フラガルドにしては珍しく、気温・湿度共に高い日が続いている。
「あんまり暑いんで、暖炉に火の入ってる夢を見ちゃいましたよ」
 マスキュリンが、うんざりした顔で言った。目が覚めて、暑いのは暖炉のせいじゃないと思い知ったときには、北の地に逃げたくなったという。
 彼女だけでなく、フラガルドの住民はみな、この暑さに辟易していた。
「気温もそうですけど、湿度が高いですからね。今日は街中が煙ってますよ」
 ダンタレスも溜息をついている。空気中の水分が飽和状態になっている。低く分厚い雲が垂れ込めて今にも雨が降りそうでいて、なかなか落ちてこない。
 これが平日なら、過熱する頭をなんとか働かせながら職務に励むのだが、今日は幸い休日であった。シンビオスはどこへ行く気もおきず、部屋の中で一番涼しいポイント----とはいえ、やはり暑いのだが----に椅子を置いて、本を読んでいた。
 フラガルド住民が総夏ばて状態の中、変わらぬ元気さを保っているのが、メディオンとキャンベルであった。
 さすがに南の地方出身なだけあって、フラガルド程度の暑さは『暑い』内に入らない。といって、フラガルド住民にまでその感覚を押しつけたりはしなかった。フラガルドとデストニアとの気候はかなり違うのだ。人々の感覚が違って当たり前だ。
 冷たい飲み物を手に部屋に戻ってきたメディオンは、火照って赤くなっているシンビオスの頬にグラスを押し当てた。
「----!」
 シンビオスがびく、と身を竦める。
「あはは、油断してたね?」
 メディオンは笑って、グラスを一つシンビオスに手渡した。
「ありがとうございます。----びっくりしました」
 シンビオスの方は苦笑しつつ受け取って、
「でも、冷たくて気持ちよかったです」
 中身を一気に半分ほど飲んでしまう。
 メディオンは、シンビオスの前に椅子を運んできて、背もたれを前にまたぐようにして腰掛けた。腕を背もたれの上で組んで、そこに顎を乗せる。
「ね、湖に泳ぎに行かないか?」
 シンビオスはちょっと考えて、
「遠慮しときます」
「どうして? きっと気持ちいいよ?」
「でも、行き帰りが暑いですし…」
 真理ではある。が、メディオンはつまらなそうに唇を歪めた。
「そんなことを言ってたら、どこにも行けないよ、シンビオス」
「この暑いのに、外に出たくないです。----涼むなら、水風呂で充分ですよ」
 元気も覇気もない調子で、シンビオスが応じる。
 湖と風呂じゃ全然ムードが違うが、メディオンは何故か嬉しそうに、
「ああ! その手があったか」
 一つ手を打つと、バスルームへと消えた。
 絶対何か反論があると思っていたシンビオスは、そんなメディオンの反応に首を傾げながらも、
 ----やっぱり王子も暑くて面倒になったんだな。
 と単純に納得していた。
 メディオンは程なく戻ってきた。
「さ、涼もうか、シンビオス」
「そうですね」
 シンビオスはチェストから着替えと、水着を出した。
「…シンビオス。風呂に入るのに、水着はいらないだろう」
 メディオンが不審な顔で突っ込む。
「え? ああ…。…でも、水浴びでしょう?」
「でも、風呂だよ?」
 暑いせいもあって、考えているうちに、シンビオスは混乱してきた。ついには、
「----それもそうですね」
 と答えて、水着をしまい込む。
 最初のうちこそ、気持ちいい水風呂に浸かって、無邪気に水を掛け合っていたのだが、そのうちメディオンの手が不審な動きを始めた。
「ちょ…っ、王子…!」
 シンビオスは身を捩ったが、時すでに遅し。気付いたときにはしっかりとメディオンの腕にくるみ込まれている。
「そういえば、一緒に風呂に入るのはこれが初めてだね」
 メディオンが小さく笑う。
「…水浴びでしょう?」
「でも、風呂だよ?」
「…メディオン王子。最初からこれが目的で----」
 言葉と共に、唇を塞がれる。
「----だって、シンビオス、君、最近全然相手をしてくれなかったじゃないか」
 冷えてきたシンビオスの肌に唇を彷徨わせながら、メディオンは言った。
「とてもそん…な…、暑くて…、…っ」
 吐息混じりに、シンビオスは応えた。愛があっても、暑い最中に抱き合うのは辛かったのだ。気持ちはあったが、体がついていかないという状態だった。
「君が元気になるまで我慢してようと思ったんだけど、さすがに限度が、ね」
 メディオンの指が、シンビオスの体を探っていく。シンビオスはもう反論しなかった。

「----なんで、もっと早くこの方法に気付かなかったんだろう」
 濡れた髪を拭いながら、メディオンは晴れやかな表情で言った。
「…余計暑くなったんですけど」
 対するシンビオスは、まだ余韻が引かず、ベッドにぐったりと俯せている。
「じゃあ、また水浴びするかい?」
「…勘弁してください」
 シンビオスは溜息をついた。
「せめて、日か沈んでからにしてください」
 メディオンはベッドに腰掛けて、シンビオスの濡れた髪を撫でた。
「ごめん、シンビオス。----やっぱり辛かったよね? 無理させてしまったね」
 シンビオスはごろん、と仰向けになった。
「無理なんて別に…。ぼくだって…したくない…わけじゃなかったですし…」
 目線を横に泳がせながら呟く。
 メディオンは微笑んで、シンビオスにそっと口付けた。
 こうして、二人は熱い夜を再び取り戻したのだった。


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