主君から指輪を賜る。 これは、主君が騎士の忠誠心を認めた証であり、騎士にとっては何よりの名誉だ。 人一倍忠誠心の厚いダンタレスとキャンベルも、それぞれの主人から指輪を賜っていた。 「----ほう、これがメディオン王子からの…」 キャンベルから見せてもらった指輪を眺めて、ダンタレスは言った。 「淡く綺麗な水色だ。まるで、メディオン王子の瞳のようだな」 「だろう?」 キャンベルは嬉しそうに応じる。 「決して大きい石ではないし、派手なデザインでもないが、それがあの方らしい上品さと素朴さを表している。----まあ、たとえどんなに見事な石も、メディオン様の瞳には敵わないがな。あの、光によって色を変える不思議な瞳! あれこそが、この世で一番美しい宝石だ」 「確かに、メディオン王子の瞳は生きた宝石だ。だが、俺がシンビオス様から賜った石も、負けてはいないぞ」 ダンタレスはキャンベルに指輪を返して、懐から自分の指輪を取り出した。こうした指輪は指にはめるのではなく、鎖に通して首から掛けておく。なくしたり傷つけたりしないためだ。 ダンタレスが取り出した指輪に、キャンベルはほう、と声を漏らした。 これもさほど大きい石ではないが、美しい色合いをしていた。 外側は透き通ったエメラルドグリーンの層で、芯は夕日のように鮮やかな、燃えるようなオレンジ色をしている。間を埋めるのは、綺麗なグラデーションカラーだ。 「これは…、見事だな」 キャンベルが息を吐く。 「そうだろう。この石はな、シンビオス様が幼少のみぎりに、山の麓で拾ってらっしゃったのだ。元々小さい石だったからこの指輪一つしかできなかったのだが、それを俺にくださった。ご自身もお気に入りだったのに、だぞ。そのお心が、何より嬉しいんだ」 ダンタレスは、この上もないほど幸せな表情だ。キャンベルには勿論、彼の気持ちがよく解る。 「光にかざすと、もっと綺麗なんだ」 ダンタレスは言って、鎖を首から外し、指輪を高く掲げた。キャンベルは彼の横にぴったりと添って、一緒に指輪を眺める。日の光が透明な石を照らし、輝きを与える。 「うむ、確かに綺麗だ」 こうしてある出来事に気を取られていても、ダンタレスもキャンベルも、怪しい気配には敏感に気付く。それが一流の騎士というものだ。 だが、彼らに近づいてきた影は、まったく邪気を感じさせなかった。それで、二人とも警戒していなかったのだ。 ダンタレスの手元を、風と共に『何か』がさっと掠めた。微かな衝撃を手に感じ、目にも留まらないほどの素早さでその『何か』が去った後には、指輪がダンタレスの手から消えていた。 「なっ、誰だ!」 ダンタレスが辺りを見回す。 「おい、あれだ!」 キャンベルが指した方向には、飛んでいくカラスの後ろ姿があった。 「おのれ! カラスの分際で、俺の命より大切な指輪を盗みおって! 目にもの見せてくれる!」 ダンタレスは駆けだした。 キャンベルも後を追いながら、ダンタレスを怒らせたカラスの行く末について思いを巡らせた。自業自得とはいえ、ほんの少し同情してしまう。 幸い開けた場所なので、盗人カラスの姿を見失わずにすむ。だが、森の中に入られたり、木に止まられたりしてはやっかいだ。ダンタレスはランスからスピアに持ち替えて、カラス目掛けて力一杯投擲した。羽の付け根を掠める。 カラスは悲痛な声を上げて、ひょろひょろと墜落した。 「よし!」 ダンタレスは急いで駆け寄って、地面に横たわっているカラスの嘴から、指輪を取り戻そうとした。前脚を折って身を屈める。 ぴくり、とカラスが身じろぎした。次の瞬間、体が数倍の大きさに膨れあがる。 「ダンタレス、気をつけろ! 凄まじい妖気だ」 少し離れた場所から、キャンベルが声をかける。 ダンタレスは急いで立ち上がって体を巡らせると、キャンベルのいる位置まで後退した。体勢を立て直すためだ。 