旅の途中で、『訪ねていっていいか』と手紙を書き送った。
 次の町に先回りして届いていた返事には、『待っている』とだけあった。
 それからどの位経ったのだろう。
 アーサーは数えようとして、結局止めた。彼にとって、年月など意味がない。
 あるのは、やっと到着した、という安堵感のみだった。
 ローディの許に行く前に、町を歩いてみた。
 どこか懐かしい感じがする。そういえば、ローディの故郷であるファーイーストの村に似ているようだ。勿論、規模からいえばこの国の方が大きいが、きれいに整えられた町並みとか、全体に漂う平穏なムードなどが同じなのだ。そういえば、行き交う人々も同じような服装をしている。
 他国との交易も盛んなようで、明らかにこの国の住人ではない人達と、アーサーも何回かすれ違った。
 途中、立ち寄った酒場も、そういった人々で溢れかえっている。
 アーサーはカウンターに座り、酒を注文した。
「----この国は初めてだね?」
 主人が声をかけてくる。見掛けは愛想のない雰囲気だが、結構気さくなようだ。それでなくては、客商売は勤まらないだろう。要は、『主人』というより、親しみを込めて『オヤジ』といったほうがぴったりくるタイプだ。
「来た客みんな、覚えてるのか?」
 アーサーが尋ねると、オヤジは得意そうに自分の頭を指した。
「ここに全部入ってる。こう見えても、記憶力はいい方でね」
「へえ。----ところで、ここの王様はどんな人だ?」
「どんなも何も、この国を見たら判るだろ。こんないい国、あんた他に知ってるかい?」
「確かに、滅多にないね」
 アーサーの返答に気をよくしたオヤジは、アーサーの空になったグラスに酒を注いで、奢りだよ、と愛嬌たっぷりの笑顔を見せた。
 オヤジが語るには、以前この地方には小国が乱立し、小競り合いを続けていたという。そのため住人達は重い税をかけられ、疲弊していた。税金を払うために休む間もなく作物を栽培していたので土地も荒れ放題だったとか。
 そこに、今の王がやってきた。彼は不毛な争いを続ける君主達を諌め、バラバラだった小国を一つに纏めたという。
 彼の手腕は大したもので、10年経たぬうちに国は豊かになり、人々も安楽に暮らせるようになった。
 他国から攻め込まれたことも何度かあったが、いずれも王が追い返した。やがて彼の強さが知れ渡ったらしく、最近ではちょっかいを出してくる国もなくなった。
「----本当に、うちの王様は大したもんでさあ」
 オヤジはそう言ってから、アーサーの顔をまじまじと見て、
「あんたまで、なんで得意げな顔なんだい?」

