“一体どうしてそんなことを思ったんだろうね。----私が君を好きだって。” メディオンの声がシンビオスの頭上を通過する。その口調は冷たくない代わりに、思いやりもなかった。全くの無表情だ。 “……………” シンビオスは答えられず、ぎゅ、と両手を握りしめた。いたたまれなくて顔が上げられない。 そんなシンビオスの気持ちにお構いなく、メディオンは淡々と言葉を続けた。 “いや、勿論君のことは好きだけど、それはあくまで友人としてであって、それ以上でもそれ以下でもないよ” やはりそうなのだ。普通、同性の友人に抱くのは友情だけに決まっている。『それ以上でもそれ以下でもない』。シンビオスは誤解してしまったのだ。メディオンがあまりにも優しいから。 “だから、君の気持ちには応えられない。君も----そんな想いは早く忘れてしまいたまえよ” これ以上の拒絶があろうか。メディオンを想い続けることすら禁止されたのだ。伝えるべきではなかった。自分の胸に隠しておけばよかった。そうすれば、少なくとも友人としての好意は貰えたのに---- “話はそれだけ? …なら、失礼するよ” メディオンは行ってしまった----行ってしまった。涙が出ないのが、シンビオスは不思議だった。喉は誰かに掴まれたように痛み、目はちくちくと疼くのに、涙は一滴も出ない。泣いてしまえば楽になるのに---- ----シンビオスは目を開けた。夢の余韻が現実味を帯びて胸に迫ってくる。切なさと悲しみに支配されて、勝手に涙が溢れてきた。 シンビオスはそのまま、涙が流れるに任せた。そうすることで、胸の中のやるせなさが流れ出していくようだったからだ。だから、むしろ涙を楽しんでいた。 時折小さく鼻をすすり、寝間着の袖で目を軽く擦る。もうそろそろ、悲しみを泣き尽くしただろうか。いや、まだ何となく胸が塞いでいるような---- 「----シンビオス?」 尋常でない雰囲気を感じたのだろうか、傍らから声がかかる。勿論メディオンだ。 「…あ、王子。----起こしちゃいましたか?」 目を拭って、シンビオスは照れ笑いをした。 「君…、…泣いてるの?」 メディオンは慌てた様子だった。 「大丈夫? 何があったんだい?」 その口調は優しさと愛情に溢れていて、シンビオスは安堵した。やっと悪夢から完全に救い出された思いだ。 「なんでもないんです。----ちょっと、嫌な夢を見て」 「嫌な夢? ----って、どんな?」 シンビオスはちょっと迷った。口に出すのも辛い内容だ。だが、だからこそ、メディオンに否定してもらいたかった。ただの夢だと。絶対にあり得ないことだ、と。 「王子に----冷たく…拒絶…されて…」 口にするとやはり苦しい。小さな声で途切れ途切れになってしまった。また泣きたい気分になってくる。 そんな様子を察知したのか、それとも内容が衝撃的だったのか、メディオンはシンビオスを強く抱き締めた。 「シンビオス…、…そんなことあるわけないだろう」 「…はい」 シンビオスもメディオンにきつく抱き付く。 それから二人はお互いに唇を求め合い、肌を許し合い、体を重ねていった。そうして心も充たし合い、愛の内に眠りについた。 そして翌日。 うららかな春の午後。柔らかい日差しが窓から差し込んで、ソファに座るシンビオスの背中を温める。読んでいた本を膝に置いて、シンビオスは大きく欠伸した。 「眠そうだね、シンビオス」 隣からメディオンが、小さく笑いつつ声をかけてくる。 シンビオスは横目でちら、とメディオンを睨んで、 「他人事みたいに…。誰のせいですか」 メディオンの笑みが深まった。 「やっぱり----君のせいだろう?」 「なっ、なんでぼくの----」 「君があんなふうに泣いて縋ってくるから、私もそういう気分になったんだよ?」 「それは----」 シンビオスは真っ赤になった。確かに、あんな夢を見てメディオンに救いを求めたのは事実だ。だが---- 「だけど、あんなに何度も----」 「当然だろう。君が二度とあんな夢を見ないように、君に解らせなきゃいけなかったんだから。----私が君をどれだけ愛しているか、ってことをね」 メディオンは涼しい顔でぬけぬけと、照れくさいことを言い出した。 「そんなこと! …とっくに解ってます」 恥ずかしさから、シンビオスは勢いよく反論する。もう首筋まで紅く染まっている。 「そうだろうけど、だからってもっと解らせるようにしちゃいけない、ってことはないだろう?」 メディオンはシンビオスの肩に腕を廻して抱き寄せた。耳元に、 「嫌なら止めるよ?」 と、幾分意地悪く囁く。 「それは…っ、」 シンビオスは一瞬絶句した後、 「----こ、困ります」 消え入りそうな声で続けた。 喉の奥で笑いながら、メディオンはシンビオスを押し倒した。膝の上の本が床に落ちる。 「じゃあ、早速今から----どう?」 返事を待たずに、シンビオスの唇を塞ぐ。 唇が自由になっても、シンビオスは答えなかった。----言葉では。メディオンの重みを心地よく抱きとめて、再び彼の口付けを、夢見心地で待っていた。 |