昼前に、シンビオスとダンタレスはアスピアに着いた。素通りして真直ぐマロリーに向かえば、夜中には到着する。しかし、シンビオスは今はアスピア城に立ち寄った。
 悪夢のような帝国の侵攻によって破壊し尽くされた首都も、逞しい共和国民達の手によって昔の美しい姿を取り戻しつつあった。フラガルドを始め他の町からも人が派遣されていたし、メディオン軍とジュリアン軍のメンバーのうち、ここに残っている者達も手伝ってくれている。
「----シンビオス。いきなりどうしたのだ?」
 ベネトレイム代表国王は、突然のシンビオスの来訪に驚いたようだ。
「マロリーに行かなくてはならないのです」
 シンビオスは簡潔に答えた。そして理由を訊ねられる前に、すぐ付け加えた。
「通りかかったついでにお顔を、と思いまして」
「私はついでか」
 ベネトレイムはそれ以上追及することなく、ただ苦笑した。
 ダンタレスも交えて、シンビオスとベネトレイムは政治向きの話を幾つかした。
「----仕事の話はこんなところだろう」
 ベネトレイムは表情を緩めた。
「ついでとはいえせっかく来たのだから、のんびりするといい、シンビオス」
 シンビオスは頷いて、
「メリンダ王妃はどちらでしょう? メディオン王子からの預かり物があるのですが」
「恐らく、城下を見回ってなさるだろう。アスピア復興に集まった者達の労いをしてくださるのだよ」
「お優しい方ですからね」
 ダンタレスが納得げに言う。
「じゃあ、行ってみます。他の人達にも会いたいですし」
 シンビオスはベネトレイムに頭を下げて、部屋を出た。

 メリンダを始めとする各軍の女性達は、城下の外れでお昼の準備をしていた。
「まあ、シンビオス殿、ダンタレス殿」
 メリンダが美しい顔を驚きで満たして、
「いつ、こちらに?」
「つい先ほどです、王妃」
 シンビオスは少し照れたような表情をした。母をよく覚えていない彼は(姉が代わりになってくれてはいたが)、メリンダのことを理想の母親として見ているところがあった。
「メディオン王子から預かり物があるのです」
 シンビオスは小さな包みと手紙を差し出す。
「まあ、ありがとう」
 にっこりと微笑むメリンダの後ろから、
「シンビオス殿。あたしには?」
 シンテシスが顔を出した。
「勿論、ありますよ」
 シンビオスは笑いながら、彼女にも品物を手渡す。
「ありがとうございます」
 シンテシスは嬉しそうに受け取った。そして、恐れを知らない強い瞳でシンビオスを見上げて、
「シンビオス殿。メディオン様にお伝えくださいますか? お手紙ばかりでなく、たまにはこちらに来てください、って。王妃様もイザベラ様も、やっぱり寂しそうなんです」
「そうですね」
 シンビオスはふと目を伏せた。
「申し訳ないと…、思っています。私の我が儘で、王子をフラガルドに引き留めてしまって…」
「ああ! やめてください、シンビオス殿!」
 シンテシスは慌てた。当然だろう。何の気なしに言った言葉に、相手がこれほどの反応を示しては。
「あたしはそんなつもりじゃ…! 困ったな。顔を上げてくださいよ」
「すいません。貴女を困らせるつもりじゃなかったんですが…」
 シンビオスはなんとか笑顔を作ってみせる。シンテシスも一応安心した。
「…ところで、イザベラ殿はどちらでしょう?」
 シンビオスの問いに、大事な王女の名前を聞き付けたブリジットが答える。
「さっき、向こうの方に歩いて行かれましたよ」
「ありがとう、ブリジット殿。行ってみます」
 シンビオスは軽く頷いた。
「----シンテシス殿、本当に失礼しました」
「い、いえ…」
 シンビオスの後ろ姿を、シンテシスは不思議そうに見送った。
「----あれ? シンビオス様は?」
 他の者達と話していたダンタレスが、周りを見回している。
「ダンタレス殿」
 シンテシスは声をかけた。
「シンビオス殿は一体どうされてしまったんですか? いつもとは違っていましたが」
「ええ、まあ…」
 ダンタレスは暗い顔で、答えにならない答えを返すだけだ。
「いろいろと、悩みがおありなのでしょうね」
