ジュリアンの風邪は3日で治った。
 春になったらまた来ると固く約束して、彼はアスピアへ、そしてグラシアのいるエルベセムへと旅立っていった。
 それから3日ほどすると、あれほど飛んでいた雪虫も姿を消した。
 ここのところ冷たい雨が続き、気温の低い日が続いていた。そのためか、或いはジュリアンのせいか、フラガルド城内では風邪が流行っていた。まずマスキュリンがかかり、看病したグレイスに感染った。そこからダンタレスやキャンベルにも広がって、今はメディオンがひきかけていた。
 暖炉の前に座って、メディオンは洗った髪を乾かしていた。湯冷めしないように毛布に包まって、熱い紅茶を飲んでいる。そこに、今風呂からあがったシンビオスがやってきた。
「メディオン王子。ちゃんと乾かさないと」
 シンビオスはメディオンの髪をタオルで拭いた。
「ありがとう。自分でやるから、君もちゃんと拭いて…」
 メディオンが言ったが、シンビオスは手を止めない。
「ぼくは髪が短いですから。すぐに乾くんですよ」
「そうか。…私も切ろうかな」
「勿体無い! こんなに綺麗な髪なのに」
 シンビオスはメディオンの髪を手にとって、頬に寄せた。
「…うん。大分乾いたようですね」
「君も乾かさないと、風邪をひくよ」
 メディオンは片腕を伸ばして、毛布を開いた。
「ここへおいで、シンビオス」
「はい」
 シンビオスはメディオンの隣に腰を降ろした。メディオンの腕が肩を抱くと、二人の体はすっぽりと毛布の中に入った。
 暖炉の薪がはぜる音にまぎれて、窓の外から激しい雨音が聞こえる。
「…一体、いつまで降るんだろうね?」
 メディオンがうんざりと言う。
「予報では、明日から晴れるそうですけど」
 シンビオスは答えて、紅茶を飲んだ。
「この季節は一雨ごとに寒くなりますからね。そのうち雨が雪に変わるでしょう」
「雪は好きだけど、寒いのはどうもね」
 メディオンはシンビオスを抱き寄せた。シンビオスはメディオンの肩に頭を凭れて、
「今も、寒いですか?」
「君は温かいけど…。やっぱり少し寒いな」
 シンビオスは軽くメディオンの唇に口付けた。
「----どうですか?」
「うん。もう少し…」
 今度はメディオンからシンビオスにキスする。ずっと長く激しいものになった。
「----大分暖まったよ」
「でも、ここじゃ結局寒いですよ」
 そこで、二人はベッドに移って、お互いを暖めあった。

