外から帰ったとき、シンビオスは、手袋を外套のポケットにしまう。一番便利で楽だからだ。
 ただ、雪に当たって濡れてしまったときなどは、暖炉の上に置いて乾かしておく。

 その日。アスピアから訪ねてくるメディオンを迎えに、シンビオスは馬そりの停留所まで行くつもりでいた。
 一昨日からずっと雪が降り続いているものの、さほど激しい降りではない。シンビオスは毛糸の帽子を被り、首元にマフラーを巻いて、暖かい部屋から出た。玄関口で、室内履きからスノーブーツに履き替え、外に出る。さほど寒くはないので、ほっとする。門を出る辺りで、手袋を履こうとポケットに手を入れて──、何も入っていないことに気づいた。
「…ああ、そうか…」
 小さく呟く。昨日も雪の中、翌日(つまり今日)に来るメディオンのもてなしのために買い物に出かけ、戻ってきたときに外套や帽子についた雪をほろったので、手袋が濡れた。それを暖炉の上に置いたままだったのを忘れていたのだ。
 取りに戻ろうか、とも思ったが、すぐに考え直した。寒い中待っているのもしんどいため、馬そりがつく予定ギリギリの時間に着くように出てきた。戻っていては間に合わない可能性もある。まあ、そんなに寒くないし、大丈夫だろう、と、結局シンビオスはそのまま目的地に向かったのだが。
 考えが甘かった。
 2〜3分歩いたところで、すでに手が冷えてきた。さほど寒くないとはいえ、そこはやはり冬だ。さらに、雪片が当たって冷たい。シンビオスは両手をこすり合わせたり、息を吹きかけたりしながら、やや早足で歩いた。ちなみに、ポケットに手を入れたりはしない。冬道でそうすることの危険性は重々承知しているし、なによりお行儀が悪い。
 停留所は町の外、門を出たすぐ横にあり、城からは10分の距離だ。シンビオスが門を出たと同時くらいに、馬そりも停留所に着いた。待っていると、すぐにメディオンが降りてきた。
「シンビオス!」
 こちらに気づいて、嬉しそうに近づいてくる。
「メディオン王子、ようこそ。──今日はキャンベル殿は…?」
 シンビオスは手を差し出した。
「風邪を引いてしまってね。熱はないんだが、大事をとって寝ているよ」
 答えながらメディオンは手袋を外して、すぐにその手を握ったが、
「冷たい! なんでこんなに冷えて…」
 とっさに両手で包み込み、優しくさすり出す。
「手袋を忘れてしまって…。…ありがとうございます、王子。暖かいです」
 実際に暖かいのは勿論だが、メディオンの思いやりに心も和む。
「手袋を忘れたって? じゃあ、これをつけるといいよ」
 メディオンが、先ほど外した右手の手袋をシンビオスに差し出してきたので、シンビオスは焦った。自分よりも寒さに慣れていないメディオンから手袋を奪うわけにはいかない。
「いえ、そんな、大丈夫ですから」
 両手を広げて押しとどめるが、メディオンはそのシンビオスの右手に器用に手袋をはめてしまった。
「大丈夫じゃないよ。こんなに冷たいのに。君も風邪を引いてしまうよ」
「でも、それじゃあメディオン王子が…」
 恐縮し、せっかくの手袋を外そうとするシンビオスの左手を、メディオンは右手で掴んで、
「お互い半分ずつ。──で、こっちは繋いでいこう」
 引っ張って歩き出す。シンビオスが横に並ぶと、繋いでいる手を、メディオンは自分の外套のポケットに突っ込んだ。
「ほら、こうすると暖かいだろう?」
「あ…はい…」
 照れくささ半分、嬉しさ半分でシンビオスは頬を上気させた。片手だけならさほど『危険』ではないだろうし、ましてや『行儀が悪い』なんてどうでもいい。この、幸せな気分の前には。
 そうして、メディオンとシンビオスは、城までの道のりをゆっくりと歩いて行った。


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