 メリンダがぽつりと呟いた。

 町の中央、噴水の辺りで、シンビオスはイザベラを見つけた。
「…イザベラ殿」
 声をかけると、イザベラはぱっと振り向いて、
「シンビオス殿! いらしてたんですね」
 嬉しそうに微笑む。
「お久しぶりです」
 シンビオスも微笑んで、上品に会釈した。
「メディオン兄様はお元気ですか?」
「ええ。…これをお預かりしておりました」
 シンビオスが差し出した包みを、イザベラは大切そうに受け取った。
「ありがとうございます、シンビオス殿」
「いえ」
 なんとなく無言になって、二人は噴水の傍らに佇んでいた。丁度昼時なので、復興作業を休んで食事にしようと、大勢の人達が彼らの脇を通り過ぎて行く。
「…あれは…」
 シンビオスが呟く。
「え?」
「歌が、聞こえます」
「ああ…。旅の吟遊詩人達がいらしているのですわ」
 イザベラは納得したように頷いて、
「とても綺麗な方達なのですよ」
「知っています」
 シンビオスは、歌が聞こえてくる方に目を向けたまま、
「ドルマントで会いましたから」
「ドルマントで?」
「ええ。…リハビリ中に、色々話をしました」
「そうでしたか…」
 イザベラはシンビオスの横顔をじっと見つめていたが、やがて残念そうに、
「では、私、お昼のお手伝いがありますから…」
 シンビオスはイザベラに目を移した。
「お引き留めしてしまってすいません」
「いえ。…お会いできて嬉しかったですわ」
 ほんのり頬を染めてそう言うと、イザベラは身を翻して弾むような足取りで駆けて行ってしまった。
 シンビオスは歌声の方に足を向けた。
 張りのある甘いテノール。
 ヴァイオリンの切なげな響き。
 人垣ができている。みな美しいものに魅かれるのだ。
 シンビオスが人垣に近付いたのと同時に、歌が終わってしまった。盛大な拍手が起こる。
「ありがとう」
 歌い手が優雅に腰をかがめた。柔らかくウェーブした輝く黒髪がゆれる。美しい。そうとしか言い様のない青年だ。顔も声も体も動作も、総てが美の結晶でできている。
「午前中はお終いです。また夕方に」
 ヴァイオリン弾きが、陽だまりのような笑顔を見せた。シンビオスと同じ年頃の、可愛い少年。春のような穏やかなムードが全身を取り巻いている。
 人々は後ろ髪を引かれるような様子で、それでも素直に散っていき、後は吟遊詩人達とシンビオスだけが残った。
「シンビオス殿。お久しぶりですね」
 少年が嬉しそうに声をかけてくる。
「お元気そうで何より」
 青年も華やかな笑みを浮かべる。
「貴男達も」
 シンビオスは笑顔で答えたが。
 少年はその紅茶色の瞳でシンビオスをじっくりと見つめて、
「…中途半端なお顔をなさってますね」
「は?」
 どういう意味か図りかねる。シンビオスは訊ね返した。
「ああ、失礼。…今のままで充分幸せなのに、そのことが却って貴男を悩ませている。…違いますか?」
「……………」
 シンビオスは目を見開いた。言葉なく立ち尽くす。
「座りませんか?」
 青年が囁くように声をかけて、その場に腰をおろした。少年も続く。シンビオスも素直に従った。
「一曲、プレゼントしましょう」
 青年が言って、エメラルドの瞳を少年に向ける。少年は顎にヴァイオリンを挟んで鳴らしはじめた。
 伸びやかな声で、青年は歌を紡ぎ出す。
   ♪----愛する人よ 許してほしい 君の他に大切なものがある俺を
      どちらを選べばいいのだろう? 俺はいつも悩んでいる
      君は俺のために総てを捨ててくれたのに 俺はまだ思い切れずにいる
      君のために総てを捨てることを----♪
 シンビオスは愕然とした。それこそが彼を悩ませていることだったからだ。
 今回は会うだけでいい。だけど、次は? 断りきれない縁談が入ってきたら? フラガルド領主として、彼は彼の民に責任がある。自分の幸せより、彼らの幸せを優先しなくてはならない。
   ♪----君を愛している これは本当だ 君を離したくない
      だけど 俺にはやらなくちゃいけないことがある