 …お陰で、翌朝メディオンは熱を出した。どうやら熱くなりすぎたらしい。
「----まあ、メディオン様もこのところお忙しかったことですし、これを機会にゆっくり休まれるといいでしょう」
 キャンベルが、ベッドに横たわる主に優しく言った。
「キャンベルの言う通りですよ、メディオン王子。仕事の方はご心配なく」
 ダンタレスも頷く。
「ありがとう」
 メディオンはぼんやりと呟いた。
 そこに、朝食を持ってシンビオスが入って来た。梅干し入りのお粥と、ヴァンショーと呼ばれる、レモンスライスを浮かべたワインの熱燗である。どちらも体の発熱を促す作用があり、熱に弱いウイルスを撃退するのに効果的な飲食物だ。
 ダンタレスが、ベッド用の折り畳みテーブルを出して、ベッドの上にセットした。シンビオスはそこにトレイごと料理を置いて、
「王子。今のうちに召し上がってください。もっと熱が上がったら、何も食べられなくなっちゃいますから」
「ありがとう、シンビオス」
 メディオンは身を起こした。その体に、キャンベルが素早く上着をかけてやる。メディオンは礼を言って、食べはじめた。
 シンビオスは椅子をベッドサイドに持ってきて腰掛けると、
「どうですか? 味の方は」
「うん。美味しいよ」
「よかった」
 嬉しそうに微笑むシンビオスをメディオンは見て、
「君が作ったのかい?」
「そうです」
「それはすまなかったね。君にまで世話をかけてしまって…」
 ちょっと俯いたメディオンに、シンビオスは笑いかけた。
「病人はすまながってないで、甘えていればいいんです」
「ありがとう」
 メディオンもちょっと笑うと、再び料理を口に運んだ。
「これで巧く熱が上がれば、風邪なんてすぐに治りますよ」
 キャンベルが言った。メディオンも頷いて、
「後は大人しく寝ているから、大丈夫だよ。シンビオス、私に構わず仕事をしてきてくれ」
「…ええ。じゃあ、王子、ゆっくり休んでください」
 シンビオスは心残りな様子で、ダンタレスとキャンベルと共に部屋を出たが。
「…シンビオス様。仕事の方はキャンベルと私でやっておきますから、貴男はメディオン殿の看病をなさっていてください」
 ダンタレスが言った。
「ダンタレス。…でも」
「そのくらい、我々だけでもできますよ。火急のときにはこちらにご相談に参りますから」
 キャンベルも朗らかに口を添える。
「でも、王子のことが心配なのは貴男も同じでしょう、キャンベル殿」
 シンビオスは首を振って、
「それなのに、貴男に総てを押し付けるわけには…」
「私としましては、貴男がメディオン様についていてくださっている方が、よっぽど安心できるのですよ、シンビオス殿」
 キャンベルが優しく言うと、
「それに、シンビオス様だってきっと王子が心配で、仕事なんて手につかないでしょう?」
 ダンタレスも悪戯っぽく笑う。
「…お言葉に甘えさせて頂きます、キャンベル殿」
 シンビオスは軽く頭を下げた。
「ダンタレスも、ありがとう」
 ダンタレスとキャンベルは一瞬目線を合わせた。まったく、この頑な領主を納得させるのは本当に骨が折れる。しかし、彼らはなんとかやってのけて、ほっと一安心である。
「…ではシンビオス殿。メディオン様を宜しくお願いしましたぞ」
「仕事のことはご心配なく」
 執務室へ去っていくキャンベルとダンタレスを見送って、シンビオスは自室に戻った。
 メディオンはお粥を食べ終えて、ヴァンショーを飲んでいた。
「シンビオス? 仕事は?」
「今日は休みです」
 シンビオスの返事に、メディオンは笑顔になった。が、やはりいつもの華やかさがない。
「もう休んでください。…寒くないですか?」
「少し」
 メディオンはもぞもぞと布団の中にもぐり込みながら答えた。
「布団をもう一枚かけましょうか」
 シンビオスは出て行って、程なく布団を抱えて戻ってきた。それをそっとメディオンの上にかける。
「どうですか?」
「まだ寒いな」
「困りましたね」
 シンビオスは腕を組んだ。これ以上布団をかけたら重いだろうが、寒いままにしておくわけにはいかない。こうなったら…。
 シンビオスは服を着たままベッドに入った。
「シンビオス…? 感染るよ?」
 熱のせいでぼんやりした目で見上げてくるメディオンを、シンビオスは抱き締めた。
「どう、ですか?」
「あったかいけど…、君に風邪が…」
「それなら、ゆうべのうちに感染ってるでしょう」
 シンビオスはメディオンにキスして、
「さあ、眠ってください」
「ありがとう…」
 シンビオスの肩に顔を付けて目を閉じたメディオンは、その温もりと、ヴァンショーのアルコールが効いたのか、すぐに眠りにおちた。
 シンビオスはメディオンの頭に頬を乗せて、金色の髪を梳いた。いつもと全く逆だな、と考えて、軽く笑う。いつもシンビオスを優しく、そして力強く抱き締めてくれるメディオンだが、風邪のせいで酷く頼り無げに見える。寝顔はまるで子供のようだ。
 シンビオスはメディオンの髪にキスして、自分も目を閉じた。そしていつの間にか眠ってしまった。

