ジュリアンは、歩くのが速い。 長身の上足も長いから、一歩の幅が大きい。また、性格的にも、だらだら歩くのを好まない。 さらに、同行者に合わせようという気遣いも、あまりない。 故に、ジュリアンは独りのときだろうと誰かと一緒のときだろうと、同じペースでずんずん進んでいくので、(特に足の遅い)同行者は、付いていくのに一苦労だ。 「----ちょっと、待ってよ、ジュリアン!」 マスキュリンもまた、ほとんど小走り状態で、前を行くジュリアンを追いかけた。 「遅いよ、おまえ」 ジュリアンは止まるどころか、ペースも落とさずに言い放つ。 「違うわよ! ジュリアンが速すぎるの」 人は、なんでも自分を基準に考えがちだ。従って、客観的に見たときの基準とかなり異なることが、ままある。 マスキュリンは小柄な割に元気がよく、歩くのも速い方だ。その彼女が追いつくのに苦労するというのだから、ジュリアンへ向けられた台詞は言いがかりでもなんでもなく、事実を述べたと言える。 だが、ジュリアンはそう思わなかった。 「違う。おまえが遅いんだ」 やっと足を止めて、追いついてきたマスキュリンに告げる。 「ジュリアンが速すぎるんだってば!」 肩で息をしながらも、マスキュリンは反論するのを忘れなかった。 「とにかく、先に行くからな」 再び歩き出そうとしたジュリアンに、 「先に行ってどうするの? 何を買うか判ってる? お金だって私が持ってるのよ」 マスキュリンが冷静に声をかける。 「……………」 ジュリアンは苦い顔をして、マスキュリンのペースに合わせて歩き出す。 二人は、次の町へ出発する前に、必要な物を買い出しに来たのである。 当初、マスキュリンだけで買い物する予定だった。買い物リストを書き出していくうち、とんでもない量になってしまって、荷物持ちをジュリアンに頼むことにしたのだ。 「買い物の荷物持ちなんて、傭兵の仕事じゃねえよ」 と、薄情にもジュリアンは言ったのだが、それをシンビオスが耳にして、 「なら、その分の報酬は別に払うから」 と言ってきた。 買い出しの荷物持ちごときに報酬を要求した、なんて話が広まったら、みっともなくて表を歩けなくなる。仕事も減るだろう。仕方なく、ジュリアンはマスキュリンに付き合うことにした。 ----まったく、あのお坊ちゃんは侮れねえな。 ジュリアンは思った。シンビオスのあの言葉が駆け引きなら、傭兵のプライドというものをよく判っているし、もし本気で言ったのなら、その天然さがある意味恐ろしい。 「----ジュリアン? 通り過ぎちゃうわよ」 マスキュリンに声をかけられて、ジュリアンは我に返った。 「ここか? じゃあ、俺は外で待ってるから」 「ええ? 折角だもの、一緒に入ってよ。かごも持ってほしいし」 マスキュリンが口を尖らす。 何が折角なのかよく判らないが、買い物のときに品物を入れていくかごが重くなる、というのは道理なので、ジュリアンはマスキュリンと一緒に店の中へ入った。 中途半端な時間のためか、中は空いていた。 マスキュリンは効率よく品物をかごに入れていく。終いにはかご一杯になり、確かに彼女には辛いほどの重さになった。 マスキュリンは、メモとかごの品物をチェックしながら、口の中で呟いていたが、 「----うん、これでオッケー!」 「いいのか? じゃ、レジに行くぞ」 重そうなかごを軽々と持って、ジュリアンはレジに向かった。 レジを打っているのは、気のよさそうなおばさんだった。品物を袋詰めにしてくれながら、 「揃って買い物かい? いいねえ、若者は」 と笑う。 「私も若い頃には、よく二人で買い物したものさ」 おばさんの言葉の意味がよく判らなかったジュリアンとマスキュリンは、 「???」 という表情で、顔を見合わせた。 「はい、毎度あり!」 お金を払って出ていく二人の背中に、 「仲良くするんだよ」 と、声がかかる。 ジュリアンとマスキュリンはしばらく無言で、本陣に向かって歩いていたが、 「----ねえ、あのおばさん、勘違いしてたみたいね」 マスキュリンが笑いながら言った。 「そうみたいだな」 ジュリアンの声は、どこかぶっきらぼうだった。 「…買い物も済んだし、早く戻るぞ」 足を速める。 「あ、ちょっと。待ってよ!」 マスキュリンは慌てて追いかけて、胸の前に荷物を抱えているジュリアンの腕に、自分のを絡めた。 「…なんだよ」 「だって、ジュリアン、歩くの速いんだもの」 マスキュリンは、屈託なくジュリアンを見上げた。 「嫌?」 「----好きにしろ」 ジュリアンは少し照れくさそうな響きが混ざった声で、素っ気なく答えた。 |