いなく、自分のせいだろう。シンビオスはちょっと焦った。
「----とにかく、シャワーを浴びてきたら? さっぱりするよ」
「うん、そうだね」
 メディオンはなんとなくふらふらした足取りで、浴室に入っていった。
「……………」
 それを見送って、
「…ああ、なんか、悪いことしたなあ」
 シンビオスは呟いた。

 幸い、シャワーを浴びて、メディオンは気分も体もすっきりしたようだ。
 食事の前に、お姫さまの御機嫌伺いにいく。
 ラベンダーはベビーベッドの中で、すやすやと眠っていた。母乳を貰って満足しているのだろう。ぴったり閉じられた瞼に隠れている瞳は、父親譲りの青色だ。
「アグリードの赤ん坊のときと、本当にそっくりなのよ」
 と、マーガレットは笑った。
「女の子を育てるのは初めてだから、これからが楽しみだわ」
「美人になりそうな顔立ちですね」
 ラベンダーの寝顔をそっと覗き込みながら、メディオンが言う。
「そうだろう、そうだろう」
 トラスティンが嬉しそうに、
「いやあ、養子の件がお流れになってよかったよ。こんな可愛い娘をよそにやるなんて、とんでもない!」
 正確には、完全に消えたわけではなく保留になっただけなのだが、シンビオスもメディオンも、敢えて突っ込まなかった。
「そのうち、お嫁にやるのも嫌、とか言い出しそうね」
 と、マーガレットがからかった。

 朝食の後、シンビオスとメディオンはアグリードも連れて、湖に行った。今日は一日ここで遊ぶから、お弁当やお茶などを持ってきている。
 トラスティンが多忙のため一日だけだが、夏になるとこの湖に遊びに来るのが、領主一家の恒例行事だった。だが、今年はラベンダーがいるため、中止になってしまったのだ。
 表面には出さないものの、アグリードは酷く落胆していたらしい。
 それが、大好きな叔父さん達と来ることができて、よほど嬉しかったのだろう。本当に子供らしく大はしゃぎしている。
 そのため、夕方の帰る時間になったときには、遊び疲れたアグリードは眠ってしまっていた。
 メディオンが荷物を持ち、シンビオスがアグリードをおんぶする。大した距離でないのが幸いだ。
「シンビオス、重くないかい?」
 メディオンの方も、濡れた水着やらタオルやら諸々が結構重いが、子供に比べれば大したことはない。
「代わろうか?」
「大丈夫だよ、このくらい」
 自分の甥だから、ということで、シンビオスはアグリードをおぶっている。この辺が彼らしいところだ。
 傾きかけた陽射しが、影を地面に長く伸ばす。
 メディオンは、シンビオスとアグリードをまじまじと見つめて、
「そうしていると、親子みたいだね」
「…せめて、『兄弟』にしてくれないかな」
 シンビオスが顔を顰める。
「ああ、ごめん。----本当にそっくりだ、って言いたかったんだ」
「そう? ならいいけど」
 シンビオスはちょっと腕を上げて、アグリードの体を持ち上げた。
「確かに似てるよね。姉にも言われたよ。アグリードって、子供の頃のぼくにそっくりなんだって」
「へえ、やっぱりね」
「メディオンはお母様似だよね。----よかったね、皇帝に似なくて」
 そのシンビオスの言い方に、メディオンは笑ってしまった。実は、子供のときから二人の兄に、線が細くて貧相で全然貴族的じゃない、と散々言われ続けていたのだ。
「よかった、って、どうしてだい?」
 メディオンはなんとなく訊いてみた。
「だって、皇帝って凄く目が冷たいから。魔族でもないのに、あんな冷酷な瞳をしてる人はいないよ。----その点メディオンは…」
 シンビオスはメディオンの目を覗き込んで、
「メリンダ様と同じ、優しい目だね」
「ありがとう」
 メディオンはシンビオスを立ち止まらせて、彼の頬にキスした。
「…だから、ちゃんとしてってば」
「そうだったね」
 メディオンは改めて、シンビオスの唇に軽く自分の唇を触れさせた。
 それから、二人は再び城に向かって歩き出した。----今夜も熱い夜になりそうだ。

 そうして一週間、フラガルドからの緊急召還もなく、天気にも恵まれ、シンビオスとメディオンは夏休みを満喫した。お陰で、シンビオスの夏バテもどこかに吹き飛んでしまったようだ。
「では、義兄上、姉上、お世話になりました。アグリードも、いろいろありがとう」
「楽しかったです。また来てくださいね」
 アグリードが、シンビオスの手に掴まって、名残惜しそうに言う。
「今度、フラガルドにも遊びにおいで」
 と言って、シンビオスは、小さな甥の頭を撫でた。
 マーガレットに抱かれたラベンダーが、大きな青い目をぱっちりと開けて二人を見送っていた。

「----ああ、夏休みも終わっちゃったな」
 陽射しに目を細めて、シンビオスは空を見上げた。
「アスピアに着いたら、早速仕事か。こんなにいい天気なのに」
 フラガルドに戻る前にアスピアに一泊するようにと、ベネトレイムに言われているのだ。ついでに、トラスティンからも、ベネトレイム宛の書類を預かっている。楽しい休暇は終わって、再び仕事の毎日が始まるのだ。
「また夏バテになりそう」
 この台詞に、メディオンは笑って、
「それなら、今度はジュリアンの所にでも行こうか。あそこは一年中寒いそうだから、夏バテしない代わりに風邪をひくかもしれないけどね」
「……………」
 シンビオスはメディオンをちょっと睨んで、
「…解ったよ。真面目に仕事するよ」
 と、小さく溜息をついた。


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