いつもよりも、剣を振るう腕に力が入る。 アロガントはその日ダミーを三つも壊した。 「…荒れていらっしゃるようですな」 フィデリティが、バラバラに散らばるそれを一瞥して、 「お珍しいことで」 アロガントは剣をフィデリティに向けた。 「何が言いたい」 「お気に召しませんか。お母上のご提案ですぞ。そして、皇帝もお望みになっている」 「解っている」 アロガントはイライラと言った。 皇帝の血を引く者ならそれに相応しい教育を与えるべきだ。民衆に恥を晒すようなまねをすれば、皇族の権威の失墜を招く。そんなことは、アロガントも理解している。 だが、理解することと納得することとは別だ。 アロガントに言わせれば、庶民の娘が産んだ子供などを弟として認める気にもならない。同じ血を分けた兄でさえ、あの不甲斐なさにうんざりしているというのに、その上庶民の血を引く「弟」ときた。そんな者達と皇位を争わなければならないなど、考えただけでも馬鹿馬鹿しいではないか。 「解っていらっしゃるならば、そのようにお振る舞いなさい。皇帝のお考えに逆らってはなりませぬ」 淡々と言い放つ老練なケンタウロスを、アロガントは面白くもない目つきで見つめた。 大体、この男のことも、アロガントは信用していなかった。父が自分の腹心であるこの男を教育係に任命したというのは、第2王子ながらアロガントを継承者として認めているようにも思える。だが、あの父に限っては色々邪推してしまうのだ。 ----この男、私を見張っているのではないか。 その証拠に、ことあるごとにフィデリティは「皇帝が」と口にし、アロガントが少しでも父に対して不満や疑問を漏らそうものなら、厳しくたしなめる。それは「教育」という名の「洗脳」だった。 ----父は結局、自分の意のままになる後継者を望んでいるのだ。 それに気付いた今でも、アロガントの中の野心は消えなかった。 ----それならそれで構わない。せいぜい、貴男の意に沿うように振る舞いましょう、父上。だが、それは貴男が生きている間だけのことだ。 「…もう間もなく、キャンベルが弟君をお連れして戻ってきます。どうなさいますか?」 「どうする、だと?」 アロガントは含み笑いをした。 「----なあ、第4王子だった父が皇帝になれたのは何故だった? おまえは知っているのだろう? フィデリティ」 無表情の仮面の下で、フィデリティの瞳が一瞬光った。 「アロガント様。貴男は本当に、ドミネート様によく似ていらっしゃいますな」 アロガントは楽しそうに声を上げて笑うと、足下を邪魔するダミーを蹴散らし、颯爽と部屋を出ていった。 |