静かな部屋に、柔らかなベルの音が響く。
 シンビオスの目覚める時間だ。
「んん…」
 シンビオスは溜め息とも欠伸ともつかない吐息を漏らした。ぼんやりとベルの音を聞きながら、まだはっきりしない頭で考える。
 ----今日は何日だったかな。
 ベネトレイムには書類、パルシスには課題を提出する。締め切りに関しては口うるさい二人なので、シンビオスも殊更気を遣う。だから、目が覚めたら真っ先に日にちを確認し、何かの締め日かどうかを考える。
 それにしても、とシンビオスは思った。今朝はいつにも増して眠い。瞼が重くて、目がなかなか開かない。気を抜いたら再び眠ってしまいそうだ。
 ----春だからかな…
 ここ数日、フラガルドも暖かい日が続いている。日中なら暖炉に火をくべなくても凌げるほどだ。雪ももうかなり融けた。
 ----メディオン王子が雪割りしてくれたんだっけ。いいって言ったのにな。…止めて聴くような人じゃないけど。
 メディオンは、とにかく雪に関わるイベント(?)を総てこなしたいらしかった。雪かきは勿論、雪だるまやかまくら作り、雪合戦にスキーにそり遊び、ついでにスケートなどを、冬の間さんざん楽しんだ。そして最後の名残として、雪割りにまでも手をつけた。
「結構、腰にくるね」
 などと笑って----
 ----あ、そうだ。今日は休みだった。
 シンビオスは唐突に思い出した。
 いつもより眠いのも道理。ゆうべは早くベッドに入ったものの、眠ったのはずっと経ってからだった。翌朝はゆっくり寝ていていいから、というわけで----今日が休日だとシンビオスが思い出したのが、メディオンの台詞からの連想だったのは、これも当然と言えよう。
 休みならこんなに早く起きる必要はないので、前の晩に目覚ましを解除しておく。今鳴っているということは、ゆうべし忘れたのだ。お陰で、無駄に早起きしてしまった。早く止めてもう一度寝よう、とシンビオスは思った。
 目覚ましはベッドサイドに置いてある。シンビオスは壁側に横になっているので、目覚ましを止めるためには、ベッドサイド側に寝ているメディオンの体を乗り越えなければならない。
 メディオンは、雪割りに他の疲れが相まっているのか、5分ほど鳴り続けているベルにも全然目を覚まさない様子だった。体は仰向け、首だけシンビオスの方に向けている。枕の上に金の髪が、蜘蛛が張る網のように広がっている。そう。まさに蜘蛛の網だ。シンビオスの心をしっかりと捕らえているのだから。
 メディオンの体に上半身だけ被さるような体勢で、シンビオスはベッドサイドに手を伸ばした。指先が目覚ましのスイッチに触れ、ベルが止まる。部屋に、再び静寂が戻ってくる。
 シンビオスはほっと息を吐いた。
「----重い…」
 メディオンが、寝ぼけた声で呟く。シンビオスが体の力を抜いたことで、重みがかかったのだ。
「あ、すいません」
 シンビオスはメディオンの体の上から避けたのだが、すっかり離れてしまうのも寂しかったので、メディオンの胸の上に頭だけを乗せた。ついでに、腕も巻き付ける。
 目を覚ましているなら、メディオンは何らかの反応を返してくるはずだった。何も言わず、ましてシンビオスを抱き寄せたりもしないことから、どうやらさっきのは半分眠ったまま言ったようだ。やはり、よほど疲れているとみえる。
 シンビオスも勿論疲れているし、全然眠り足りない。目を閉じたままメディオンの鼓動を聴いているうちに、寝入ってしまった。

 髪を撫でられる感触に、シンビオスは目を覚ました。
 顔を上げると、メディオンが目を瞑ったまま、シンビオスの髪を撫でている。
「…メディオン王子…」
 声をかけると、メディオンは目を開けた。
「あ、起きたかい? おはよう、シンビオス」
 シンビオスの唇に軽くキスして、
「何か食べてる夢でも見た?」
「え? 別に…」
 内容どころか、夢を見たかどうかすら覚えていないシンビオスは、不思議に思いつつ答える。
「そう? ----君、私の胸に唇をつけて、何か食べるみたいにずっと動かしてたよ」
「えっ?!」
 シンビオスには全然自覚がなかった。慌てて、メディオンの胸に目を移す。所々に紅く小さな跡がついているのは昨夜のだが、その中に一際くっきりとしたものがある。
「ああ…、すいません」
 シンビオスは真っ赤になった。無意識とはいえ、いや、無意識だからこそ、自分は何をしているんだ、という思いが強い。
「いや、今更跡が増えたところで、全然いいんだけどね。見えない場所だし」
 メディオンは笑いを含んだ声で、
「ただ、まだ足りないのかな、なんて思ったものだから」
「……………」
 シンビオスは一瞬詰まったが、
「…そんな風に言うのは、王子がそうだからでしょう?」
 恥ずかしさのあまり代名詞だらけの返答をする。
 それでも、メディオンにはちゃん通じて、
「うん。そうなんだ」
 こちらは全然照れた様子もなく、自分の本能の命じるままに、シンビオスを抱きしめてきた。
「で、君はどうなの? シンビオス」
…そうかも…
 シンビオスの声は、あるいは小さすぎてメディオンの耳には届かなかったかもしれないが、最早二人にはどうでもいいことだった。


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