      どちらかなんて選べやしない どちらも大切なことなんだ
      ああ どうか許してほしい 愛する人よ----♪
 ヴァイオリンの哀しい調べが空に消える。
「…一体、どうして…?」
 呆然と呟くシンビオスを、少年は静かに見つめた。
「シンビオス殿。貴男が相手を想い相手が貴男を想う、その気持ちが本当なら、運命は貴男達を決して見捨てはしません」
 シンビオスは少年を見た。その視線を包むように受け止めて、
「躊躇わずにマロリーに行っていらっしゃい、シンビオス殿」
 少年は柔らかいそよ風のような声で告げた。
「そこで貴男はある知らせを受け取ります。それは貴男と貴男の愛する人、そしてフラガルドの未来に光明をもたらすでしょう」
「……………」
 シンビオスは苦しげな表情で俯いた。それを信じられたらどんなにいいだろう。
 再びヴァイオリンが、今度は明るいメロディを奏でた。
   ♪----君に逢うまで どうやって生きてきたか思い出せない
      君がいなくて どうやって生きていけばいいか解らない
      君が満足してくれれば 俺は本当に幸せ
      君が笑顔でいてくれれば 俺にとっても喜び
      俺が君を必要としているのを 神はちゃんとご存知だったんだ
      だって 君は俺の心を埋めてくれた
      君に逢うまで どうやって生きてきたか思い出せない
      君がいなくて どうやって生きていけばいいか解らない
      君は俺を愛してくれた
      それに相応しい男でいたい----♪
 その美しく心地いい歌声を聴いているうち、自分の中から悩みが抜けていくのをシンビオスは感じた。
 ----一体、何を悩んでいたんだろう。
 シンビオスは思った。自分の右手を苦痛なく切り落とすことができないように、自分の人生の中からメディオン王子を締め出すことなどできやしないのに。答えは最初からでていたのだ。こんなにも彼を愛しているのに。そして、王子もそれを知っていて、敢えてぼくに選ばせようとした。
 ----人が悪いな。帰ったら思いっきり文句を言ってやらないと。
 シンビオスは微かに笑みを浮かべた。
「…決心がついたようですね」
 青年の言葉に、シンビオスは顔を上げて、真直ぐに彼らを見つめた。
「お陰さまで。…貴男達を信じましょう」
 シンビオスは微笑んだ。何しろ、彼の悩みを知り、なおかつ彼がマロリーに行くと知っていたような者達だ。シンビオスは一言も洩らさなかったにも関わらず。
 美しい吟遊詩人達は顔を見合わせ、シンビオスの心を読んだかのように、決まり悪そうに笑った。
 シンビオスは立ち上がった。
「ありがとう、本当に。…もう行きます。連れが心配しているといけないので」
「道中、お気を付けて」
「ご幸運を」
 少年と青年も立ち上がって、優しく応える。
 シンビオスは深々と一礼すると、振り向かずに去っていった。
「----あれでこそ、『炎の虎』だな」
 青年が歌うように言った。
「いい瞳だったね」
 少年が頷く。
「…ところで、『光明』ってなんだよ?」
 青年の問いに、少年は可愛らしく笑って、彼の耳に何か囁く。
「…へえ! そりゃあ良かったな」
 青年は明るい声を上げた。
「で、どっちだ?」
「そこまではちょっと。まだできたてだし」
 少年はのんびり首を傾げて、
「そのうち、お祝に行かないとね」

 戻ってきたシンビオスの顔を見て、ダンタレスははっとした。
「ダンタレス、心配かけたね」
 そう言って穏やかに微笑む瞳は、以前の強さと輝きを取り戻している。
「いえ、そんなことは」
 ダンタレスは嬉しそうに主人の顔を見つめた。
「何かいいことがあったのですか? シンビオス様」
「うん。心を決められたよ。凄くいい気分だ」
「そうですか」
「後はマロリーで、いい知らせを聴くだけだよ」
 シンビオスの言葉に、ダンタレスは一転、厳しい表情になった。これからお見合いに行くマロリーで『いい知らせ』とは? 心を決めた、とはそういう意味なのか?