 静かなノックで目を覚ましたシンビオスは、自分が酷く汗をかいているのに気付いた。それも道理で、熱もない彼が布団を二枚もかけた寝床に、熱いメディオンの体を抱いて横になっているのだ。
 ----これじゃあ、こっちまで風邪をひきそうだ。
 シンビオスは目を開けた。メディオンはぐっすり眠っている。本格的に熱が出始めたのだろう。こうなったら安静が一番だ。
 シンビオスはそっとベッドから出ると、自室から応接室に入った。
 ノックの主はキャンベルだった。
「申し訳ありません、シンビオス殿」
「キャンベル殿。何かありましたか?」
 シンビオスはキャンベルを中に招き入れた。
「…メディオン様は?」
 キャンベルは、今は閉じられたシンビオスの自室のドアを見ながら言う。
「よく眠っています」
「そうですか。…実は」
 キャンベルは懐から封書を取り出して、
「ドミネート皇帝から、メディオン様に書状が届いたのです」
 シンビオスは軽く眉を寄せた。
「今頃になって?」
 と言ったのは、以前メディオンが皇帝に、皇位継承権の放棄を願い出ていたからだ。なかなか返事が来ないため、皇帝が許さないのだと思っていたのだが。
「あの戦いの後、帝国も混乱しておりましたからな」
「…キャンベル殿は、なんと書いてあると思いますか?」
 固い表情で見つめてくるシンビオスに、キャンベルは優しく微笑みかけた。
「皇帝の気性から考えると、メディオン様を呼び戻すことはないでしょう」
 それはシンビオスも同感だった。また、メディオン自身も、
『父はきっと私を許さないだろう。刺客を向けてきたくらいだからね。万が一父が私を呼び戻すことがあるとすれば、それはまた利用するためであって、許したからではないと思う』
 と言っていた。
「じゃあ、皇帝は王子の申し出を認めてくれたんでしょうか」
「恐らくは」
 キャンベルの返事に、シンビオスは息を吐いた。
「ありがとうございます、キャンベル殿。これは、王子が起きられたら渡しておきます」
「では、宜しくお願いします」
 キャンベルは一礼して出ていった。
 シンビオスは部屋に戻った。メディオンはよく眠っている。皇帝からの手紙を取り敢えず引き出しにしまって、シンビオスは浴室に入った。
 降り注ぐお湯を全身に浴びるシンビオスの健康な胃袋が、空腹を訴える。そういえばもう昼だ。にわかに空腹を感じた自分に笑い出しながら、シンビオスは濡れた体を拭って新しい服を着込んだ。今まで着ていたのをランドリーバッグに突っ込む。
「…すぐ、戻りますからね」
 依然として眠り続けるメディオンに囁くと、シンビオスはバッグを手に部屋を出た。

 洗濯室経由でシンビオスは食堂に行った。
 丁度、マスキュリンとグレイスが一緒に食事していた。
「----シンビオス様。メディオン王子は如何ですか?」
 グレイスが声をかけてくる。
「今はよく眠ってるよ。熱が出てきたみたいなんだ」
「抗体が風邪のウイルスと戦っている証拠ですわ。今は何より、安静が一番です」
「そうだね」
 応えて、シンビオスは料理を食べはじめた。いつもより速いペースなのは、やはりメディオンのことが気になるからだ。結局、先に食べていたマスキュリンやグレイスと同時に食べ終わってしまった。
「そんなに急いで召し上がったら、胃に悪いですよ。…お気持ちは解りますけど」
 マスキュリンが苦笑する。
 シンビオスはちょっと肩を竦めた。
「ごちそうさま」
「あ。一緒にさげておきますから」
 グレイスがシンビオスの食器を引き寄せる。
「ありがとう、グレイス」
 シンビオスは慌ただしく食堂を出ていった。
「…シンビオス様ってば」
 マスキュリンが楽しそうに、
「ああいうところ、やっぱり普通の男の子なのね。安心しちゃった。冷静なばかりじゃないんだ」
「本当ね。いいことだわ」
 グレイスはおっとり微笑んだ。

