母親に似た端整な面差しに、華やかな正装がよく似合う。それとは裏腹に、メディオンの表情は曇っていた。パーティほど、彼の苦手なものはなかった。

 マルゲリーテ王妃のお茶会に呼ばれたのが始まりだった。そのとき、メディオンはまだ14歳ぐらいだっただろう。
 王妃が頻繁にパーティを開くのは、彼女が社交好きだからなのだろうが、ちょっとした貴族婦人達のお茶会にまで、三人の王子を引っ張り出すのはどういうつもりだったのか。
 王子達には、女性をエスコートする練習と言い、女性ばかりだと、お互い相手のあら探しや自分の自慢話ばかりで、ぎすぎすしたムードになるから、と説明していたが、なんのことはない。メディオンを晒しものにするのが正王妃の真意だった。
 最初は、メリンダが標的だった。
 庶民の出である彼女の、些細な----同じことを貴族がしても気にも留めないような----所作をいちいち咎め、笑い者にする。そうすることで、王室と貴族達の連帯感が強くなる。メリンダは、いうなれば『贄』だった。
 母が、第三王妃の娘を引き取り、彼女の養育を理由に茶話会への出席を断るようになって、メディオンは安堵した。なにしろ、茶話会での話を逐一耳に入れるお節介者がいたのだ。善意からではないのは言うまでもないだろう。
 ところが、今度はメディオンを虐めたいらしい。
 一度断ったら、礼儀知らずだの、可愛げがないだの、挙げ句はやはり母親がああだから、だの、散々厭味を浴びせられた。たかが有閑夫人達のお茶会への参加を断ったぐらいで、どうして母が悪く言われなくてはいけないのか。憤慨したメディオンは、次からは出席することにした。
 そこには二人の兄もいて、思い出したくもないことばかりを色々言われた。
 我ながら、よく耐えたと思う。
 本当は、正王妃を始め出席者全員に熱いお茶を頭からたっぷり注いでやったうえ、思い付く限りの罵倒を浴びせてやりたかった。そんなことをしたら、また母の立場が辛くなる、とメディオンは知っていた。だから我慢した。自分の部屋に戻って独りになった途端、自然に涙が流れていた。悔し涙だった。

 以来、メディオンにとって『パーティ』とは苦い思い出を伴うものだった。それは、ただのお茶会でも正式な晩餐会でも同じだった。
 長身に加え、母譲りの金の髪。メディオンはどこにいても目立った。たとえ、隅の方でおとなしくしていても、彼を攻撃したい人々は目敏く彼を見つけだす。彼は常に人々の好奇とさげすみの中にいた。
 そして、今日。
 アスピアでのパーティに、メディオンは出席しなければならない。
「----どうしても、でなきゃ駄目だろうか?」
 傍らのキャンベルに、メディオンは浮かない顔で尋ねた。
「メディオン様、我々を歓迎してくれるパーティですよ?」
 キャンベルはメディオンの肩に手を置いて、
「主役の一人である貴男がいなくてどうするんですか」
「それはそうだけど…」
 メディオンは溜息をついた。勿論、アスピアの人達が、帝国の鼻持ちならない貴族達と同じだなんて、メディオンは思っていない。本当にメディオンのことを歓迎してくれているのも判っている。だが、どうしても駄目なのだ。『パーティ』と聞いただけであの屈辱の日々が蘇ってしまう。
 キャンベルも、メディオンの苦悩を知っているし、あのときの帝国貴族達の仕打ちに憤慨している一人だったから、メディオンの今の気持ちも痛いほど解った。同時に、早く彼の傷が癒えるのを祈ってもいた。
 それには、今日のパーティでアスピアの人達の暖かい心に触れ、受け入れてもらえると感じるのが一番いい。
「大丈夫ですよ、メディオン様。私がついています。貴男に嫌な思いをさせるような輩は、大空高く蹴り飛ばして差し上げます」
 キャンベルは重々しくそう言った後、穏やかに微笑んで、
「でも、ここにはそんな人物はおりますまい。ですから、私の無茶を心配することもありませんよ。どうぞお気楽に」
「ありがとう、キャンベル」
 メディオンは、やっと笑顔を見せた。

