決して諦めないこと。
 一人で悩まず相談すること。
 他にも沢山のことを、グラシアはジュリアンから教わった。
 これからも、色々教えてくれると思っていたのに。
 ベセムの杖をひねりながら、グラシアはため息をついた。力を失った今こそ、本当に彼の助けが必要なのに。
 グラシアは、エルベセム居住区の中庭にいた。賢者の遺跡がある所だ。最後の戦いを終えた今なら、誰も来ないだろうと思ったのである。少し、一人になって考えたかった。
 明日にはこの地を離れる。即ち、ジュリアンにお別れを言わなきゃいけない。その前に気持ちの整理をしようと試みたのだが、あまり巧くいっていなかった。
 背後でドアが開いた。振り向く間もなく、
「…グラシア様。こんな所にいたら風邪をひきますよ」
 明るい声がかかる。
「マスキュリン殿」
 マスキュリンはグラシアの隣に腰掛けて、彼の顔を覗き込んだ。
「考え事ですか?」
「ええ、まあ…」
「明日、ジュリアンになんて言ってお別れしようかな、って思ってたんでしょう?」
 グラシアはちょっと目を見開いた。
「どうして解ったんです?」
 マスキュリンは、悪戯っぽく笑って、
「私もそう思ってたからです。つい恨み言を言っちゃったらどうしましょうね?」
「恨み言…?」
「だって、ジュリアンの一番大切な人って、私じゃないんですもの。しょうがないことなんだけど、ちょっと悔しくて」
 ちっとも深刻ぶらない調子でマスキュリンは言う。グラシアには正直うらやましかった。彼はこんな風に自分の気持ちを言い出せる方じゃない。そして、それもジュリアンがよく指摘していたことだった。
 マスキュリンはちょっと舌を出して、
「ごめんなさい。感情的になっちゃってるんです、今の私。…だけど、言わないでいると苦しいし、グラシア様なら解ってくれると思って」
「解りますよ」
 グラシアは優しく微笑む。彼女の想いはグラシアの想いでもあった。
「ありがとうございます。…ね、グラシア様も、言いたいことがあったら言っちゃった方がいいですよ。スッキリしますし。今なら、私とカラスしか聴いてませんから」
「ありがとう、マスキュリン殿。…でも、私は…」
「遠慮いりません。私だけ聴いてもらったんじゃ、不公平でしょ?」
「いえ、そうじゃなくて」
 グラシアは真面目な顔で、
「私の言いたいことを、貴女が先に言ってしまったので」
 マスキュリンは一瞬きょとんとして、それから弾けるように笑い出した。その明るい笑い声につられて、グラシアも子供らしく笑う。
「----笑ったらスッキリしました」
 グラシアは言った。
「私はジュリアンから、色々なことを教わりました。それを大切にしていきます。…そうすればきっと、心で彼と繋がっていられると思うんです」
 マスキュリンは頷いた。
「私も、この想いを忘れません。だって、たとえ叶わなくても、人を好きになるのは悪いことじゃないですものね」
 二人は笑顔で見つめ合った。明日、ジュリアンに言う言葉はもう決まっていた。

「ありがとう、ジュリアン」


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