シンビオスが図書室に行ってみると、先にメディオンが本を読んでいた。
「メディオン様、こちらにいらしたんですか」
 シンビオスがそう声をかけても、メディオンは顔も上げず、
「うん…」
 と生返事を返すだけだ。
 シンビオスは嘆息した。メディオンときたら、本を読み出すとてんで周りのことに気がいかなくなる。例えば、目の前でおだてられた豚が木に登ったとしても、普段なら興味を示すだろうが、読書中となるとまったく関心を持たなくなるのだ。
 それを承知しているシンビオスも、いつもならメディオンと並んで別の本を読むところだ。しかし、今はそうではなかった。なんだかメディオンに構ってほしい気分だった。
 シンビオスはメディオンが座っているソファの後ろに廻り込むと、メディオンの首に腕を廻して覗き込んだ。
「何を読んでるんですか?」
「君が前にくれた本だよ。『ワンマンな父に克つためには』」
 メディオンは相変わらず本に目を落としたままだ。
「…もう必要無いのでは…?」
 確かに、シンビオスはメディオンにその本を贈った。でもそれは、切り替えポイント戦のときだ。助けてもらったお礼と、メディオンの苦労を察したからである。
 今、メディオンはフラガルドにいて、もう帝国に戻る気はないとシンビオスに言ってくれた。皇帝の許を離れたのだから、そんな本は不要のはずだ。
「…メディオン様、帝国に戻りたいんですか?」
 シンビオスはかなり勇気を振り絞って訊ねたのだが、
「いや、全然」
 メディオンはまったく意に介していないようだ。あっさりした口調で、
「結構面白くてね、この本。ふと読み返したくなったんだ」
 本当に? と続けて質問しようとして、シンビオスはやめた。今のメディオンは、訊ねられたことにただ返事をしているだけに過ぎない。シンビオスがどういう気持ちから質問しているのかなんて考えていない。本のことで頭が一杯なのだから。
 シンビオスは面白くなかった。どうしてもメディオンから本を引き離して、自分に関心を向けさせてやりたい。
「ね、メディオン様…」
 シンビオスはメディオンの耳に囁いた。だが、どうもやりにくい。ソファの厚い背もたれが邪魔なのだ。
 シンビオスは背もたれを跨いで、ソファの上に転がった。ダンタレスやグレイスが見たら、行儀が悪い、と眉を顰めて叱っただろう。
 シンビオスはメディオンの膝の上に、ちょこんと腰掛けた。
 それでも、メディオンはこちらを見ようともしない。凄い集中力だ。シンビオスは諦めかけたが、同時にここで止めるのも癪な気がした。
 シンビオスはメディオンの膝から下りて脇に廻ると、メディオンの腕を持ち上げて頭を差し込み、胸の前に顔を出した。
 これにはさすがに、メディオンも目を丸くした。
「シンビオス、なんだい?」
 シンビオスはメディオンを見上げて、
「メディオン様、本、面白いですか?」
「ん? ま、まあね」
「ぼくとどっちが興味ありますか?」
 メディオンは微笑んだ。やっと本を閉じて、
「そうだね。君の方がよっぽど魅力があるよ、シンビオス」
 シンビオスの体を抱き上げると、優しく口付けながらソファに押し倒した。
 ----弾みで本が床に落ちたが、その後暫くの間は放っておかれた。


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