夕方から降り続いている雪は、まだ堅くつぼみを閉ざした木々に白い花を咲かせた。 「なかなか、春は遠いようだね」 暖かい室内から窓の外を眺めて、メディオンが言った。冬の始まりにも同じ景色を見て、その美しさに感動したものだ。最近ではすっかり雪も融けて、そこかしこに春の気配を感じていた。デストニアでは経験し得なかった長く厳しい冬の後だけに、いつもよりも一層春を強く感じ、メディオンは心が浮き立つ思いだった。 それが、再び気温が下がりしかも雪まで降ってきたものだから、メディオンは落胆しているのだが、----目の前に広がる景色に見とれているのも事実であった。 「せっかく春になったと思ったのに…。なんだか、このまままた冬に逆戻りするんじゃないだろうね?」 デストニアで気温が低いといっても、ここフラガルドほど下がることはない。それ故、あり得ぬ心配をしてしまうのだ。 「まさか。そんなことはないですよ。毎年春先はこんな感じですけど、すぐに暖かくなりますよ」 シンビオスは明るく笑った。 そう。フラガルドの晩冬から早春はいつもこんな調子であった。日に日に暖かさが増し、雪もすっかり融けて、やっと訪れた春を皆が喜んでいると、冬の仕返しのように寒さが戻ってくる。春はまだ産まれたての子供のように覚束なく、ぎこちなく、そして弱々しい。冷たい威厳で人々を支配していた冬に抗しきれないこともある。 それでも、フラガルドの人々は知っていた。最後には春が完全に冬をねじ伏せてしまうのだ。 相変わらず暗い顔をしているメディオンに、シンビオスは抱き付いた。 「メディオン王子、すっかり冬めいた気分のようですね?」 「『春の雪は、キスされると思って差しだした頬を、酷くぶたれるようなものだ』」 メディオンは引用した。 「デストニアにいたときには全然理解できなかったけど、ここでは実感できるよ。雪が好きだっていっても、それは冬の間のことだ」 「ぼくが代わりに、いくらでもキスしますよ」 シンビオスは伸び上がって、メディオンの頬に軽く唇をつけた。 「ありがとう、シンビオス」 メディオンはやっと笑顔を見せた。それが悪戯っぽいものに変わって、 「----頬にだけ?」 シンビオスも微笑んで、今度は唇に口付ける。 メディオンがシンビオスの体を強く抱き締め、そのキスはかなり長く激しくなった。 「----他はどこがいいですか?」 シンビオスが囁くように言うと、 「んー、ここと、ここと、ここと…」 メディオンは自分の体を指しながら答えた。 「…じゃあ、ベッドに行きましょうか」 「そうだね」 二人は寝室に入った。いつでも春のムードであるこの恋人達には、本当の春からのキスは必要ない。相手のキスがあればそれでいいのだ。 |