シンビオスは手を伸ばして、メディオンの髪を指に絡めた。そのまま口許に寄せる。 「髪、伸びましたね」 「そうかい?」 腕枕をした手で、メディオンはシンビオスの髪を撫でている。 「ええ。だって、最初の頃は----」 と言いながら、シンビオスはメディオンの心臓の辺りに手を当てた。 「ここまでしか届かなかったのに。今じゃ、ぼくの方から寄らなくても、充分貴男の髪にキスできますから」 「それはちょっと、つまらないな」 メディオンはシンビオスの裸身を抱き寄せた。 「それで、君は最近私に近付いてくれないんだね?」 拗ねたようなメディオンの口調に、シンビオスは破顔した。 「そんなことはないですよ」 髪を指に絡めたまま、メディオンの頬に触れる。そのまま引きよせて、唇に唇を重ねた。胸から胸に、直接心臓の鼓動が伝わる。 「----ね、王子、だからってわけじゃないですけど、髪を切って差し上げましょうか?」 「うん?」 「毛先が揃わなくなってるみたいですし」 「そうかい? 自分じゃ解らないんだ。でも、君と初めて逢った、あのときからずっと切ってないからね。暇がなかったから」 メディオンは自分の髪を指で梳いて、 「相当伸びただろうな。----じゃあ、あのとき位の長さに切ってくれるかい?」 「いいですよ」 シンビオスはメディオンの頬に軽くキスして、ベッドから出た。ガウンを羽織って、道具を用意する。 メディオンも起き上がって、 「ここでやる?」 ハサミを捜すべく引き出しに屈み込んでいたシンビオスは、ちょっと考えた後、 「面倒だから、浴室でしましょう」 どうせ髪を濡らさなければいけないし、切った後にも濯がないといけない。排水溝にはちゃんとネットが貼ってあるから、掃除も楽だ。 二人は、広い浴室に入った。 椅子に腰掛けたメディオンの髪に、シンビオスはシャワーを掛けながら指で梳く。 メディオンは少し身を硬くした。 「…どうしました?」 「い、いや、ちょっと…。…他人にやってもらうと、なんだかくすぐったいね」 「そうですか?」 シンビオスは首を傾げた。ショートカットの彼も、よく専属の床屋に髪をカットしてもらうが、別にくすぐったさなど感じたことはない。 ----ひょっとして、メディオン王子って、敏感…? 何度か肌を重ねているが、全然気がつかなかった。----大きな声では言えないが、シンビオス自身が、我を忘れている状態だからだ。 ともかく、肌につかないようにメディオンの背中にタオルをかけ、充分に金髪を濡らして、今度は歯の細かい櫛で丁寧に梳る。メディオンは、それでも肩が細かく震えていたが、耐えていた。しかし、首の後ろに櫛を潜らせた途端、大きく身を竦めた。 これには、シンビオスもびっくりした。 「ど、どうしました?」 「櫛が…」 メディオンはそれだけ答えた。 櫛が、首筋に触れたのがいけなかったらしい。 「はあ、首が弱いんですねえ」 シンビオスは笑って、メディオンのうなじを、人さし指で下から撫で上げた。 「----!」 素晴らしい反射神経で、メディオンは首を押さえた。シンビオスの方を見て、 「やめてくれ」 と言ったが、それほど嫌がっているようでもないし、少し恥ずかしそうな表情には、制止の効果はまったくなかった。いや、却ってからかいたくなる。 「すいません」 と、シンビオスは一応謝っておいて、再び髪をとかしはじめた。櫛の先がメディオンの背中を滑る。----どうやら背中も駄目らしい。 「シンビオス、わざとやってないか?」 メディオンが、震え声で訊く。シンビオスにとっては心外だ。さっきの、首を撫でたのはわざとだけれど、今髪をとかしているのは必要な準備段階だからだ。メディオンの反応を楽しんではいるが、それはあくまで結果である。 「こうしないと、ちゃんと綺麗に切れないでしょう?」 シンビオスは優しく答えて、手を止めた。 「タオル越しなのに、くすぐったいんですか?」 「……………」 メディオンは答えなかった。このこと自体が、答えているようなものだ。 「……………」 シンビオスも無言で、真直ぐに整ったメディオンの金糸を眺めた。それは背中の中程まで届き、毛先はやはり乱れていた。 腕なら大丈夫だろう、とシンビオスは考えて、メディオンの腕の付け根に指を当てて、 「王子、この位の長さでいいですか?」 「そうだね。その位で頼むよ」 大分リラックスした口調で、メディオンは答えた。 シンビオスは、目標の長さぴったりにハサミを入れた。しゃり、と小気味よい音がする。 「王子、動かないで」 「…動いてないよ」 メディオンは心外、というように言ったが、本人は意識していなくても、細かく震えているのである。切るときの引っ張られる感じがくすぐったいようだ。 早く済ませた方がよさそうだ。シンビオスは一気に真ん中まで切った。まがってもいない。何度も頷いて眺める。 「…終わったのかい?」 メディオンが尋ねる。 「まだ、半分ですよ」 シンビオスは苦笑してしまった。 メディオンの長い溜息を合図に、シンビオスは残り半分に取りかかった。少し櫛でとかして、切りはじめる。 出来は上等だった。 「凄い。真直ぐ」 シンビオスは思わず呟いた。実は、他人の髪を切るのは初めてだったのだ。まあ、今回は毛先を揃えるだけだから、それでも巧くいったのである。 シンビオスはもう一度、メディオンの髪を内側から掬い上げた。お約束のように身を竦めるメディオンの反応に微笑みながら、優しく櫛で梳く。所々にはみ出した毛先が出てきたので、それをカットする。こうして、メディオンの髪は綺麗に切り揃えられた。 後は丁寧に濯いで出来上がり、である。 シンビオスは、メディオンの背中から外したタオルを濯いだ。床もシャワーで流す。ハサミは乾いた布で何度も拭く。 「----ありがとう、シンビオス」 メディオンは、しきりに髪を指に絡ませながら、 「だけど、何度してもらっても慣れないな。といって、自分じゃ切れないし」 と苦笑する。 「それにしても…。まさか、王子がここまでくすぐったがりだとは知りませんでした」 悪戯っぽく笑うシンビオスを、メディオンは引き寄せた。自分の膝に乗せて、 「シンビオス、そういう君はどうなんだい?」 滑らかな肌に唇を這わせる。 「ん…、王…子…」 シンビオスの体が震える。メディオンは笑った。 「----ほら、これでも敏感じゃないって?」 シンビオスは、声にならない声を漏らした。 ----この後、どちらがより敏感なのか、二人は長い時間をかけてリサーチしていたようだ。 |