ぼう、とした風情で部屋に戻っていくマスキュリンの後ろ姿を、シンビオスは和んだ瞳で見送った。
 マスキュリンとは長い付き合いだけに、ちょっとした態度や仕草で、考えていることが判る。ジュリアンはヴァレンタインデーにプレゼントを贈ってくるようなタイプじゃない、とか、きっと忘れてるとかいって、彼女は気にしていないふうを装っていたが、内心ではかなり緊張していたはずだ。だからこそ、今日こうしてジュリアンからの贈り物が届いたのを、シンビオスは自分のことのように喜んでいた。
 ----あ、でも、まさか偶然今日届いた、ってことはないよな…。
 相手はあのジュリアンだけに、そんなことをシンビオスは思い付いてしまった。あとでマスキュリンにさり気なく確認しておこう。
「…ジュリアンは、こういうイヴェントには興味がないと思っていたんだけどな」
 シンビオスの隣で、メディオンが呟いた。
「本当に、どうしても伝えたい想いがあったんだろうね」
「あれでなかなか、シャイなところがありますからな」
 と言ったのはキャンベルだった。
「こういうときじゃないと、伝えづらかったんでしょう」
「そうかもしれないね」
 メディオンが微笑む。
「----さて、では私は、城の中をうろつかせて頂きますよ、シンビオス殿。構いませんかな?」
 メディオンに付いてここに来る度、キャンベルはこう尋ねる。それに対するシンビオスの答もいつもと同じだ。
「勿論、構いませんとも。ご自分の家のように寛いでください」
「ありがとうございます」
 キャンベルは一礼して、立ち去った。うろつくとは言っても、同じく主を取られたダンタレスと共にいることがほとんどだ。恐らく、今日も同じだろう。
 ちなみに、ダンタレスもキャンベルも、それなりに女性の憧れの的ではあるが、本人達は特に心に決めた相手はまだいなかった。あるいは、主が一人前になるまで遠慮しているのかもしれない。今日も、特定の誰かと過ごすといったことはないようだ。

 シンビオスはメディオンと連れ立って、自分の部屋に入った。メディオンの手からコートを受け取る。それに隠されていた大きな箱が見えた。
「お茶菓子は用意していないだろうね、シンビオス」
 メディオンはその箱を、テーブルの真ん中に置く。
「ええ。----それがそうなんですか?」
 コートをハンガーにかけながら、シンビオスは訊いた。
「開けてごらん?」
 メディオンが楽しそうに言う。
 シンビオスは丁寧にリボンを解いて、上箱を持ち上げた。
「----美味しそう!」
 箱の中には、カップケーキにドーナッツ、エクレア、クッキーが入っていた。
「凄い! 誰が作ったんですか?」
 メディオンはちょっと照れたように、
「私だよ」
「----え?!」
 シンビオスは間の抜けた声を上げてしまった。
「意外なのは解るけど、そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
 メディオンが苦笑する。
「あ、す、すいません。…こういうの作るの、お好きなんですか?」
 意外も意外、お菓子を作るメディオンなんて、シンビオスは想像したこともなかった。『お茶菓子は用意しなくていい』と手紙に書かれていたときも、王妃が作るんだろうか、なんて考えていたし、マスキュリンとその話になって、『王子が作ってくるんでしょうか』と言われても、冗談だとしかとっていなかった。
「割とね。母の実家に遊びに行ったときに、祖母が何故だか教えてくれたんだ。----今思うと、祖母の思いやりだったかもしれないね。あのときはまだ、王宮に行くなんて思ってもみなかったから、将来困らないようにしてくれたんだろう」
 なるほど、そうかもしれない、とシンビオスは思った。第一夫人がちゃんといて、しかも庶民の出である王妃とその子供など、帝国ではいつ見捨てられるか解らないものだ。
 そう考えると、メディオンとメリンダは本当に流浪の生活を送ってきたのだ。いつまた今の暮らしから追い出されてしまうか解らない不安な生活。どこにいても、心の落ち着くことはなかっただろう。
 シンビオスも、メディオンへのプレゼントをテーブルに置いた。
「メディオン王子、これを…」
「ありがとう、シンビオス。…開けていいかい?」
「勿論です」
 包装紙を解いているメディオンの表情を、シンビオスは見つめていた。子供のように無邪気で、期待に輝いて、少し緊張した顔。これが見たくて、自分は王子にプレゼントをするのかもしれない。
 中を見て、
「シンビオス…」
 と言ったきり絶句してしまったメディオンに、
「これからは、ゆっくりとお茶を楽しんでください」
 シンビオスは優しく囁いた。
「それと、ここにも一つ、王子専用のカップを置いておきますから」
「…ありがとう」
 メディオンはシンビオスを強く抱き締めて、口付けた。
 予想した以上にメディオンが喜んでくれて、シンビオスは嬉しかった。同時に、彼がそれほどまでに寂しい思いをしていたのだと実感させられる。
 ----だけど、もう絶対にこの人を悲しませたりしない。
 シンビオスは心の中でそう誓った。メディオンが悲しむと自分も悲しい。彼が苦しんでいるのを見るのは辛い。
 そして、メディオンが幸せでいてくれることは、結局はシンビオス自身の喜びになる。
 今さらながら、恋の不思議さを実感するシンビオスだった。


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