朝、目が覚めると、隣にメディオンが眠っている。この光景にも、シンビオスはやっと慣れてきた。
 最初にメディオンの姿を認めたときには、シンビオスは酷く驚愕したものだ。----なにしろ、前の晩、シンビオスは間違いなく独りきりでベッドに入ったのだから。
 起きあがって、これが夢でも幻でもないと判ったシンビオスは、いつもの彼らしからぬ行動を取った。メディオンが眠っているのもお構いなしに、揺さぶり起こしたのである。
「メディオン王子! ----王子!」
 しかも、大音声付きで。
 どれだけ深く眠りを貪っていたとしても、こうまでされては起きないはずもない。
「…ん、----んん…」
 溜息とも唸りともつかない声を出して、メディオンは目を開けた。目の前にシンビオスの顔を認めて、
「----あ、おはよう」
 とやったのは、寝起きにしては上出来だ。
 思わずシンビオスも、
「おはようございます」
 と普通に応じてから、はっと気付いて、
「あ、いや、そうじゃなくて! ----なんでここにいるんですか?!」
「え? ----だって、シンビオス、君…」
 メディオンも上体を起こした。
「昨夜、言ったじゃないか」
「----は?」
「だから、『寒くて眠れないから、一緒に寝ていいかな』って。君は『どうぞ、どうぞ』って言ってくれて、私のためにちゃんと場所まで空けてくれただろう?」
「……………」
 シンビオスは、眉を寄せて考え込んだが、一向に思い出せなかった。
「----覚えてない?」
 メディオンが、ちょっと小首を傾げて尋ねる。
「…は、はい…。----すいません」
 その必要があるのかどうか、シンビオスは恐縮した。
 メディオンはふ、と微笑んで、
「そうか。まあ、夜中だったし、寝惚けてたのかな。----つまり、私も勝手に君のベッドに潜り込んだわけじゃなくて、ちゃんと許可を貰ったってことだから」
「え、ええ…。別にそれはどっちでも…」
 シンビオスが言いかけると、
「『どっちでも』よくないよ、シンビオス。私はいきなり誰かのベッドに、許可なく忍び込むような、いい加減な男だと思われたくはないからね」
 思いがけず、メディオンは強い口調で遮った。
「そんなこと思いませんよ」
 シンビオスは思わず苦笑した。
「そうかい? ----うん、ならいいんだ」
 メディオンが安堵の息を吐く。よほど気になっていたらしい。
「ゆうべは確かに寒かったですからね。----でも、よくこの部屋まで…」
 メディオンには、城の客室を使ってもらっている。シンビオスの部屋とは端から端なのだ。幾ら寒かったとはいえ、それこそ冷えた廊下をよく渡ってきたものである。
「確かに、途中には幾らでも部屋があったけど…」
 メディオンは笑いながら肩を竦めた。
「そのどこかに入るわけには行かないよ。----特に、レディの部屋にはね。そうだろう?」
 シンビオスも笑った。亡命中の王子が、亡命先で女性に夜這いをかけた、なんて大スキャンダルである。
 その点、シンビオスなら同性だし、友人だし、同じベッドで寝たとしても何が起こるわけでもない。----少なくとも、シンビオスはそう考えていた。
 だから、なんの深い意味もなく、
「メディオン王子、まだまだ寒い夜が続くみたいですし、暖かくなって王子が独りでも大丈夫になるまで、ここで寝てもいいですよ」
 と言った。
 メディオンは目を見開いた。
「え、本当に?」
「ええ。----寒い廊下を歩くのも大変でしょうから」
「ありがとう、シンビオス!」
 大袈裟なくらい、メディオンは喜んでいる。つられて、シンビオスも微笑んだ。

 と、これが真冬の出来事で、今はもう春の気配を感じる頃になっているのだが、メディオンは相変わらずシンビオスのベッドで寝ていた。
 シンビオスも、もう暖かくなったのに、と思いつつも、自分から言い出すつもりもなかった。メディオンが隣にいることに慣れてしまって、いなくなられたら寂しいだろうという気がしていたのだ。
 メディオンの寝顔を、シンビオスはじっと眺めた。
 腹立たしいほど無防備で、安らかで、----いつも通り上品だ。
 こんなふうに、誰かの寝顔を間近で眺めた経験は、勿論シンビオスにはない。いつもなんだか不思議な気分になる。恥ずかしいような、くすぐったいような。
 その理由を突き止める前に、メディオンが目を覚ますので、シンビオスの思考は途中で遮られてしまう。
「----おはよう、シンビオス」
 少し眠たげに、それでも品よく、メディオンが言う。
「おはようございます、メディオン王子」
 シンビオスの方は、どういうわけか緊張してしまう。
「だいぶ暖かくなってきたね」
 起きあがって、大きく伸びをして、メディオンは言った。
「この分だと、そろそろ独りで眠れそうだ」
「そうですか?」
 想像していた以上に寂しい気持ちに、シンビオスは襲われた。
「うん。----いつまでも、お邪魔しているわけにもいかないしね。君にも迷惑だろうし…」
「別に、迷惑でも、邪魔でもないですよ」
 メディオンの言葉を遮って、シンビオスは言った。言ってから我に返って、
「あ、いや、…独りが宜しいなら…」
「宜しくないよ」
 メディオンはシンビオスを見つめて、
「できれば、このままでいたいんだけど、シンビオス、君は構わない?」
「え、ええ、----構いませんよ、全然」
 シンビオスは大きく頷く。少し大袈裟なほどだ。
「そう。----じゃあ、改めて宜しくね」
 にっこりと、メディオンは微笑んだ。それはいつもと同じ上品な----それでいてどこか意味ありげな笑顔だ。
「こちらこそ」
 とシンビオスは応えた。何故か異様にどきどきする。
 そんな様子を、メディオンは嬉しげに眺めていた。蒔いた種が、どうやらやっと芽を出し始めている。だけど、焦りは禁物だ。これからも、今まで以上にゆっくりと慎重に進まなければならない。
 ----それだけの価値は充分にある。
 自分の想いが叶うのもそう遠くない、とメディオンは確信していた。


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