シンビオスは今日から夏の休暇である。
 1週間。長いような短いような----シンビオスにとっては、あっという間に過ぎてしまう時間に違いない。なぜなら、いつもは離れて暮らす恋人が、その間ずっとフラガルドに滞在することになっているからだ。

 休み初日の昼前に、その恋人----メディオンがフラガルドにやってきた。 
「久し振りだね、シンビオス。----1週間お世話になるよ」
 と言って、頭を下げる。
「いらっしゃいませ、メディオン王子。大したおもてなしもできませんが…」
 シンビオスもつられてお辞儀する。
 顔を上げて目が合うと、二人は笑った。
「他人行儀な挨拶はこのぐらいにしよう」
 メディオンは、シンビオスを抱き締めた。
「シンビオス、逢いたかった」
「ぼくもです、メディオン王子」
 メディオンの首に腕を廻して、シンビオスが囁く。
 口付けしては見つめ合い、また唇を合わせる。
 前に逢ったのは10日ほど前----となると、年頃の二人は、心も体もかなり飢えている。こうして抱き合っていると、お互いの温もりが心をゆっくりと充たしていくようだった。
 名残惜しいが、まだ日も高い。昼食前でお腹も空いている。取り敢えず、二人は離れた。
 ソファに腰掛けるメディオンに、
「アイスティにしますか? それとも熱いので?」
 シンビオスは尋ねた。
「今日は割と涼しいから、熱いお茶がいいな」
 メディオンの言葉通り、今日は天気はいいのだが風が冷たくて涼しかった。
 シンビオスの自室は執務室の奥にある。執務室のドアは廊下に面しており、それと垂直な壁面に自室のドアがある。自室の窓とドア、それに執務室のドアをも開けておくと、いい風が吹き込んでくるのだ。
 紅茶を飲みながら、逢えなかった10日間の出来事を話しているところへ、マスキュリンが昼食を呼びに来た。
 メディオンと共に来ていたキャンベルも交えて、語らいながら楽しく食事を摂る。
 食休みのあとは、剣術の稽古の時間だ。
 これはシンビオスの習慣で、たとえ休暇中といえどもサボったりしないのが、彼の性格である。
 木刀を構えて、メディオンとシンビオスは対峙した。
 どちらも隙がない。シンビオスは『待つ』ことを選んだ。
 しかし、メディオンは待たなかった。
 片脚を大きく踏み込んで、突きを繰り出す。
 シンビオスは後ろに一歩跳び下がった。
 メディオンの突きは素早く、そして正確だ。シンビオスは木刀でそれを受けながら、切り込むチャンスを狙った。
 がっ、と木刀同士がクロスし、二人はぎりぎりと押し合った。そしてぱ、と離れる。
 再び、メディオンから仕掛けた。
 メディオンの突きを下段で受けて、シンビオスは木刀を大きく上に払った。隙のできたメディオンの胴に、すかさず木刀を、軽く押し当てる。
「----お見事」
 メディオンが微笑む。
「まぐれですよ」
 シンビオスは、ちょっと照れたように言った。
「もう一本、お手合わせを」
 メディオンが再び木刀を構えた。
「こちらこそ、お願いします」
 応じて、シンビオスも正眼に構える。
 今度は、シンビオスが先に動いた。風のような打ち込み。しかし、メディオンは総てそれをかわしていく。
 シンビオスの剣を大きく後ろに跳びずさって避けたメディオンは、着地すると同時に間合いを詰めてきた。先ほどよりも格段に速くなった突きが、シンビオスを襲う。
 今度は隙を窺う余裕もなく、シンビオスはやっとの思いでそれを受けている。
 とうとう、メディオンの木刀が、シンビオスの木刀をはじき飛ばした。
 さすがに、二人とも息が上がっている。
「----最初のは、手加減してたんですか?」
 シンビオスは、荒い息の下で訊いた。
「動きが全然違いますよ」
「体が解れてきただけだよ」
 メディオンも、大きく息を吐きつつ、
「君だって、動きが格段よくなってるじゃないか」
「じゃあ、ここからが本番ですね」
 木刀を拾って、シンビオスは構えを取った。
「そういうことだね」
 メディオンも構える。
 二人は同時に動いた。

