風のうなり声が、耳許を通り過ぎていく。
「----丁度、あんたに訊きたいことがあったんだ」
 目の前の男にアーサーは言った。会った当初は、その独特の雰囲気に呑まれがちだったが、今ではなんということはない。----自分も同じ立場になった今では。
「なあ、永遠に生きるって、どんな感じだ?」
 男の表情はぴくりとも動かない。アーサーは続けて、
「やっぱり楽しいだろ?」
 質問というより、確認のような強い口調。アーサーは答を求めていたのではなかった。ただ、肯定してほしかったのだ。
「…楽しい、か」
 男はフ、と嘲笑した。異様な容貌からは想像できないようなバリトンの声が、アーサーに重くのしかかる。
「アーサーよ。人は何故不老不死を望む?」
 質問していたのに逆に訊ね返されて、アーサーは戸惑った。
「…それは…、死にたくないからだろ」
 そう答えると、男は頷いた。
「だが、アーサー、人は終わりがあるからこそ、精一杯生きていけるのではないか?」
 アーサーは苦しげに顔を歪めた。男の言う通りだ。ゴールのないレースなど、誰が出たがるだろう。
「ならば、先ほどのおまえからの問いに対する、私の答も解るだろう」
 男は容赦なく言った。凍る程冷たく、それを融かし切らない程の同情を込めて。
「逆に訊ねよう。不老不死の者は何を望むと思う」
 アーサーは首を振った。絶望が胸を覆う。こんな恐ろしい現実を口にしたくなかった。
 地の底から湧き出るような声で男は笑った。
「なあ、巧くいかないものよ。そうは思わぬか? …命に限りある者が永遠に生きたいと願い、永遠の生を生きねばならぬ者が…」
「言うな!」
 アーサーは耳を塞いだ。最初から風の音だけを聴いていればよかったのだ。何も知ろうとせずに。
「いくら耳を塞いでも、現実からは逃れられぬ。----答えてやろう、最初の問いに」
 男の声が忍び込んでくる。
「不老不死とは、自分だけ取り残されるということだ」
「----ガルム!」
 男の名を叫んだ瞬間、アーサーは独りになっていた。
 後は、ただ風だけが彼を取り巻いていた。


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