薄れゆく意識の中で、ジュリアンは確かに聴いた。この世界で自分が最も憎んでいる男の声を。
『まだだ、ジュリアン。ここで死なせはせぬ。おまえにはまだ…』
 やるべきことが残っている。

 気が付くと、川辺に倒れていた。そう遠くない場所で戦いの音がする。
 一方は仮面邪教層。他方の軍の中に、ジュリアンは見覚えのある姿を見つけた。
 一瞬にして自分の立場を悟ったジュリアンは、そのままメディオン軍に合流した。
 戦闘後、バーランドの本陣でジュリアンの話を聴いたメディオン軍の面々は、彼のあまりの運の強さに呆れ半分だった。
「あの国境の滝でしょ? あんなとこから落ちて、よく生きてたわねぇ!」
 シンテシスが大仰な声をあげて、ウリュドに窘められている。
 ジュリアンは苦笑しつつ、
「いいさ。俺自身、信じられねえからな」
 と言った。それから顔を顰めて、
「ただ、残念なのは、ガルムをしとめられなかったってことだ。俺が生きてるなら、ヒュードルであるあいつも死んでるはずがねえからな」
「ガルムといえば、メディオン様…」
 キャンベルが主を見やる。メディオンは頷いた。
「うん。ジュリアン、君の言う通り、ガルムは生きている。君達が滝壷に落ちたより後に、我々はガルムに会っているからね」
 ジュリアンは、思わず椅子から立ち上がった。
「本当か?」
「デスヘレン司祭を追い払ってくれた上、忠告まで与えてくれた」
 メディオンの言葉に、ジュリアンは衝撃を受けた。再び椅子に崩れるように腰を降ろすと、
「…どういうつもりなんだ。あいつ、一体何を企んでやがる」
 苦い口調で呟く。
「でも、ジュリアン。たぶん貴男を助けたのも…」
 言いかけたシンテシスの口を、ウリュドが咄嗟に塞いだ。親の仇に命を助けられたなど、このプライドの高い傭兵にとっては、万死に値する屈辱だろう。
 ジュリアンは長々と息を吐いた。
「やっぱりそうか。あいつが俺を…」
「できれば知らせないでおきたかったんだが」
 表情を曇らせるメディオンに、ジュリアンは首を振った。
「いいさ。そんな気はしてたんだ。大体、あんな所から落ちて生きてるなんて、よっぽどのことがなきゃな。それに…」
「『それに』、なんだね?」
 ジュリアンは肩を竦めて、
「俺にはまだ、やらなきゃならねえことが残ってるんだとよ」
「ガルムがそう言ったのか?」
「聞き間違いじゃなきゃ、な」
「そうか」
 メディオンは少し考えてから、
「では、それが見つかるまでの間、我軍にいてくれないか? 君の力を貸してほしい」
「構わねえが、やることが見つかったら、すぐに抜けるぜ」
「承知した」
 メディオンが手を差し出す。ジュリアンはしっかりとその手を握った。

 程なくしてジュリアンは、自分のすべきことを見い出した。
 グラシアを護る。
 ワルキューレだの、帝国首都を救うだのは、ジュリアンにとっては二の次だった。
 彼はグラシアに、昔の自分を見ていた。父を殺され、養父も失い、たった独りで世界に放り出されたときの自分を。
 あんな思いは、もう誰にもさせたくない。神子とはいえ、グラシアはまだ子供なのだ。
 ----きっと護ってみせる。
 それこそが自分の運命だと、ジュリアンは強く心に感じた。


HOME/MENU