 それでも、会場の前ではつい立ち止まってしまう。
 蒼い顔をしている主を励ますように、キャンベルは彼の背中を押して、一緒に歩き出した。
 中に入ると、既に来ていた客達の視線が一斉に注がれる。メディオンは身を翻したくなったが、キャンベルが強く腕を掴んでいるためできなかった。それに、よく見ると、知っている顔があちこちにいる。ベネトレイム国王を始め、シンビオス軍の軍師だったパルシス、三軍のメンバーのうち、アスピアに残ることになった者達などだ。メディオンは、少し気が楽になった。
「メディオン様!」
 女の子らしいドレスに身を包んだシンテシスが手を振る。ウリュドと妹のイザベラ、ブリジットにメリンダも同じ場所にいる。メディオンとキャンベルは彼らと合流した。
「メディオン、大丈夫?」
 メリンダが心配そうに訊く。彼女自身もメディオンと同じ経験をしていたから、彼の辛さがよく解るのだ。さらに、彼が自分の身替わりになったのだと思うと、母親としてやるせなかった。
「大丈夫ですよ、母上。ここは帝国じゃない。そうでしょう?」
 メディオンは、母を安心させるために強く答えた。自分に言い聞かせているようでもあった。
「そうね。----本当にそうだわ」
 メリンダは、何度も頷いた。
「…メディオン様…」
 会場内を見回していたキャンベルが、メディオンの脇腹を突いた。彼の目線を辿ると、そこにはメディオンが一番会いたかった人がいた。真直ぐにこちらに向かって歩いてくる。
「皆さん、お久しぶりです」
 シンビオスはそう言って、丁寧に頭を下げた。
「元気そうだね」
 メディオンは月並みなことしか言えなかった。他に言葉が出てこなかったのだ。遠征軍が解散してからそれほど経ってないのに、メディオンはもう何年もシンビオスに会っていない気分だった。
 シンビオスはメディオンを、彼が戸惑うほどじっと見つめて、
「王子は顔色がすぐれませんね。大丈夫ですか?」
「え、うん。ちょっとね、人に酔っただけだよ。こんなに大勢いるとは思わなかったから」
 自分の些細な変化にも気がつくシンビオスの眼力に驚きつつ、心配かけまいと、メディオンはそう答えた。
「ならいいんですけど…。無理なさらないでくださいね」
 シンビオスは優しい口調で言って、
「あ、じゃあ、他の人にも挨拶してきますから」
 と、ダンタレスと共に去っていってしまった。
 その後ろ姿を見送って、メディオンは密かに溜息をついた。