 結局全部で6本やって、仲良く3本づつ取った。引き分けである。
 汗を流したら、丁度夕食の時間だ。
 気心の知れた仲間同士、たわいのない話で盛り上がりつつ料理を頂く。運動したから、より美味しく感じる。
 2時間ほどで、シンビオスはメディオンと共に自室に戻った。
 ベッドに入るにはまだ早い。二人は、ソファに並んで腰掛けた。
 中庭に面した窓から、夜の冷たい風が入ってくる。夏とはいえ、やはり夜は涼しくなるのだ。
「涼しい----いや、寒いくらいだね」
 メディオンが呟く。
「温かい紅茶を淹れましょうか」
 立ち上がろうとするシンビオスの腕を、メディオンは掴んで、
「それより、こっちの方がいいな」
 自分の腕の中に、シンビオスを抱き寄せる。
 シンビオスも、素直に身を任せた。久し振りの抱擁に、体が熱くなってくるのが判る。時間が早いとか、そんなことはもうどうでもよくなってしまった。メディオンとシンビオスはベッドに入った。
 薄明かりの中、ドアが開いたままになっているのが、シンビオスの目に入った。すぐにメディオンの口付けを受けて目を閉じてしまったが、恍惚と痺れる頭の隅にそれが残っていて----唐突に気付いた。自室どころか、執務室のドアも開けっ放しであることに。
 窓も開いているが、すぐ外には木が数本植えてあって、近づけないようになっている。自室と廊下の間にも執務室があり、よほど大声を出さないと外には聞こえないだろう。それに、シンビオスはさほど声を上げる方ではない。だが、聞こえるかもしれない、と考えただけで、居たたまれない気持ちになってきた。
 といって、今この情熱に水を差すようなまねもし難い。なにせ、10日振りなのだ。すでに止まらない気分である。
 シンビオスは唇を噛んで、声とも吐息ともつかない喘ぎを押し殺した。
「…シンビオス----」
 メディオンがすぐに気付いて、シンビオスの唇を指でほぐす。
「そんなに噛んだら痛いよ…?」
「でも…、声が…」
「だからって…駄目だよ」
 メディオンはシンビオスの唇を自分の唇で塞いであげた。
 そのうちに、シンビオスは何もかも判らなくなっていった----。

 シンビオスは息を吐いて、メディオンの胸に頬を乗せた。
「…声、出てました…?」
 顔を真っ赤にして尋ねる。
「出てなくはなかったけど、そんな大きな声じゃなかったよ」
 メディオンは楽しそうに答えた。
「そ、外に聞こえてませんよね?」
 よっぽど気になるのか、シンビオスは重ねて訊く。
「あの程度ならね」
「ならいいですけど…」
 呟くシンビオスの額にキスして、
「ちょっと、待ってておいで」
 メディオンはベッドから出た。ローブを纏って、執務室の方に消える。
「----向こうのドアも閉めてきたよ」
 シンビオスの部屋のドアを閉めながら、メディオンは言った。ついでに窓まで行って、全部じゃ暑いので半分ほど閉める。
「これで大丈夫だろう?」
 ローブを脱いでベッドに入ると、シンビオスの体を抱き締めた。
「あ、はい。----すいません」
 恐縮するシンビオスの鼻を軽く摘んで、
「なに。----私も、きみの可愛い声をもっと聴きたいからね」
 メディオンは囁いた。
 恥ずかしげにシンビオスが俯く。その頬に手を当てて仰向かせると、メディオンは優しく激しいキスをした。

 ----こんなふうに、メディオンとシンビオスの1週間は始まった。
 それからの一日一日を、二人は楽しく過ごした。
 天気のいい日は泳ぎに行ったり、あるいは皆でハイキングに出かけたりした。
 雨の日は、部屋でのんびり過ごした。
 そして勿論、毎晩ドアはしっかり閉められていた。

 そんな、楽しく充実した一週間は瞬く間に過ぎて、----とうとう、最後の夜が訪れた。
「過ぎてしまえば、あっという間でしたね」
 ぼんやりと、シンビオスが呟く。
「楽しかったよ。----こんな幸せだった1週間は初めてだ」
 メディオンは、長い指でシンビオスの髪を梳いた。
「このまま君とずっと一緒にいられたらいいのにね」
「そうですね」
 シンビオスはメディオンにぎゅっと抱き付いて、息を吐いた。
「ああ、でも、辛気くさくなるのはよしましょう。----これが今生の別れってわけじゃないですし。また、すぐに逢えるんですから」
 そう、休暇が終わってメディオンはアスピアに戻らなくてはならないが、別にそれきりというわけじゃない。また来ればいいことだ。----とは言ってみたものの、やっぱり----
「----でも、やっぱり寂しいです…」
 この1週間、ずっと共に過ごしたのだ。離れるのはやはり辛い。
「……………」
 メディオンは何も言わず、ただ強くシンビオスを抱き締めた。


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