 廊下を急ぎながら、シンビオスはくしゃみした。
「----感染ったかな」
 呟いて、応接室から自室に入る。
 ドアを静かに閉めたつもりだったが、メディオンは目を覚ましてしまった。
「あ、起こしてしまいましたか?」
 シンビオスはベッドサイドに歩み寄った。
「お加減は如何ですか?」
「寒い…」
 熱のせいで潤んだメディオンの空色の瞳で見つめられて、シンビオスはこんなときながら、一瞬くらりときた。
 シンビオスがベッドに入ると、メディオンはすぐに抱きついてきた。服越しでも伝わってくるほど熱い。シンビオスは強くメディオンを抱き締めた。
「…ん…」
 メディオンは辛そうに息を吐いて、シンビオスの頭を引き寄せた。
 文字通り、溶けそうなほど熱い口付けにシンビオスが戸惑っている間に、メディオンはシンビオスの肩口に顔を押し付けて寝入ってしまった。
 シンビオスはメディオンの髪を撫でながら、皇帝の手紙のことを考えた。
 ----本当に、なんで今頃になって…。
 今まで結論を出せなかったのはおかしい。殺そうとしたのだから、メディオンを勘当するぐらいわけないはずだ。後悔しているのだろうか。…あの皇帝が? シンビオスには信じられなかった。王子をまた何かに利用しようとしている、というのが一番あり得そうだ。
 ----何を書いてきたか知らないけど、もう王子を傷つけないでほしいな。…あんな父親を持ったばっかりに、不憫な人だ。
 我がことのように、シンビオスの胸は痛んだ。自分はせめて彼の安らぎでいたい。
 シンビオスは、腕の中のメディオンに優しくキスした。

 短い冬の日がすでに沈んだ西の空に雲が広がっていて、明日の天気が窺い知れる。この寒さでは雨でなく雪になりそうだ。シンビオスは暖炉に火を入れた。
 メディオンの熱はピークを越えたらしく、徐々に下がってきた。シンビオスは、胃に優しく、解熱作用もあるポタージュを作った。
「それを飲んだら、汗が凄く出ますよ。そうしたら熱も下がります」
「ありがとう、シンビオス」
 メディオンはゆっくり飲んだ。空っぽの胃に温かく染みてくる。
「とても美味しいよ」
 メディオンの言葉に、シンビオスははにかんだような笑みを見せた。
 きれいに飲み干して、メディオンはすぐに横になった。その額に、シンビオスは冷たいタオルを乗せる。メディオンは気持ちよさそうに目を閉じたが、眠ってはいなかった。
 例の手紙のことをメディオンに伝えるのを、シンビオスは待つことにした。もう少し彼が調子を取り戻してからの方がいい。もし返事を急ぐようなものであっても、大体皇帝だって随分待たせたのだ。一日や二日ぐらい大目に見てもらおう。いくらなんでも、そんなことで喧嘩を売ってはこないだろう。帝国の兵力も落ちていることだし。
「----シンビオス。どうかしたのか?」
 メディオンに声をかけられて、シンビオスは我に返った。つい難しい顔をしていたらしい。こんなとき、メディオンは本当にシンビオスのことを心配してくれる。だが、普段ならともかく、今は余計な気を遣わせたくない。
「い、いえ。ちょっと…。…明日は雪かなって思って」
 咄嗟にでまかせが出た。不自然な気もしたが、
「そうだね。曇ってきたようだし、こう寒いと降るかもしれない」
 メディオンは楽しそうに相槌を打つ。
「寒いんですか? メディオン王子」
 シンビオスはそこが気になった。
「いや、そういうことじゃなくて…」
 メディオンは苦笑して、
「気温が下がってる、って意味だよ」
「あ。ああ、そうですか」
 ほっとした顔をするシンビオスの頭を、メディオンは腕を伸ばして引き寄せる。シンビオスはメディオンの胸に顔を乗せた。
「----君は本当に…」
 後の言葉を耳許で囁くと、シンビオスの頬は見る間に染まっていった。その様子が愛らしくて、メディオンはついばむようなキスを何度もシンビオスに与えた。
「…王子、無理をするとまた熱が…」
「汗をかいた方が、熱が下がるんだろう?」
 言いざま、メディオンはシンビオスの体に廻した腕を引いた。
「…わ!」
 シンビオスは、ころん、とベッドに転がされた。
「お、王子…」
 恥ずかしげに、しかし幾分悪戯っぽく見上げてくるシンビオスに、
「シンビオス、手伝ってくれるかい?」
 メディオンは深く口付けた。シンビオスの体から余計な力が抜けていく。メディオンはシンビオスの胸を開いて、すでに少し固くなりはじめた突起を指で探った。
「…ん…っ」
 シンビオスは小さく声をあげた。メディオンは彼の赤みを増した耳にキスして、
「可愛いよ、シンビオス」
 甘く囁く。
「…は…、…お…う…じ……」
 快感の波に呑み込まれそうになりながらも、それだけメディオンが回復したのをシンビオスは喜んでいた。それに彼自身も望んでいないわけでもなかったので、メディオンの背中に腕を廻して、後は感じるままに熱い吐息を吐いた。

