青々と生い茂った木々からの木漏れ日が、柔らかく地上に落ちる。灼熱の陽射しも、この村だけにはその猛威を振るい切れない。葉を揺らす風は爽やかに吹き過ぎていく。 「----帝国はこの時間からもう暑いんだ。アスピアも涼しいけど、ここはもっと涼しいね。正に別天地だな」 メディオンはベッドの上で伸びをした。それから、シンビオスの体を抱き寄せる。 「こんなことをしても暑くないし」 シンビオスも笑いながら、素直にメディオンに抱きついて、 「メディオン様にしてみれば共和国は涼しいんでしょうけど、ぼくにはやっぱり暑いです。最近は食欲もなくて」 「でも、ここでは沢山食べられそうだね?」 「ええ。今、凄くお腹が空いてます」 メディオンはシンビオスの髪を撫でて、優しく口付けた。 「じゃあ、もう起きようか。----こんなに早い時間に起き出すのも久しぶりだ」 「なんだか、寝てるのが勿体無いような気分です」 「同感だ」 メディオンはベッドから出た。シンビオスも続く。 「まずは水浴びをしよう、シンビオス。それから朝食だ。…ほら、もういい匂いがしてる」 「はい、メディオン様」 シンビオスは元気よく頷いた。 朝食は、村の長であるダビデと、彼の恋人ヘドバと一緒だ。 「----食事はお口に合ったようだな?」 二人の食べっぷりを見て、ダビデが嬉しそうに言う。 「はい。とても美味しかったです」 シンビオスの言葉は、彼の目の前にある皿が実証している。何が乗っていたのか判らぬ程きれいに食べ尽くされていた。それはメディオンの方もご同様だった。 ヘドバがハーブティーを淹れてくれる。この時季には敬遠したい熱いお茶も、ここでは美味しく飲める。 猫舌のシンビオスは、少し冷めたところで口にして、 「不思議な味ですね」 と微笑んだ。熱いにも関わらず、すう、と爽やかに抜けていくのでそれを感じさせない。 「スタンプ村独自のハーブが入っていますの。お気に召しまして?」 ヘドバがにこにこと尋ねる。 「ええ。美味しいです」 ダビデが楽し気に、 「このお茶は、グラシア様もお気に入りなんだ。つい先日、エルベセムまで届けに行ったばかりでね」 「グラシア様はお元気だったか?」 メディオンが2杯目を貰いながら訊く。ダビデは頷いた。 「忙しそうだったよ。今日の夏祭りにもお誘いしたんだが、どうしても都合がつかないそうで…。…そうそう、あんた達に宜しくと言っていた。エルベセムにも遊びに来てください、とね」 「そうですね。一度巡礼に行きたいとは思ってたんですけど。こう仕事が忙しいと無理かも…」 しんみりと言うシンビオスの頬を、メディオンは軽くつねった。 「こら。シンビオス、ここでそういう話はしないんじゃなかったのかい?」 「あ、そ、そうでした。ごめんなさい、メディオン様」 シンビオスは首を竦めた。中立なこの村にいる間は、亡命中の王子でもフラガルドの領主でもなく、ただのメディオンとシンビオスでいたい、と言い出したのは他ならぬ彼自身だったのだ。 「シンビオス殿は本当に真面目な方なんですね。だから、つい思い出してしまうのでしょう」 ヘドバが優しく微笑み、 「それもあるし、メディオン殿の努力が足りないのかもしれんな。あんたが忘れさせてやらなきゃ」 ダビデが意味ありげにメディオンに目配せする。 メディオンも面白そうに笑って、 「勿論、最上の努力はしているさ。だが、シンビオスは本当にフラガルドの町を愛しているからね。私じゃ勝ち目がないのかな」 「そんなことはないです。メディオン様もフラガルドも、ぼくの中では同じくらい重い存在なんです」 シンビオスは慌てて言った。 「今はメディオン様が傍にいてくださるからフラガルドのことを考えちゃいますけど、フラガルドにいるときにはいつもメディオン様のことばかり考えてます」 よく聴けば恥ずかしくなるような台詞だ。事実、ダビデはにやにやして、 「そういう話は、二人のときにお願いしたいな。聴いてるこっちがアツくなる」 「う…、す、すいません」 シンビオスは真っ赤になって俯いた。 朝食の後、シンビオスはメディオンと一緒に村の中を散策した。昨日この村に到着したときにはもう夜も更けていて、町の景観がよく判らなかったのだ。一度訪れているメディオンはともかく、シンビオスにとってみれば、木を利用した住居区なんて今まで見たことも聴いたこともない。 木から下りて、改めてその大木を見上げたシンビオスは、その存在感に思わず息を吐いた。 「…凄い…」 こういうときには、ありきたりの言葉しか出ないものだ。 「私達はゆうべ、あの中央の木で眠ったんだよ」 メディオンはシンビオスの両肩に、後ろから手を置いて、 「あの奥には、回廊があるんだ。とてもいい眺めだよ、シンビオス。ダビデの許可は取ってある。行ってみるかい?」 「はい! ぜひ!」 シンビオスは振り向いて、にっこり微笑む。 下の広場同様、祭りの準備でごった返す木の内部を抜け、二人は木の通路から樹海の回廊に入った。 「わぁ…!」 シンビオスが子供のような声をあげた。 メディオンはシンビオスの肩を抱いて、一番奥の突端まで連れていった。 正に絶景だった。 二人は声もなく目の前のパノラマに見とれた。 こうして同じ景色を眺めていると、相手のことがますます近しく、そして愛おしく感じられてくる。 シンビオスはメディオンを見上げた。丁度、メディオンもシンビオスの方を向いたところだった。 二人は自然に固く抱き合い、唇を重ねた。 花火を合図に、祭りが始まった。 大きな焚火が燃やされ、この日のために用意されたご馳走が振る舞われ、上等な酒が開けられる。 村中の至る所で住人達は陽気に飲んだり歌ったり、踊ったりしている。 下の広場では、歌姫ヘドバの類い稀な歌声が披露されていた。木の窓から顔を出して聞き惚れている者もいる。 歌はやがて合唱になり、それから踊りとなった。住人達は手を繋ぎ輪になって、素朴なステップで軽やかに焚火の周りを廻り出す。 「…さあ! お客人も一緒に!」 村人に手を引っ張られて、メディオンとシンビオスも輪に加わった。教わるまでもなく、少しの間見ていれば覚えられる簡単なステップだ。子供達もお年寄りも楽しそうに踊っている。 ダンスといえば男女ペアになって踊るものしか知らない二人には、とても新鮮だ。 「お二人とも、なかなか上手ですよ!」 シンビオスの左隣の子供が、叫ぶように言う。 「ありがとう!」 シンビオスも大きな声で応えた。メディオンと顔を見合わせ、笑顔を交わす。 やがて踊り疲れて、メディオンとシンビオスは手を繋いだまま輪を離れた。入れ替わりに数人が参加する。そうして絶やすことなく踊り続け、大地と樹木の精霊に感謝を捧げるのがこの祭りの主旨だ、とダビデから聴いていた。 焚火に照らされて踊る姿は神秘的で美しい。 メディオンとシンビオスは、手を繋いだまま村の中をぶらぶらと歩き回った。食べたいときに食べ、喉が乾いたら飲み、踊りたくなったら再び輪に入って、疲れるまで踊る。 自分の立場に縛られないことが、そしてなにより一緒にいられることが嬉しくて仕方がない。二人は無邪気に笑ってばかりいた。 そうしてスタンプ村の夏祭りは続いていった。 やがて朝の光が星々を包み込むまで。 |