 シンビオスの後、共和国の色々な人々が、メディオンの所に挨拶に来た。みな優しくおおらかで、心からの歓迎をメディオン達に示してくれた。彼らの暖かい心に触れ、だんだんと気持ちが晴れていくのを、メディオンは感じていた。
 他の人達は、と見渡すと、メリンダはパルシスやプロフォンド将軍と、イザベラはブリジットと一緒に、ハガネやムラサメと、それぞれ楽しそうに話している。シンテシスとウリュドも、マスキュリンやグレイス、ゼロやエルダーなどの、比較的若手のメンバー数人で盛り上がっている。キャンベルは、いつの間にかダンタレスと酒の呑み比べをしていた。
 人いきれとアルコールで、少し頭が痛くなってきた。メディオンはテラスに出た。涼しい風が頬を撫でる。そのまま中庭に降りると、広間の喧噪も聞こえなくなった。
「…メディオン王子」
 後ろから、静かに声がかけられた。振り向く前に誰かは判っていた。彼の声を聞き違えるはずがない。
「お邪魔でなければ、お話ししたいのですが」
「君なら、いつでも大歓迎だよ」
 メディオンがそう応じると、シンビオスは嬉しそうに微笑んだ。
「少し歩こうか」
「はい」
 二人は並んで、夕日に照らされた中庭をゆっくりと散策しはじめた。
 最初のうちは近況や世間話で会話が弾んでいたが、だんだんと言葉が少なくなってきた。庭の中程を過ぎた頃には、ほとんど無言になった。代わりに、半身分ほど空いていた二人の距離は、指先が触れるほどに近付いていた。
 実際に、触れた。そして、そのまま繋がれた。相手の手を掴もうと、お互いに同じタイミングで手を伸ばしたからだ。
 二人は驚いて相手を見た。だがそれも一瞬で、すぐに笑みを交わした。しっかりと手を繋いだまま、夕闇に包まれた中庭を歩いた。
 こじんまりした中庭だから、すぐに一周できてしまう。
 部屋に戻る前に、二人は自然に立ち止まった。その場で向かい合い、どちらからともなく近付く。
 メディオンは、まだ自分の幸運を信じられずにいた。いや、シンビオスに対する自分の気持ちは確かだ。でも、まさか、彼の方もだなんて。----これは、『パーティ』という独特の舞台の上でだけ起こる、特別な出来事なのではないか。
「…これは本当のことなのかい?」
 シンビオスの髪を撫でながら、メディオンは呟いた。
「夢でもいいです」
 メディオンの胸に顔を埋めたまま、シンビオスが応える。
 メディオンはそれ以上言わなかった。言葉にしてしまえば嘘に聞こえる。
 だから、メディオンはシンビオスの顔を仰向かせた。言葉にできない想いを伝えるのは、瞳と----唇だ。
「----本当のこと、でしたね」
 シンビオスがそっと囁いた。

 二人が会場に戻ると、パーティも終焉を迎えるところだった。
 みなが挨拶を交わしながら、会場を出ていく。
「----メディオン様。どちらにいらしたのかと思いましたよ」
 キャンベルが、ダンタレスと共にやってきた。アルコールが回って、すっかり上機嫌だ。
「さ、シンビオス様、夜になる前にフラガルドに戻りましょう」
 ダンタレスの言葉に、シンビオスは頷いた。
「では、これで失礼します、メディオン王子。----そのうち、フラガルドにも遊びに来て下さい。歓迎します」
「ありがとう、シンビオス」
 メディオンは微笑んだ。
「今日のことも、ね」
「い、いえ、こちらこそ…」
 シンビオスは顔を紅くすると、よほど恥ずかしかったのだろう、慌ただしく去っていった。
 じっと見送るメディオンの傍らで、
「----なるほどねえ。そうでしたか」
 キャンベルが呟く。
「何がだい?」
「いえ。途中でお姿が見えなくなったので、ご気分でも悪くなったのかと心配していたのですが。いらぬお世話でしたな」
 人の悪い笑みを浮かべて、キャンベルは主をからかった。
「おまけに、パーティ恐怖症も治ったようじゃないですか? いや、結構結構」
「絡み酒の気があるね、おまえ」
 メディオンは苦笑した。
 とはいえ、キャンベルの言う通りだった。このパーティが始まるまでのあの暗い気分も、今では吹き飛んでしまっている。あれほどのトラウマだったにも関わらず。
 アスピアの人々の優しい心にふれたこと、それに、シンビオスと想いを通じ合わせたことが要因だろうか。我ながらあまりに単純すぎる気もするが、治ったことには変わりない。
 そして、キャンベルが心配してくれていたのも事実だ。
「キャンベル。今までありがとう。----もう大丈夫だから」
 キャンベルはなんとも応えず、ただメディオンの肩をぽんぽん、と叩いた。その瞳が潤んでいるように見えるのは、多分アルコールのせいだろうし、----他の理由もあるに違いない。


HOME/MENU