 ダンタレスは暗い口調で訊ねた。
「シンビオス様。…メディオン王子はどうなさるおつもりですか?」
「え? …ああ、ダンタレス、君、酷く誤解しているね?」
 シンビオスは苦笑した。
「大丈夫。私は王子の手を離す気はないよ」
「では?」
 混乱を顔に出して呟くダンタレスに、
「マロリーに行ったら判るよ」
 シンビオスは片目を閉じて言った。

 執務室から中庭を見て、キャンベルはため息をついた。
 舞い散る葉が美しい。
「おまえはなかなかロマンティストだな、キャンベル」
 机に向かって書き物をしていたメディオンは、書類から目を離さずに言った。
「それもありますがね、メディオン様」
 キャンベルは頭を振りながら、
「シンビオス殿のことを考えていたのですよ、私は」
「恋煩いかい?」
「…メディオン様」
「冗談だよ。…そんな恐い声をださないでくれ」
 苦笑いするメディオンに対し、キャンベルはもう一度息を吐き出して、
「…今頃、お見合いの最中でしょうな」
「だろうね」
「…随分平然としてらっしゃいますね?」
 咎めるキャンベルの台詞に、メディオンは、しかし笑いを洩らした。
「何が可笑しいのですか?」
 キャンベルは疲れた声を出した。主の考えていることが読めない。珍しいことだった。
「シンビオス殿にも同じことを言われたんだよ」
 メディオンは笑いながら言ったが、キャンベルには笑い事ではない。
「シンビオス殿も…。…メディオン様、貴男はなんと答えられたのですか?」
 メディオンはやっとキャンベルの方を見た。
「『君を信じている』と」
「『信じている』…?」
 メディオンは柔らかく頷いた。絹糸のような金の髪が揺れ、青緑の瞳が遠くを見つめる。
「キャンベル。私はシンビオス殿の傍を離れる気はないんだよ。たとえ彼がどんな選択をしようと、私は彼の力になりたいと思っている」
 キャンベルは自分の主人をじっと見つめて、
「それは…、たとえ一生を日陰の身で過ごすことになっても、という意味ですか?」
「随分古い言い回しだが、的確な表現だね」
 メディオンは微笑んだ。
「でも、そうはならないだろう。シンビオスは誠実な人だから」
「そのお気持ちを、シンビオス殿にお伝えしたのですか?」
「いや。まだだ。取り敢えず、『君に従う』とだけ言っておいた。後は彼がどういう選択をしたか確認してから、私の本当の想いを伝えるつもりだ」
 キャンベルは顔を顰めた。
「シンビオス殿がお気の毒ですよ、それじゃあ。貴男への想いとフラガルド領主としての立場との間で、思い悩まれているのではないですか? 貴男が早くご自分のお気持ちを伝えておけば…」
「でもこれは、彼が決めなければいけない問題なのだよ、キャンベル。領主として、これからの共和国を支えていく一人として、避けて通れないことなんだ」
 真剣な、そして苦しげな陰が浮かぶメディオンの顔を見て、キャンベルはやっと気付いた。メディオンも辛いのだということに。いくら信じているとはいえ、不安を感じずにはいられないのだろう。
 キャンベルは、メディオンの肩を後ろから抱いた。父親が息子にするように。

 濡れた髪をバスタオルで拭いながら、メディオンは浴室から出てきた。所在なげにベッドに腰掛ける。
 昨日お見合いをしたシンビオスが今朝マロリーを発ったとしても、またアスピアに寄れば戻ってくるのは明日の昼頃だろう。
 ----私の心は決まっているはずなのに…。
 メディオンは苦笑した。やはりシンビオスが戻ってきてその決断を聴くまでは心が騒ぐ。彼が出かけてから、ろくに眠れぬ夜が続いている。
 我知らずため息をついたメディオンの耳に、微かな音が聞こえた。応接室のドアを静かに開く音。
 時計を見て、メディオンは首を傾げた。こんな夜中に? 一体誰だろう。眠っていると思って遠慮しているのか。
 メディオンは応接室とのドアを開けた。丁度前に立っていたその人物が、不意を衝かれて立ち竦む。
 だが、メディオンも負けず劣らず驚いた。
「…シンビオス?」
「ああ、びっくりした。いきなり開けるから…」
 シンビオスは胸に手を当てて息をついた。
「驚いたのはこっちだよ。今日戻るとは思わなかった」
 メディオンはシンビオスの頬に手を伸ばした。幻じゃないかと思ったのだ。しかし、触れた肌は確かに暖かい。