 守備よく汗をかいたメディオンは、温めの風呂にゆっくりと身を浸している。その間に、シンビオスは寝具一式を新しいものに換えた。熱したレンガを入れて暖めておく。今まで使っていた方は乾燥室に持っていった。
 シンビオスが戻ってくると、丁度メディオンが風呂から上がってきた。
「メディオン王子、充分温まりましたか?」
「のぼせてしまったよ」
「湯冷めしないうちに、休んでくださいね」
 メディオンは素直に従った。ふかふかで暖かい布団が心地いい。本当にシンビオスはなんて気が利くんだろう、と思ったのを最後に、メディオンは眠りについた。
 それを見届けてから、シンビオスも風呂に入った。メディオンの風邪は明日にも治りそうだ。
 シンビオスは充分体を温めて風呂から出た。メディオンの眠るベッドに入ると、まだ熱い彼の体をそっと抱き締めて眠った。

 翌朝。
 暖炉の火も落ちて、部屋はうっすらと寒かった。シンビオスはすぐに起きだして、暖炉を燃やした。応接室のカーテンを開けると、空から白いものが舞い落ちているのが目に入る。
「ああ。とうとう雪か」
 シンビオスは呟いて、身震いした。汗が冷たい部屋の空気で冷えたのだと思った彼は、すぐに熱めのシャワーを浴びた。まだうっすらと寒気がする。シンビオスは首を傾げながら服を着込んで出てきた。部屋も大分暖まっている。
 シンビオスは髪を拭きながらベッドに近付いた。気配を感じたのか、メディオンが目をあける。
「メディオン王子、おはようございます」
 シンビオスは軽く彼に口付けて、
「ご気分は如何ですか?」
「もうすっかりいいよ」
 メディオンは微笑んだ。確かにスッキリした顔をしている。
「熱を計ってみましょう」
 シンビオスはメディオンに体温計を差し出した。それからすぐにお湯を沸かす。乾燥した空気に喉が渇いている。
「…そうそう。雪が降ってますよ」
 シンビオスはカーテンを開けた。
「本当だ。結構凄い降りだね」
 メディオンはそれでも目を細めて、降る雪を見つめている。
「かなり積もりそうですよ」
 シンビオスは紅茶をいれて、ベッドサイドに戻った。
 メディオンは礼を言って紅茶を受け取ると、シンビオスに体温計を返した。37度。
「今日一日寝ていれば、平熱まで下がりそうですね」
 シンビオスは嬉しそうに顔をほころばせた。
「君のお陰だ。ありがとう、シンビオス」
 メディオンがシンビオスを抱き寄せる。さほど力を入れたわけでもないのに、シンビオスはそのままメディオンの腕に崩れ込んだ。
「…シンビオス?」
 不審に思ったメディオンは、シンビオスの額に触れてみた。
「熱い! …感染ってしまったんだね」
 それはそうだ。あれだけキスしたり抱き合ったりしていたのだから、感染しない方がおかしい。
「シンビオス、早く横になって」
「はい…」
 せっかく着た服を寝間着に着替えて、シンビオスはメディオンの隣にもぐり込んだ。メディオンが彼の体に腕を廻すと、シンビオスもメディオンの方に体を擦り寄せた。

 主がなかなか起きだしてこないのを心配したダンタレスとキャンベルは、部屋に行ってみた。ノックをしても返事がない。無礼を承知で入って行くと。
 子猫のように身を寄せあって、二人は眠っていた。そのあどけない表情に、忠臣達の顔も和らぐ。
 ダンタレスは身振りでキャンベルを促して、部屋を出た。
「----今日も我々だけで仕事をしなければならないようだぞ、キャンベル」
 ダンタレスはどこか楽しそうに言った。
「予想はしていたさ」
 応えて、キャンベルはダンタレスの肩を叩く。
 二人は笑いながら執務室に向かった。

 窓の外では雪が静かに降り続け、すでに大地を白く覆いはじめていた。


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