 酒場を出て、アーサーはやっと王宮に向かった。
 城門の前にいた二人の兵士が顔を見合わせる。アーサーが口を開く前に、
「アーサー殿ですね?」
 と訊いてきた。
 アーサーは頷いて、念のため、ローディからの手紙を見せた。
 すぐに、中に通される。
 王宮といってもさほど広くなく、装飾も質素だ。その辺はローディらしい。
 開いたままのドアから、案内の兵士の後について中に入る。そこにローディの姿を見たとき、アーサーはなんだか、やっと終息の地を見い出した気分になった。
 案内の兵士はすぐに去っていく。
 ローディは、10年前とさほど変わっていないように見えた。子供から大人になったジュリアンと違い、彼は既に成人していたのだから当たり前ではある。強いていえば、前よりもより落ち着きが増し、威厳も貫禄も備わったようだ。
「----遅かったな、アーサー」
 ついさっき別れたばかり、といったような口調で、ローディは呼び掛けてくる。
「そうかな。これでも精一杯急いだつもりなんだが」
 アーサーは勿論、手紙を出してからここに着くまでの時間のことを言われたと思ったのだが、
「10年が精一杯か?」
 と問われて、少々困惑した。
「10年って…。別れてからのことか? 遅かったってどういう意味だ?」
 ローディはアーサーに椅子を勧め、自分は向いに腰を降ろした。
「そういう意味だ。----もっと早く来るかと思っていたんだが」
 とは言っても、ローディは別に不機嫌そうでも不満そうでもなく、むしろ嬉しそうだった。
「もしかしたら俺のことなど忘れているかとも思っていたが----、来てくれたんだな」
「何を勝手なことを言ってるんだ」
 アーサーは苦笑して、
「大体、最初にいなくなったのは、おまえの方だろうが、ローディ」
 そう。あの戦いが終わったとき、ローディはいつの間にかアーサーの前から姿を消していたのだ。
 そしてそのことを、アーサーは別に気にも留めなかった。
 出会いがあれば別れがある。前の晩に飲み明かした相手が、次の夜には墓の中、なんて珍しいことじゃない。そう簡単に他人に心を預けていては身が持たない。
 それが、長い傭兵生活の末にアーサーが学んだ処世術だった。
 だから、それほどローディに執着していたわけではなかった。----少なくとも、自分ではそう思っていた。
 ところが、いつもなら数日で、会わなくなった他人を----一緒に仕事をした人も含めて----気にしなくなるアーサーなのだが、何故かローディのことだけは心のどこかに引っ掛けたままだった。
 一緒に、世界を救うほどの大仕事をしたから、というだけではない。他のメンバーのことは、(数日とはいわないまでも)数カ月でさほど思い出さなくなったからだ。
 この心の働きを不思議に思いながらも、10年何もせずに過ごしてきた。彼の動向についてまったく耳に入ってこなかったこともあって、もう会えないものと諦めていたのだ。ジュリアンに再会し、ローディの消息を聞かされなければ、恐らくそのまま過ごしていっただろう。
 ローディは、ちょっと困った顔をした。
「あのときは、あまり深く考えてなかったんだ。----おまえのことも、すぐに忘れるだろうと思っていたんだが…」
「だが、なんだ?」
「最近、どうもおまえのことが思い出されてな。国政が安定して、昔を懐かしむ余裕ができたからだろう。----おまえのことを捜し出すつもりだった」
「なるほど。俺の方が一足早かった、ってわけだ」
「ああ。おまえから手紙が来たときは、正直驚いたよ」
 と言って、ローディは立ち上がった。
「----さ、積る話は後にしよう。アーサー、取り敢えず部屋に案内するよ」
 アーサーも立ち上がり、
「おまえと同じ部屋か?」
 冗談交じりで言う。
「いや。残念だが隣の部屋で我慢してくれ。俺の部屋は狭くてな」
 ローディも軽く応じた。----こういう会話の軽妙さは、10年前とまるで一緒だ。あのときも、こういう軽口を叩き合いながら、冒険したものだった。
「そりゃあ、確かに『残念』だ」
 と言って、アーサーは笑った。

 その夜、二人は一献傾けながら語り明かした。昔のこと、今のこと、----そしてこれからの話になったとき、
「なあ、ローディ。俺はずっとこのままの姿だけど、ここにいていいか?」
 アーサーは訊いた。今まで、一つ所で暮らせなかった身だ。ヒュードルは忌み嫌われる存在だが、イノベータは畏れ敬われる存在だ。普通の人々には受け入れ難い存在なのだ。なればこそ、住む人の少ない北の地で、アーサーはひっそりと暮らしていくつもりだった。
 ローディは呆れたようにアーサーを見た。
「それをいうなら、俺は年を取るぞ? アーサー、それでもおまえはここにいるつもりか?」
「いる。おまえが年を取っても、そしてその後いなくなってしまっても、俺はここにずっといる」
「それなら、くだらないことは気にするな」
 ローディは微笑んで、アーサーのグラスに酒を注いだ。
「そうだな。ほんと、くだらないな」
 アーサーも破顔して、ローディに返杯する。
 二人は軽くグラスを触れ合わせた。それは二人にとっての『始まり』の合図だった。


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