「ふっ、我々に気配を悟らせなかったから、ただのカラスではないと思っていたが、化け物だったとはな」 槍を構えて、ダンタレスは薄く笑った。 「だが、それでこそ倒し甲斐があるというものよ!」 すっかり目が据わってしまっている。化けガラスよりもよほど恐ろしげだ。 化けガラスは巨大な羽を勢いよく羽ばたかせ、凄まじい竜巻と共に黒い羽を飛ばしてきた。 しかし、その羽を総て槍ではじき飛ばすと、風をものともせず、ダンタレスは化けガラスに向かっていく。槍を構え、真っ直ぐにカラスの心臓に突き立てた。 耳を覆いたくなるような声を上げて、化けガラスは再び地面に伏し倒れた。轟音と共に大地が揺れる。 嘴の間から、ダンタレスの指輪が転がり出た。 今度こそダンタレスはそれを拾い上げようとした。ところが、その手元を目掛けて、氷の矢が飛び込んできたではないか。ダンタレスは慌てて手を引っ込めた。 氷の矢は地面に当たって、きらきらと砕け散った。 「今度はなんだ!」 いらいらと辺りを見回すダンタレスの目の前に、人影が現れた。足元まである長いローブを纏い、顔はフードに隠れて見えない。 「私の使い魔を倒しましたね?」 その人物は、男とも女とも付かない声で言った。 「使い魔? このカラスがか?」 キャンベルが冷静な口調で、 「----では、お主がけしかけて、ダンタレスの指輪を盗ませたのだな?」 ダンタレスは怒りのせいで、そこまで考えが及ばなかったのだろう。キャンベルの言葉にはっとして、その人物を睨み付けた。 謎の人物のフードが上下に動いた。頷いたらしい。 「そうです。…その指輪、というか石は、騎士様にはもったいないですから」 こんなことを言われて、怒らない者はいないだろう。特に激しやすいダンタレスは、この無礼な言葉にますます激昂した。 「なんだと! それは、俺がシンビオス様の従者に相応しくない、という意味か!」 一気に、無礼者に詰め寄る。その剣幕は、剛胆なキャンベルですら身を硬くしたほどだ。 無礼者もまた、じりじりと後ずさりながら、 「え? なんのことですか? ----私はただ、その魔法石を、魔力のないあなたが持っていても、意味がないのでは、と…」 震える声で弁解する。 「意味がない、だと?!」 ダンタレスは叫んだ。 「意味ならある! この指輪は、シンビオス様のお心だ!」 どうやら、魔法うんぬんの箇所は聴き飛ばしているらしい。それも無理はなかった。どちらにしろ、相手が失礼なことを言っているには違いないからだ。 それで、キャンベルも取りなしたり口を出したりせず、ダンタレスのしたいようにさせることにした。 「俺がシンビオス様の従者として相応しくないかどうか…、己の身をもって判断するといい!」 ダンタレスは槍を振り上げる。悪鬼ですら退散しそうな迫力だ。 「わ、わぁっ!」 無礼者はその場に尻餅をついた。無様な格好で後ろに退きながら、 「ご、ごめんなさい、すいません、許して!」 碌に立ち上がれないまま、這々の体で逃げていく。 「逃げるくらいなら、最初から絡んでくるな!」 ダンタレスは吐き捨てるように言って、指輪を拾い上げた。今度はなんの邪魔も入らない。 化けガラスの口の中に含まれていたため、指輪は酷く汚れてしまっている。ダンタレスは舌打ちして、ハンカチで丁寧に拭った。 「鎖の方はどうするのだ?」 キャンベルが訊いた。 「そんなもの、いくらでもスペアがある。その化け物にくれてやる」 ダンタレスは何度も指輪を磨きながら、 「こんなに汚れてしまったではないか。まったく、おぞましい」 ぶつぶつと文句を言っている。 盗人も懲らしめ、宝物も取り戻したからだろう。ダンタレスからは、先ほどまでの怒りのオーラは消えていた。もう、いつもの通りである。 だが、キャンベルは忘れていなかった。 渋い顔で指輪を磨き続けるダンタレスを見ながら、 ----この男を怒らせるような真似だけは、絶対にすまい。 と心に誓うキャンベルであった。 |