シンビオスは暗闇の中にいた。
 動くことすらできなかった。
 自分が立っているのか横になっているのかも判らない。狭い所に入り込んでしまっている気もするし、空中を漂っているような気もする。
 暑くもなく寒くもない。それどころか体の感覚がすっぽりと抜け落ちてしまっている。
 目は多分開けているのだろう。いや、それとも閉じているのかもしれない。
 みんなはどこに行ったんだろう、とシンビオスは茫洋と考えた。
 ダンタレスは? グレイスとマスキュリンは?
 そうだ。こんな所でぼんやりしている場合じゃない。そろそろジュリアンやグラシア様も到着する頃だ。
 それにメディオン王子は? 無事に帝国を出発できただろうか。
 ----どうして体が動かないんだろう。早くみんなの所に行かなきゃ。
 気持ちばかり焦っても、指一本すら動かすことができない。
 そのとき、シンビオスの目に柔らかい光が映った。
 暗闇に慣れた目には少し眩しかったが、小さく淡い光なのでなんとか耐えられた。そのうちに目が明るさに適応してきた。
 ----…母上…?
 何故だかシンビオスにはそう思えた。
 ----母上でしょう?
 声なき声で呼び掛けると、光の色が変わったように見えた。そしてそのまま大きくなって、シンビオスをすっぽりと包み込む。
 ----あったかい…
 シンビオスの体が暖まってきた。同時に、感覚が徐々に戻りつつあった。全身がびりびりと痺れて痛い。
「----…ビオス様、シンビオス様」
 誰かの呼び掛けが、シンビオスの耳に遠く聞こえた。どこかで聴いた声だ。
「しっかりなさってください、シンビオス殿」
 こちらも聞き覚えのある女性の声。だが、シンビオス軍の者ではないようだ。
 シンビオスは目を開けた。
「…シンビオス様! 私が判りますか?」
 目の前にフィンデングの顔があった。
「…フィンデング…?」
 シンビオスは茫としたまま言った。
「そうです! …ああ、よかった!!」
 フィンデングが安堵の息を吐く。
 シンビオスはだんだんと思い出してきた。ヤシャが突然目の前に現れたのだ。氷が覆いかぶさって目の前を塞いだところまでは覚えている。
 フィンデングとオネスティが、シンビオスが捕らえられていた間のことを説明してくれた。
「----…すまない。随分世話をかけてしまって…」
 シンビオスが俯くと、
「そんなこと仰らないでくださいな、シンビオス殿」
 オネスティが明るい口調で言った。
「仲間として当然のことです」
「ありがとう、オネスティ殿」
 シンビオスはちょっと微笑んだ。
「…それにしても、この温泉は凄い効力ですなぁ。あんな状態だったシンビオス様が、みるみるうちに意識を取り戻されたんだから」
 フィンデングが顎に手を当てて感心したように唸る。
「…温泉のせいだけじゃないかもしれないな」
 シンビオスは小さく呟いた。
 あの光…。シンビオスの心に焼き付いている。
 ----ずっと見守っていてくれたんですね、母上。
 シンビオスはそっと呼び掛けた。
 ----これからも見守っていてください。必ずこの世界に平和を取り戻してみせます。
 それに応えるように、脳裏に残る光が少し強くなった気がした。


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