「一刻も早く、貴男にお会いしたかったんです」
 シンビオスはメディオンの手に自分のを重ねて、少し疲れた顔で言った。
「私も会いたかったよ、シンビオス」
 メディオンはシンビオスの肩を抱いて、部屋の中に入れた。
「ダンタレス殿も一緒に戻ったのかい?」
「いえ。…王妃達から貴男宛の手紙があるから、彼はアスピアに残してきました」
「じゃあ、君一人で?」
「ええ。さすがに疲れました。…汗を流してきます」
 シンビオスは浴室へと入って行く。メディオンはその間に、カモミールティを入れた。
 15分ほどでシンビオスが出てくる。
「さあ、シンビオス、これを。落ち着くよ」
 メディオンは甘い香りを漂わせたカップをテーブルに置いた。
「ありがとうございます、メディオン王子」
 シンビオスは椅子に座って、カップを両手で包むようにして飲む。その様子を愛おしげに見つめながら、
「お見合い、どうだった?」
 メディオンは訊いた。
「その話は後にしませんか」
 シンビオスはカップの中身を飲み干して、メディオンを見上げた。
「ぼく、貴男に飢えてるんです」
 メディオンは微笑んで、シンビオスをベッドに導いた。

 …まだ指先まで痺れている。
 シンビオスの総てを知り尽くしたメディオンの巧みな愛撫は、彼の全身を快感で覆っていった。シンビオスはうっとりと目を閉じて、それに身を委ねた。
 そうして、三日振りに愛し合った充足感で身も心も満たされて、二人はまだ冷めやらぬ肌を寄せ合っていた。
「…それで、お見合いはどうだった?」
 ぼんやりとした声でメディオンは訊ねた。
「ああ…。そうですね」
 答えるシンビオスの声も霞がかかっていて、それでも幾分悪戯っぽく、
「結構可愛い人でしたよ」
「ふーん」
「優しいし」
「ふーん」
「…おしとやかで」
「ふーん」
「……………」
「……………」
「…それだけですか?」
 シンビオスは頭を巡らせてメディオンを見た。
「他に何を言ってほしいんだい?」
 メディオンの声は笑っている。
「何、って、別に…」
 不満そうに呟くシンビオスの、微かに尖らせた唇がキスをねだっているようで、メディオンは律儀にそれに応じた。
「…んっ…」
 まだ余韻を残していたシンビオスの体が震えた。無意識にメディオンを押し戻そうとする。それを強く押さえ込んで、メディオンは逆にシンビオスをきつく抱き締めた。
「…はぁ…」
 シンビオスは切なげな吐息を吐いて、メディオンの胸に顔を寄せると、そっと言った。
「メディオン王子。お話しておきたいことがあるのですが」
「うん?」
「実は…、姉が二人目の子を懐妊しました」
「…お子を宿されたのか。おめでとう」
「ありがとうございます。それでご相談なんですが」
 シンビオスはメディオンを見上げて、
「その子を養子にしようと思うのです」
「養子に?」
「姉の子供なら、父の孫ですから」
「なるほど」
 メディオンは頷いた。思いがけない話に驚きはしたが、嬉しい知らせでもある。
「義兄と姉は快諾してくれました。ベネトレイム様に報告する前に、貴男のお考えを知りたいのです」
「前に言っただろう? 私は君に従うと」
 メディオンはシンビオスの頬を撫でて、
「とてもいい考えだと思うよ、シンビオス」
「良かった」
 シンビオスもほっとしたように笑う。
「じゃあ、二人でその子を、立派な共和国民に育てましょうね」
「君の後を継ぐに相応しい、勇ましい子にね」
「ええ。…でも、女の子のような気がするんですよ。そうしたら、然るべき婿を貰ってあげないといけませんね」
 楽しそうに言うシンビオスの額に、メディオンは口付けた。
「それが、君の選んだ道だね? シンビオス」
「そうです。…そして、貴男の選んだ道でもあるのですよ、メディオン王子」
 シンビオスは軽くメディオンを睨んで、
「ぼくが貴男から離れられないとご承知の上で、あんなことを仰ったんでしょう? 酷い人ですね、貴男は」
「すまなかった」
 メディオンはちょっと笑って、
「だけど、私だって君と離れるつもりはなかったんだよ。たとえ君がどの道を選んでも、ね」
「…本当ですか?」
「本当だよ」
 メディオンは再びシンビオスを抱き締めて、甘く優しく囁いた。
「いくらでも証明するよ」


HOMEMENU